シンデレラ逃亡劇

すなぎ もりこ

文字の大きさ
上 下
8 / 12

しおりを挟む
 シンデレラ(灰被り)の本当の名はエミリオ。本来なら義父の亡き後、実子で長男の彼が家督を継ぐはずだった。しかし、家の財産と実権を我が物にしようと企んだお母様が、エミリオは気の病だと触れ回ったのである。
 相次いで両親を亡くしたことで、エミリオは心を病んでしまった。奇妙な行動をし、かと思えば部屋に籠って一歩も外へ出なくなる。これでは当主を任せられない。そう涙ながらに語り、周囲の同情を買った。
 実際は使用人代わりに彼をこき使っていたのだが。
 私はエマの手を引き、舟から下りるように促した。エマは大人しく従う。私たちはそのまま手を繋ぎ、湖畔を歩いた。カーボも後ろをついてくる。
「けれど、まさか殿下が男色だったとはね」
「噂に寄ると両刀らしいよ。なにより、とんでもない変態だ」
「でも、少しばかり我慢をすれば、贅沢な暮らしが出来たかもしれないわ」
「冗談じゃないよ。家事は元々好きだからやっていただけのことで、僕は身を売ってまで贅沢なんかしたくないんだ」
 エマは当主になることを望んでいなかった。お母様やお姉様が、苦痛を与える目的でエマに課した諸々のことも、彼にとっては屁でもなく、むしろ渡りに船だったのである。
「舞踏会なんてケツが痒い。見世物じゃあるまいし、ジロジロ見られて値踏みされて気分が悪い。みんな、なんであんなものに参加したがるんだろう」
「……」
「馬車の御者なら人目につかないだろうと思ったのに、寄りにもよって王子と遭遇するなんて最悪だ!」
 舞踏会の夜、私たちを城に送り出したエマは馬車置場で寛いでいた。そこに、ひとりの令嬢が駆け込んで来たのだという。
 令嬢はエマの姿を見るなり縋り付き助けを求めた。戸惑うエマであったが、ガタガタ震える女を哀れに思い馬車の中へと隠す。するとその直後、闇の中からぬっと現れた人物があった。男はエマに女の行方を訊ねたそうだ。
「どうやらいたぶる目的で女を誘い込んだはいいが、逃げられたらしい。女の首にくっきりと手の跡が浮かんでいたからね、間違いない」
 エマは知らばっくれたが男はなかなか去ってくれない。そのうち、男の持つ恐るべき動物的勘がエマの美貌を嗅ぎつけたのである。
 闇の中で根掘り葉掘り訊ねてくる変質者からエマは逃げた。その夜は確かに逃げおおせたのに、後日見つけられてしまう。
 なぜなら、男は王に次ぐ権力者であったからだ。御者の素性を辿ることなど、王太子である彼にとっては赤子の手をひねるほど容易いことだったのである。
「あの変態クソ野郎!あんな奴、魔女の呪いを受けて股間が腐り落ちればいい!」
 エマはビスクドールのように整った顔を盛大に歪め、ぺっと唾を吐く。
 天使のように麗しく、妖精のように儚げ。世を超越した美貌を持つ義弟エミリオ。
 しかし、実際のエマは毒舌で、庶民に近い感覚の持主だった。そのギャップが面白く、私はエマを知る度に惹かれていった。義姉弟という関係でありながらも、傾いていく心は止まらなかった。
 エマも私を憎からず思っていることには気付いていた。少し過剰なスキンシップも、柄にもなくロマンティックな言葉を囁くのも、私だけに与えられるものだったから。
 それでも私は気付かないフリをした。
 禁断の実を口にした者の末路に怯え、逃げ続けたのである。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...