61 / 97
ポッコチーヌ様のお世話係
決戦当日①
しおりを挟む
ゲルダは顎下の鋲をカチリと填めた。普段は三つ目までは外しておくのだが、今日ばかりはそういう訳にはいかない。太ももの中程までの騎士上衣の上から剣のホルダーを装着する。流石にバスターソードは晩餐会場へ持ち込めないらしく、携帯するのは細身の剣だ。
ゲルダは、真新しい白いブーツの踵を鳴らす。足元が普段と違うのは少し不安だが、この程度の違和感は慣れてみせる。
ゲルダは更衣室のドアを開けて廊下へ出た。
暫く進むと、前方にニコライの背中が見え、ゲルダは声を掛ける。ニコライは振り向き、大袈裟に両手を広げて見せた。
「おお、すげぇな。いつにも増して迫力がある!」
「どういう意味ですか」
追いついたゲルダがニコライと向かい合う。いつもは見上げるその顔がほぼ同じ目線にある。
「でけぇな。それが、王妃殿下から贈られたっていうシークレットブーツか?」
ニコライが目線を下へ向けた。
「ええ。多少動きづらいけれど、せっかくのご厚意を無駄にする訳にはいきませんから」
「上から見下ろされたらガルシア侯爵は嫌だろうなぁ。さすが王妃様、陰湿だぜ」
「不敬ですよ」
二人は並んで歩き出す。窓の外は昼を少し過ぎたところだ。晩餐会が始まるまであと数時間余り。マクシミリアン、ニコライ、ゲルダ以外の白騎士は、朝から総出で王宮に詰めている。
「あいつら、ボロ出してなきゃ良いけどなぁ」
「こんな長時間に渡って猫をかぶるのは辛いでしょうねぇ」
白という上品な色とは裏腹に、良く言えばのびのび、悪く言えばガサツな白騎士団の面々である。お偉方が行き交う王宮内で、さぞやケツの痒い思いをしていることだろう。
「お前、緊張してねぇの」
「今からしてどうするんです?それに、騎士の心得ですよ。どんな時も平常心忘れるべからず」
「肝据わってんな。お前のがよっぽど団長に向いてるよ」
「有り得ません」
ニコライは黙って鼻を掻く。やがてマクシミリアンの部屋が見えてきて、ゲルダは進み出た。その背後からニコライが声を掛ける。
「なあ、ゲルダ。やっぱり惜しいよ、お前。こっそり俺の愛人にならねぇ?」
「私は誰の愛人にもなるつもりはありません」
「お手当て弾むのに」
ゲルダはニコライに身体を向けると、腕を組み眉を上げた。
「金では動きません。私が望むのは自由。自分の言葉で語り、自らの足で進む。進む先は己で決める」
「マクシミリアンと同じだな」
「ええ。私はそれを手に入れつつあります。ですから、その素晴らしさを知っている。団長にも是非味わって頂きたいものです」
「……お前達を引き裂く俺を、恨むなら恨め。俺だけ無傷なんて寝覚めが悪ぃ」
ゲルダは苦笑いする。柄にもなくセンチメンタルになっているニコライに背中を向けながら、明るく言い放った。
「恨んだって貴方の事だから、ちょっとも響かないでしょう。私の事なんて鼻くそをほじるが如く掻き出して弾き飛ばして終わりです」
「ひでぇ」
「副団長はそれで良いんですよ」
ニコライがガシガシと頭を惜く気配がする。ゲルダは背筋を伸ばし、飴色の扉をノックした。
マクシミリアンは既に準備を整えていた。サラサラのブロンドは髪油で後ろへ撫でつけられ、形の良い額と眉が顕になっている。
ゲルダはその、神々しいばかりの威厳を纏った姿に惚れ惚れした。
マクシミリアンは白手袋を嵌めながら、テーブルの上に置かれていた封書へと視線を促す。
「朝一番で姉上からの密偵が届けに来た。ガルシア侯爵が買収した出席者のリスト追加分だ」
ニコライが歩み寄り、それを開いて目を通した。
「直前でこちらへ引き込むのは骨が折れるな。事前に貰った分は王妃と俺の方で対処済みだが」
「侯爵の気を削ぐのには充分では?数人でしょう?」
「数人でもゲルダを笑う者は我慢ならん。また手が出るやもしれん」
