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ポッコチーヌ様のお世話係
敵と味方①
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思わぬ、しかも強力な味方を得たことに、ゲルダは戸惑いつつも安堵した。しかし、同時にカトリーヌが言い残した言葉が引っかかる。
ニコライを信用するな、と王妃殿下は言った。
これまでは一番の相談役だったニコライだが、もしかしたらガルシア家のスパイ、いや、個人的な恨みからマクシミリアンの失脚を目論んでいるのだとしたら。
ゲルダをマクシミリアンに引き合わせたこと自体が、ニコライの計画だったとも考えられる。それなら、やたらと煽ってきた理由もわかるというものだ。しかし……
ゲルダは額に手を当てて溜息をつく。
近々成就されるというカトリーヌの野望。果たして、マクシミリアンへの影響は如何ほどのものになるのだろうか。その時、ゲルダ一人で守りきれるだろうか。
たかが側近、その役職の重みは平騎士とそう変わらない。しかもゲルダは奴隷上がりの先住民だ。財力も権力もない。あるのは腕力だけ。
「ゲルダどうした。何か気がかりな事でもあるのか?」
再び大きく息を吐いたゲルダに、マクシミリアンが心配そうに訊ねた。ゲルダは慌てて取り繕う。
「いえ、何でもありません。今日は陽気が良かったので、つい張り切って鍛錬してしまいまして、少し疲れたのです」
「そうなのか?」
騎士服にブラシをかけるゲルダに、マクシミリアンが近づく。
「ならば、それは俺がやろう。ゲルダは早く休め」
「大丈夫です。もうすぐ終わります」
「ならば、終わったらこちらへ来い」
ゲルダは両手を広げるマクシミリアンを見て、首を傾げる。
「何ですか?」
「ハグだ」
マクシミリアンは真顔で答えた。
「ゲルダが抱きしめてくれると安心するし疲れも吹き飛ぶ。だから、俺もゲルダにしてやりたいのだ」
「団長……」
ゲルダは不覚にも涙が滲む。触れ合う事で誰かの為になろうとするマクシミリアン。その目覚しい彼の変化は、弱っていたゲルダの心を簡単に震わせた。
「お恥ずかしい。団長をお支えすると誓ったくせに、このようにお気を遣わせてしまい……」
マクシミリアンはゲルダの手からブラシを奪ってチェストの上に置く。そして、有無を言わさずゲルダを抱き寄せた。大きな掌が背中を優しく撫でる。ゲルダがいつもそうしているように。
「俺は名ばかりの騎士団長だ。ひとりでは立ってもいられない情けない子供だ。けれど、お前を守りたい。お前が辛そうだと俺も辛い」
「団長はお強い。苦しい日々を乗り越えていらっしゃったのだから」
ゲルダはその逞しい身体に包まれて、そっと力を抜く。柔らかい寝巻きの綿布に頬を当てた。じんわりと伝わる温もりが、ゲルダの心を優しく解していく。
「俺はもっと強くなりたい。お前を守れるほどに」
「ありがたきお言葉」
……一生忘れません。
ゲルダは目を瞑り、幸せを噛みしめた。
例え、長くお側にいられなくても。団長のことは忘れない。貴方のように美しい人はいない。私が見たものの中で一番澄んで輝いている。
私はその輝きを胸に抱いて生きるでしょう。ヴードゥのように地を踏みしめながら、いつか空を颯爽と翔る貴方を見上げる。
……そう、だから今ここで挫ける訳にはいかない。
ゲルダはそっと身体を離し、微笑んだ。
「ありがとうございます。元気になりました」
「もう良いのか?」
マクシミリアンは残念そうに手を離す。そして、顔を傾けてゲルダに口付けた。不意打ちに驚くゲルダの頬を両手で挟み額をくっつける。エメラルドの澄んだ瞳が長いまつ毛の向こうからじっとゲルダを見ていた。
「ゲルダ、言っておくが、俺の犠牲になるなどと考えているなら許さない」
