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ポッコチーヌ様のお世話係
さよならの準備①
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その夜、二人だけで祝杯を上げるというマクシミリアンの望みは叶わなかった。
王妃を巻き込んでの大掛かりな捕物計画について厳しい取調べが行われたからだ。
大臣やら宰相やらお偉さんが駆けつけ、夜通しこってり絞られた。僅かな仮眠を取ることを許されたが、また呼びつけられ、解放されたのは三日後。マクシミリアンはその後も王宮に留め置かれることとなる。ガルシア侯爵が行ったこれまでの違法行為についての聴き取りに加え、カトリーヌとの関係など、根掘り葉掘り聞かれているらしい。
マクシミリアンを心配するゲルダに、ニコライは鼻をほじりながら告げる。
「結構落ち着いてるみたいだぜ。食事も睡眠も充分配慮してくれてるみたいだし。まあ、まだ暫くは戻れねぇだろうけど」
「王妃殿下はどうされているのでしょう」
ニコライはニヤニヤ笑いながら小声で囁く。
「どうやら国王陛下直々に取調べをしているらしい。自室に篭ってな。誰も立ち入らせないんだと」
「国王陛下直々に?」
「陛下がカトリーヌ妃を溺愛してるのは有名な話だ。手放す訳ねぇよ。如何なる理由をつけてでも手元に置く筈だ」
ゲルダはパチパチと瞬きする。おそらくカトリーヌも国王陛下を好いている。とすれば、相思相愛の夫婦を引き裂くなど酷いことである。しかし、強引に引き止めるというのはどうなのか。罪を犯したのは父親であっても、気付きながらも知らぬふりをしていたカトリーヌにも責任はある。お咎めなしでそのまま王妃を継続することに世論は納得するのだろうか。
「なんたって最高権力者なんだから、どうとでもするだろうさ。王妃殿下は母上のところへ身を寄せたいと希望していたが、叶わねぇだろうなぁ」
ガルシア侯爵の罪状が確定すれば、処罰も決まる。カトリーヌは殺人も辞さない人物だと言っていたが、証拠が明確な罪の殆どは脅迫と買収だ。財力と権力がある貴族であれば当たり前に行ってきた行為とも言えるが、ガルシア侯爵の場合は少し違う。自らの美貌を武器に餌をちらつかせて人を操り、手は汚さない。金も極力動かさない。たとえ間接的に人を殺めた者がいたとしても、ガルシア侯爵の関与を立証するのは難しい。
「親族が嘆願書を提出したらしいし、奪爵まではいかねぇだろうな。せいぜい男爵あたりに降爵、幾つかの事業と領地は没収されるだろうけど」
「処罰の内容はともかく、ご本人が反省しているかどうかが重要です。でなければ王妃殿下も団長も納得出来ないでしょう」
「面会はするらしいが、果たしてあの人の口から謝罪の言葉が出るもんかねぇ……」
ニコライは窓の外に目を移す。鼻をほじった指をさり気なく襟に擦りつけようとするのを見て、ゲルダは素早くその手首を掴む。
「副団長、いい加減に鼻をほじる癖は改めて下さい。団長が降格になれば、貴方が代わりを務めるしかないんですよ」
「めんどくせぇなぁ」
ニコライは舌打ちし、胸ポケットからくしゃくしゃのハンカチを取り出した。指を拭う様を見て、ゲルダは手を離す。
「それで、私の進退についてなのですが」
チラリと目を向けて直ぐに目を逸らしたニコライは、デスクに頬杖をつく。視線は再び窓の外に注がれた。誰もいない鍛錬場に砂埃が逆巻く。その風景を意味もなく見つめる横顔に、ゲルダは畳み掛ける。
「団長のお戻りを待たずにお暇した方が良いと思っているのですが」
「……そんなに焦らんでも」
「こういう事は下手に慎重になるとタイミングを逸するものです。どさくさに紛れて姿を消した方が思い切れます」
ニコライは重いため息をつく。
「本当に男前だなぁ、ゲルダは。あの晩餐会の一件で、お前の評価は鰻登りだ。ご婦人方中心にファンクラブのようなものまで結成されたらしい」
「一時的なものですよ」
「方々から恨まれること確実だな。憎まれ役を買って出る覚悟はしていたが、刺されそう……」
デスクに突っ伏すニコライを見下ろしながら、ゲルダは脇に挟んでいた書類を取り出した。
「退職願と隣国への渡航願いです。副団長の広いツテを使えば速攻で通りますよね?」
ニコライはガバッと身を起こし、目を見開きゲルダを見上げる。
「この国を出るつもりなのか?!」
「ええまあ。副団長もお忙しそうだし、再就職先は自力で見つけます。退職手当は弾んで下さいね」
「お前の後釜だって決まってない!」
「追々で良いんじゃないですか?団長もすっかり逞しくなられたようだから、お世話がなくても大丈夫でしょう。白騎士のみんなもいることだし。私の退職については何か適当な理由を考えといて下さい。団長が納得するような」
「丸投げ?!しかも無理難題!!」
ゲルダは、唖然とするニコライの目の前に書類を置いた。
「早急に手続きをお願いします。くれぐれも団長には気取られぬようにして下さい」
言い捨てて踵を返す。ゲルダは扉を開けてさっさと執務室を後にした。
王妃を巻き込んでの大掛かりな捕物計画について厳しい取調べが行われたからだ。
大臣やら宰相やらお偉さんが駆けつけ、夜通しこってり絞られた。僅かな仮眠を取ることを許されたが、また呼びつけられ、解放されたのは三日後。マクシミリアンはその後も王宮に留め置かれることとなる。ガルシア侯爵が行ったこれまでの違法行為についての聴き取りに加え、カトリーヌとの関係など、根掘り葉掘り聞かれているらしい。
マクシミリアンを心配するゲルダに、ニコライは鼻をほじりながら告げる。
「結構落ち着いてるみたいだぜ。食事も睡眠も充分配慮してくれてるみたいだし。まあ、まだ暫くは戻れねぇだろうけど」
「王妃殿下はどうされているのでしょう」
ニコライはニヤニヤ笑いながら小声で囁く。
「どうやら国王陛下直々に取調べをしているらしい。自室に篭ってな。誰も立ち入らせないんだと」
「国王陛下直々に?」
「陛下がカトリーヌ妃を溺愛してるのは有名な話だ。手放す訳ねぇよ。如何なる理由をつけてでも手元に置く筈だ」
ゲルダはパチパチと瞬きする。おそらくカトリーヌも国王陛下を好いている。とすれば、相思相愛の夫婦を引き裂くなど酷いことである。しかし、強引に引き止めるというのはどうなのか。罪を犯したのは父親であっても、気付きながらも知らぬふりをしていたカトリーヌにも責任はある。お咎めなしでそのまま王妃を継続することに世論は納得するのだろうか。
「なんたって最高権力者なんだから、どうとでもするだろうさ。王妃殿下は母上のところへ身を寄せたいと希望していたが、叶わねぇだろうなぁ」
ガルシア侯爵の罪状が確定すれば、処罰も決まる。カトリーヌは殺人も辞さない人物だと言っていたが、証拠が明確な罪の殆どは脅迫と買収だ。財力と権力がある貴族であれば当たり前に行ってきた行為とも言えるが、ガルシア侯爵の場合は少し違う。自らの美貌を武器に餌をちらつかせて人を操り、手は汚さない。金も極力動かさない。たとえ間接的に人を殺めた者がいたとしても、ガルシア侯爵の関与を立証するのは難しい。
「親族が嘆願書を提出したらしいし、奪爵まではいかねぇだろうな。せいぜい男爵あたりに降爵、幾つかの事業と領地は没収されるだろうけど」
「処罰の内容はともかく、ご本人が反省しているかどうかが重要です。でなければ王妃殿下も団長も納得出来ないでしょう」
「面会はするらしいが、果たしてあの人の口から謝罪の言葉が出るもんかねぇ……」
ニコライは窓の外に目を移す。鼻をほじった指をさり気なく襟に擦りつけようとするのを見て、ゲルダは素早くその手首を掴む。
「副団長、いい加減に鼻をほじる癖は改めて下さい。団長が降格になれば、貴方が代わりを務めるしかないんですよ」
「めんどくせぇなぁ」
ニコライは舌打ちし、胸ポケットからくしゃくしゃのハンカチを取り出した。指を拭う様を見て、ゲルダは手を離す。
「それで、私の進退についてなのですが」
チラリと目を向けて直ぐに目を逸らしたニコライは、デスクに頬杖をつく。視線は再び窓の外に注がれた。誰もいない鍛錬場に砂埃が逆巻く。その風景を意味もなく見つめる横顔に、ゲルダは畳み掛ける。
「団長のお戻りを待たずにお暇した方が良いと思っているのですが」
「……そんなに焦らんでも」
「こういう事は下手に慎重になるとタイミングを逸するものです。どさくさに紛れて姿を消した方が思い切れます」
ニコライは重いため息をつく。
「本当に男前だなぁ、ゲルダは。あの晩餐会の一件で、お前の評価は鰻登りだ。ご婦人方中心にファンクラブのようなものまで結成されたらしい」
「一時的なものですよ」
「方々から恨まれること確実だな。憎まれ役を買って出る覚悟はしていたが、刺されそう……」
デスクに突っ伏すニコライを見下ろしながら、ゲルダは脇に挟んでいた書類を取り出した。
「退職願と隣国への渡航願いです。副団長の広いツテを使えば速攻で通りますよね?」
ニコライはガバッと身を起こし、目を見開きゲルダを見上げる。
「この国を出るつもりなのか?!」
「ええまあ。副団長もお忙しそうだし、再就職先は自力で見つけます。退職手当は弾んで下さいね」
「お前の後釜だって決まってない!」
「追々で良いんじゃないですか?団長もすっかり逞しくなられたようだから、お世話がなくても大丈夫でしょう。白騎士のみんなもいることだし。私の退職については何か適当な理由を考えといて下さい。団長が納得するような」
「丸投げ?!しかも無理難題!!」
ゲルダは、唖然とするニコライの目の前に書類を置いた。
「早急に手続きをお願いします。くれぐれも団長には気取られぬようにして下さい」
言い捨てて踵を返す。ゲルダは扉を開けてさっさと執務室を後にした。
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