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シンデレラ(灰被り)の本当の名はエミリオ。本来なら義父の亡き後、実子で長男の彼が家督を継ぐはずだった。しかし、家の財産と実権を我が物にしようと企んだお母様が、エミリオは気の病だと触れ回ったのである。
相次いで両親を亡くしたことで、エミリオは心を病んでしまった。奇妙な行動をし、かと思えば部屋に籠って一歩も外へ出なくなる。これでは当主を任せられない。そう涙ながらに語り、周囲の同情を買った。
実際は使用人代わりに彼をこき使っていたのだが。
私はエマの手を引き、舟から下りるように促した。エマは大人しく従う。私たちはそのまま手を繋ぎ、湖畔を歩いた。カーボも後ろをついてくる。
「けれど、まさか殿下が男色だったとはね」
「噂に寄ると両刀らしいよ。なにより、とんでもない変態だ」
「でも、少しばかり我慢をすれば、贅沢な暮らしが出来たかもしれないわ」
「冗談じゃないよ。家事は元々好きだからやっていただけのことで、僕は身を売ってまで贅沢なんかしたくないんだ」
エマは当主になることを望んでいなかった。お母様やお姉様が、苦痛を与える目的でエマに課した諸々のことも、彼にとっては屁でもなく、むしろ渡りに船だったのである。
「舞踏会なんてケツが痒い。見世物じゃあるまいし、ジロジロ見られて値踏みされて気分が悪い。みんな、なんであんなものに参加したがるんだろう」
「……」
「馬車の御者なら人目につかないだろうと思ったのに、寄りにもよって王子と遭遇するなんて最悪だ!」
舞踏会の夜、私たちを城に送り出したエマは馬車置場で寛いでいた。そこに、ひとりの令嬢が駆け込んで来たのだという。
令嬢はエマの姿を見るなり縋り付き助けを求めた。戸惑うエマであったが、ガタガタ震える女を哀れに思い馬車の中へと隠す。するとその直後、闇の中からぬっと現れた人物があった。男はエマに女の行方を訊ねたそうだ。
「どうやらいたぶる目的で女を誘い込んだはいいが、逃げられたらしい。女の首にくっきりと手の跡が浮かんでいたからね、間違いない」
エマは知らばっくれたが男はなかなか去ってくれない。そのうち、男の持つ恐るべき動物的勘がエマの美貌を嗅ぎつけたのである。
闇の中で根掘り葉掘り訊ねてくる変質者からエマは逃げた。その夜は確かに逃げおおせたのに、後日見つけられてしまう。
なぜなら、男は王に次ぐ権力者であったからだ。御者の素性を辿ることなど、王太子である彼にとっては赤子の手をひねるほど容易いことだったのである。
「あの変態クソ野郎!あんな奴、魔女の呪いを受けて股間が腐り落ちればいい!」
エマはビスクドールのように整った顔を盛大に歪め、ぺっと唾を吐く。
天使のように麗しく、妖精のように儚げ。世を超越した美貌を持つ義弟エミリオ。
しかし、実際のエマは毒舌で、庶民に近い感覚の持主だった。そのギャップが面白く、私はエマを知る度に惹かれていった。義姉弟という関係でありながらも、傾いていく心は止まらなかった。
エマも私を憎からず思っていることには気付いていた。少し過剰なスキンシップも、柄にもなくロマンティックな言葉を囁くのも、私だけに与えられるものだったから。
それでも私は気付かないフリをした。
禁断の実を口にした者の末路に怯え、逃げ続けたのである。
相次いで両親を亡くしたことで、エミリオは心を病んでしまった。奇妙な行動をし、かと思えば部屋に籠って一歩も外へ出なくなる。これでは当主を任せられない。そう涙ながらに語り、周囲の同情を買った。
実際は使用人代わりに彼をこき使っていたのだが。
私はエマの手を引き、舟から下りるように促した。エマは大人しく従う。私たちはそのまま手を繋ぎ、湖畔を歩いた。カーボも後ろをついてくる。
「けれど、まさか殿下が男色だったとはね」
「噂に寄ると両刀らしいよ。なにより、とんでもない変態だ」
「でも、少しばかり我慢をすれば、贅沢な暮らしが出来たかもしれないわ」
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エマは当主になることを望んでいなかった。お母様やお姉様が、苦痛を与える目的でエマに課した諸々のことも、彼にとっては屁でもなく、むしろ渡りに船だったのである。
「舞踏会なんてケツが痒い。見世物じゃあるまいし、ジロジロ見られて値踏みされて気分が悪い。みんな、なんであんなものに参加したがるんだろう」
「……」
「馬車の御者なら人目につかないだろうと思ったのに、寄りにもよって王子と遭遇するなんて最悪だ!」
舞踏会の夜、私たちを城に送り出したエマは馬車置場で寛いでいた。そこに、ひとりの令嬢が駆け込んで来たのだという。
令嬢はエマの姿を見るなり縋り付き助けを求めた。戸惑うエマであったが、ガタガタ震える女を哀れに思い馬車の中へと隠す。するとその直後、闇の中からぬっと現れた人物があった。男はエマに女の行方を訊ねたそうだ。
「どうやらいたぶる目的で女を誘い込んだはいいが、逃げられたらしい。女の首にくっきりと手の跡が浮かんでいたからね、間違いない」
エマは知らばっくれたが男はなかなか去ってくれない。そのうち、男の持つ恐るべき動物的勘がエマの美貌を嗅ぎつけたのである。
闇の中で根掘り葉掘り訊ねてくる変質者からエマは逃げた。その夜は確かに逃げおおせたのに、後日見つけられてしまう。
なぜなら、男は王に次ぐ権力者であったからだ。御者の素性を辿ることなど、王太子である彼にとっては赤子の手をひねるほど容易いことだったのである。
「あの変態クソ野郎!あんな奴、魔女の呪いを受けて股間が腐り落ちればいい!」
エマはビスクドールのように整った顔を盛大に歪め、ぺっと唾を吐く。
天使のように麗しく、妖精のように儚げ。世を超越した美貌を持つ義弟エミリオ。
しかし、実際のエマは毒舌で、庶民に近い感覚の持主だった。そのギャップが面白く、私はエマを知る度に惹かれていった。義姉弟という関係でありながらも、傾いていく心は止まらなかった。
エマも私を憎からず思っていることには気付いていた。少し過剰なスキンシップも、柄にもなくロマンティックな言葉を囁くのも、私だけに与えられるものだったから。
それでも私は気付かないフリをした。
禁断の実を口にした者の末路に怯え、逃げ続けたのである。
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