ゲルダは言葉を失う。真摯な光を放つ瞳から目を逸らせない。
「俺はそれを最も嫌う。そのような方法を取るくらいなら俺を巻き込め。お前が俺を使えば良い。お前のためならすべて投げ打つ。それほど俺にとってお前は大切だ。代わりなどいない」
「私は団長のお力に……」
「お前の存在こそが俺の力の源だ。元より俺は何も持たなかったのだ。無くして惜しむべきものは何も無い」
マクシミリアンの覚悟が胸を打つ。ゲルダは呼吸もままならず喘いだ。
「わ、私の望みは、団長の自由で、間違った支配からの解放で……」
「俺の為にそこまでしてくれる者は他にいない。ならば俺もその愛に見合うだけだ」
「愛……」
マクシミリアンはゲルダの頬を指の背で撫でる。
「愛でなくて何なのだ?」
ゲルダは観念した。
そして、目を瞑り深呼吸すると、思い切って告げた。
「愛ですね。確かに私は団長を愛しています」
マクシミリアンは満面の笑みを浮かべ、再び重ねるべく唇を突き出した。ゲルダはそれを掌で防ぐ。
「団長、私と一緒に闘って頂けますか」
「無論だ」
「私から口付けしても?」
「もちろんだ!」
「気持ち悪かったら引き剥がしてくださいね」
「なにを言う……」
ゲルダはマクシミリアンの唇をそっと食む。エメラルドの瞳が見開かれ、パチパチと瞬いた。ゲルダは目を伏せ、角度を変えて何度もその可憐な唇を味わった後、そっと舌でなぞる。再び瞼を上げてマクシミリアンを窺えば、うっとりと蕩ける瞳と目が合った。
「いかがですか団長、気分は悪くない?」
「悪いどころか……なんだこれは、とても良いぞ」
「これが恋人同士の交わす口付けです」
「……何でもっと早く教えてくれなかったのだ」
「すいません。団長のトラウマが発動しないように配慮しておりました」
マクシミリアンは目を合わせたままゲルダの腰を引き寄せた。
「ゲルダ相手に発動するわけがない。もっとしてくれ」
「 仰せのままに」
ゲルダは唇を舐めると、愛しい人の唇に触れ、甘い口付けをした。幾度も、幾度も。
ニコライを信用するな、と王妃殿下は言った。
これまでは一番の相談役だったニコライだが、もしかしたらガルシア家のスパイ、いや、個人的な恨みからマクシミリアンの失脚を目論んでいるのだとしたら。
ゲルダをマクシミリアンに引き合わせたこと自体が、ニコライの計画だったとも考えられる。それなら、やたらと煽ってきた理由もわかるというものだ。しかし……
ゲルダは額に手を当てて溜息をつく。
近々成就されるというカトリーヌの野望。果たして、マクシミリアンへの影響は如何ほどのものになるのだろうか。その時、ゲルダ一人で守りきれるだろうか。
たかが側近、その役職の重みは平騎士とそう変わらない。しかもゲルダは奴隷上がりの先住民だ。財力も権力もない。あるのは腕力だけ。
「ゲルダどうした。何か気がかりな事でもあるのか?」
再び大きく息を吐いたゲルダに、マクシミリアンが心配そうに訊ねた。ゲルダは慌てて取り繕う。
「いえ、何でもありません。今日は陽気が良かったので、つい張り切って鍛錬してしまいまして、少し疲れたのです」
「そうなのか?」
騎士服にブラシをかけるゲルダに、マクシミリアンが近づく。
「ならば、それは俺がやろう。ゲルダは早く休め」
「大丈夫です。もうすぐ終わります」
「ならば、終わったらこちらへ来い」
ゲルダは両手を広げるマクシミリアンを見て、首を傾げる。
「何ですか?」
「ハグだ」
マクシミリアンは真顔で答えた。
「ゲルダが抱きしめてくれると安心するし疲れも吹き飛ぶ。だから、俺もゲルダにしてやりたいのだ」
「団長……」
ゲルダは不覚にも涙が滲む。触れ合う事で誰かの為になろうとするマクシミリアン。その目覚しい彼の変化は、弱っていたゲルダの心を簡単に震わせた。