「大丈夫ですよ。私の耳は聞きたくない音が素通りするように出来ているんです」
肩をすくめるゲルダにマクシミリアンが近付き、頬に手をあてる。
「汚い声がお前を語ることが許せない……今日はいつにも増して凛々しいな」
顔を寄せてくるマクシミリアンを、ゲルダがそっと諌める。
「壁紙が見ております」
「所詮壁紙だ」
「いい加減、壁紙扱い止めてくんねぇ?」
マクシミリアンはそっと唇を合わせると、離れた。エメラルドの瞳が愛おしげにゲルダを見ている。
「名残り惜しいが、続きは今晩にとっておこう」
「ええー、騎士団上げての酒盛りじゃねぇのかよ」
「俺はゲルダと二人っきりで祝杯を上げる」
「薄情な奴!ふんっ!男同士の友情なんてそんなもんだよな!」
ニコライは口を尖らせた。その子供のような振る舞いを見て笑うゲルダの腕を、マクシミリアンが掴み、傍らで囁く。
「ゲルダは俺が守る。命に替えても」
「団長の手を煩わせる事が無きよう、必ずや勝利します。私の実力はご存知でしょう?」
「ゲルダは強い。だが、心配だ」
「信じてください」
微笑むゲルダにマクシミリアンは頷いた。そして、唇を引き結び真っすぐ前を向く。
ゲルダはその視線の先へと進み出ると、恭しくノブを引いた。
「では、参りましょう。決戦の舞台へ」
ゲルダは、真新しい白いブーツの踵を鳴らす。足元が普段と違うのは少し不安だが、この程度の違和感は慣れてみせる。
ゲルダは更衣室のドアを開けて廊下へ出た。
暫く進むと、前方にニコライの背中が見え、ゲルダは声を掛ける。ニコライは振り向き、大袈裟に両手を広げて見せた。
「おお、すげぇな。いつにも増して迫力がある!」
「どういう意味ですか」
追いついたゲルダがニコライと向かい合う。いつもは見上げるその顔がほぼ同じ目線にある。
「でけぇな。それが、王妃殿下から贈られたっていうシークレットブーツか?」
ニコライが目線を下へ向けた。
「ええ。多少動きづらいけれど、せっかくのご厚意を無駄にする訳にはいきませんから」
「上から見下ろされたらガルシア侯爵は嫌だろうなぁ。さすが王妃様、陰湿だぜ」
「不敬ですよ」
二人は並んで歩き出す。窓の外は昼を少し過ぎたところだ。晩餐会が始まるまであと数時間余り。マクシミリアン、ニコライ、ゲルダ以外の白騎士は、朝から総出で王宮に詰めている。
「あいつら、ボロ出してなきゃ良いけどなぁ」
「こんな長時間に渡って猫をかぶるのは辛いでしょうねぇ」
白という上品な色とは裏腹に、良く言えばのびのび、悪く言えばガサツな白騎士団の面々である。お偉方が行き交う王宮内で、さぞやケツの痒い思いをしていることだろう。
「お前、緊張してねぇの」
「今からしてどうするんです?それに、騎士の心得ですよ。どんな時も平常心忘れるべからず」
「肝据わってんな。お前のがよっぽど団長に向いてるよ」
「有り得ません」
ニコライは黙って鼻を掻く。やがてマクシミリアンの部屋が見えてきて、ゲルダは進み出た。その背後からニコライが声を掛ける。
「なあ、ゲルダ。やっぱり惜しいよ、お前。こっそり俺の愛人にならねぇ?」
「私は誰の愛人にもなるつもりはありません」
「お手当て弾むのに」
ゲルダはニコライに身体を向けると、腕を組み眉を上げた。
「金では動きません。私が望むのは自由。自分の言葉で語り、自らの足で進む。進む先は己で決める」
「マクシミリアンと同じだな」
「ええ。私はそれを手に入れつつあります。ですから、その素晴らしさを知っている。団長にも是非味わって頂きたいものです」
「……お前達を引き裂く俺を、恨むなら恨め。俺だけ無傷なんて寝覚めが悪ぃ」
ゲルダは苦笑いする。柄にもなくセンチメンタルになっているニコライに背中を向けながら、明るく言い放った。