「お恥ずかしい。団長をお支えすると誓ったくせに、このようにお気を遣わせてしまい……」
マクシミリアンはゲルダの手からブラシを奪ってチェストの上に置く。そして、有無を言わさずゲルダを抱き寄せた。大きな掌が背中を優しく撫でる。ゲルダがいつもそうしているように。
「俺は名ばかりの騎士団長だ。ひとりでは立ってもいられない情けない子供だ。けれど、お前を守りたい。お前が辛そうだと俺も辛い」
「団長はお強い。苦しい日々を乗り越えていらっしゃったのだから」
ゲルダはその逞しい身体に包まれて、そっと力を抜く。柔らかい寝巻きの綿布に頬を当てた。じんわりと伝わる温もりが、ゲルダの心を優しく解していく。
「俺はもっと強くなりたい。お前を守れるほどに」
「ありがたきお言葉」
……一生忘れません。
ゲルダは目を瞑り、幸せを噛みしめた。
例え、長くお側にいられなくても。団長のことは忘れない。貴方のように美しい人はいない。私が見たものの中で一番澄んで輝いている。
私はその輝きを胸に抱いて生きるでしょう。ヴードゥのように地を踏みしめながら、いつか空を颯爽と翔る貴方を見上げる。
……そう、だから今ここで挫ける訳にはいかない。
ゲルダはそっと身体を離し、微笑んだ。
「ありがとうございます。元気になりました」
「もう良いのか?」
マクシミリアンは残念そうに手を離す。そして、顔を傾けてゲルダに口付けた。不意打ちに驚くゲルダの頬を両手で挟み額をくっつける。エメラルドの澄んだ瞳が長いまつ毛の向こうからじっとゲルダを見ていた。
「ゲルダ、言っておくが、俺の犠牲になるなどと考えているなら許さない」
ゲルダは言葉を失う。真摯な光を放つ瞳から目を逸らせない。
「俺はそれを最も嫌う。そのような方法を取るくらいなら俺を巻き込め。お前が俺を使えば良い。お前のためならすべて投げ打つ。それほど俺にとってお前は大切だ。代わりなどいない」
「私は団長のお力に……」
「お前の存在こそが俺の力の源だ。元より俺は何も持たなかったのだ。無くして惜しむべきものは何も無い」
マクシミリアンの覚悟が胸を打つ。ゲルダは呼吸もままならず喘いだ。
「わ、私の望みは、団長の自由で、間違った支配からの解放で……」
「俺の為にそこまでしてくれる者は他にいない。ならば俺もその愛に見合うだけだ」
「愛……」
マクシミリアンはゲルダの頬を指の背で撫でる。
「愛でなくて何なのだ?」
ゲルダは観念した。
そして、目を瞑り深呼吸すると、思い切って告げた。
「愛ですね。確かに私は団長を愛しています」
マクシミリアンは満面の笑みを浮かべ、再び重ねるべく唇を突き出した。ゲルダはそれを掌で防ぐ。
「団長、私と一緒に闘って頂けますか」
「無論だ」
「私から口付けしても?」
「もちろんだ!」
「気持ち悪かったら引き剥がしてくださいね」
「なにを言う……」
ゲルダはマクシミリアンの唇をそっと食む。エメラルドの瞳が見開かれ、パチパチと瞬いた。ゲルダは目を伏せ、角度を変えて何度もその可憐な唇を味わった後、そっと舌でなぞる。再び瞼を上げてマクシミリアンを窺えば、うっとりと蕩ける瞳と目が合った。
「いかがですか団長、気分は悪くない?」
「悪いどころか……なんだこれは、とても良いぞ」
「これが恋人同士の交わす口付けです」
「……何でもっと早く教えてくれなかったのだ」
「すいません。団長のトラウマが発動しないように配慮しておりました」
マクシミリアンは目を合わせたままゲルダの腰を引き寄せた。
「ゲルダ相手に発動するわけがない。もっとしてくれ」
「 仰せのままに」
ゲルダは唇を舐めると、愛しい人の唇に触れ、甘い口付けをした。幾度も、幾度も。
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