「恨んだって貴方の事だから、ちょっとも響かないでしょう。私の事なんて鼻くそをほじるが如く掻き出して弾き飛ばして終わりです」
「ひでぇ」
「副団長はそれで良いんですよ」
ニコライがガシガシと頭を惜く気配がする。ゲルダは背筋を伸ばし、飴色の扉をノックした。
マクシミリアンは既に準備を整えていた。サラサラのブロンドは髪油で後ろへ撫でつけられ、形の良い額と眉が顕になっている。
ゲルダはその、神々しいばかりの威厳を纏った姿に惚れ惚れした。
マクシミリアンは白手袋を嵌めながら、テーブルの上に置かれていた封書へと視線を促す。
「朝一番で姉上からの密偵が届けに来た。ガルシア侯爵が買収した出席者のリスト追加分だ」
ニコライが歩み寄り、それを開いて目を通した。
「直前でこちらへ引き込むのは骨が折れるな。事前に貰った分は王妃と俺の方で対処済みだが」
「侯爵の気を削ぐのには充分では?数人でしょう?」
「数人でもゲルダを笑う者は我慢ならん。また手が出るやもしれん」
「大丈夫ですよ。私の耳は聞きたくない音が素通りするように出来ているんです」
肩をすくめるゲルダにマクシミリアンが近付き、頬に手をあてる。
「汚い声がお前を語ることが許せない……今日はいつにも増して凛々しいな」
顔を寄せてくるマクシミリアンを、ゲルダがそっと諌める。
「壁紙が見ております」
「所詮壁紙だ」
「いい加減、壁紙扱い止めてくんねぇ?」
マクシミリアンはそっと唇を合わせると、離れた。エメラルドの瞳が愛おしげにゲルダを見ている。
「名残り惜しいが、続きは今晩にとっておこう」
「ええー、騎士団上げての酒盛りじゃねぇのかよ」
「俺はゲルダと二人っきりで祝杯を上げる」
「薄情な奴!ふんっ!男同士の友情なんてそんなもんだよな!」
ニコライは口を尖らせた。その子供のような振る舞いを見て笑うゲルダの腕を、マクシミリアンが掴み、傍らで囁く。
「ゲルダは俺が守る。命に替えても」
「団長の手を煩わせる事が無きよう、必ずや勝利します。私の実力はご存知でしょう?」
「ゲルダは強い。だが、心配だ」
「信じてください」
微笑むゲルダにマクシミリアンは頷いた。そして、唇を引き結び真っすぐ前を向く。
ゲルダはその視線の先へと進み出ると、恭しくノブを引いた。
「では、参りましょう。決戦の舞台へ」
11
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
勇者パーティーから追放された魔法戦士ディックは何も知らない~追放した勇者パーティが裏で守り続けてくれていたことを僕は知らない~
うにたん
恋愛
幼馴染五人で構成された勇者パーティを追放されてしまった魔法戦士ディック。
追放を決断したやむを得ない勇者パーティの事情とは?
真の追放事情を知らない追放された魔法戦士ディックはこれからどうなるのか?
彼らが再度交わる時は来るのか?
これは勇者パーティを追放された魔法戦士ディックに事情を知られない様に勇者パーティが裏でディックを守り続ける真の勇者の物語
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
自宅が全焼して女神様と同居する事になりました
皐月 遊
恋愛
如月陽太(きさらぎようた)は、地元を離れてごく普通に学園生活を送っていた。
そんなある日、公園で傘もささずに雨に濡れている同じ学校の生徒、柊渚咲(ひいらぎなぎさ)と出会う。
シャワーを貸そうと自宅へ行くと、なんとそこには黒煙が上がっていた。
「…貴方が住んでるアパートってあれですか?」
「…あぁ…絶賛燃えてる最中だな」
これは、そんな陽太の不幸から始まった、素直になれない2人の物語。
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる