シンデレラ逃亡劇

すなぎ もりこ

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 息を詰めて言葉を待つ二人の前で、私は考え込むフリをする。
 再三にわたる私の忠告を無視し、やりたい放題を尽くしてきた母と姉には同情の余地はない。しかし、王宮の反感を買ってしまえば爵位剥奪は免れない。すべて取り上げられ丸裸で放り出されるだろう。
 そう、他人事ではないのだ。だとすれば、降りかかる火の粉は払わねばならない。
 この家に身を置く者として、そう考えるのが当然だろう。
「シンデレラは急病で寝込んでいることにするのよ。それで時間を稼ぐの」
 二人は顔を見合せた。お姉様が眉を寄せ、不安そうに言う。
「上手くいくかしら。王宮からお見舞いに来るかもしれなくてよ?どうやって誤魔化すの?」
「流行病に罹ったといえば、誰も近寄れないわ。……そうね、クローノス病にしておきましょう」
 お母様はその病名を聞き、弾けるように身を起こした。
「『ウラノスの呪い』じゃないの!外聞が悪い!」
「あら、クローノス病は必ずしも性交で感染するわけじゃないわ。確かに感染の出処は娼館街だったけれど、クシャミや咳でも伝染ると王宮医師が発表したじゃない。町の病院や協会にもポスターが貼り出されていたわ」
「で、でも後遺症が……」
 お姉様が言いかけてもじもじと口を噤む。私は頷き、微笑んだ。
 クローノスは古の神の名である。異形の息子ウラノスより男根を切断された気の毒な神。そんな物騒な神話をなぞらえて病名がつけられたのだ。
「生殖機能を失う恐れがあるというのは立証されているようね。だから却って都合がいいのよ」
 怪訝そうに見上げる二人の前で、私は腕を組み顎を上げた。
「病名を告げて治療薬を所望するのよ。王宮は断らないはずよ。万が一王子に感染して不能になったら大変だもの。そして、治療薬は転売するの」
「転売?!」
「クローノス病の治療薬の価格を知ってる?郊外の御屋敷が3つ買えるほどなのだそうよ。だけど公には出回っていない。量産できないから王宮が管理しているの。公式な許可が降りないと入手出来ない幻の治療薬なのよ」
 呆けたような表情で耳を傾けるお母様とお姉様。そんな二人を前に、私は煽るように両手を広げた。
「喉から手が出るほど欲しがってる著名人を何人か知ってるわ。そこに持ち掛けて買い取ってもらうのよ!」
 母娘は揃ってソファから立ち上がり、拍手する。お母様は私に駆け寄り抱き締めた。
「ああ、アナスタシア!貴女は素晴らしい娘よ!完璧な筋書きだわ。なんて利発な子なの」
 頭でっかちな娘は貰い手がないと、愛読書をすべて暖炉に放り投げ、火にくべたのはお母様だったわよね。
「地味な容姿を帳消しにするほどの名案だわ!」
 事ある毎にブサイクだと罵り、デビュタントの前日に髪をめちゃくちゃに刈り込んだお姉様。それから二年は人前に出ることが出来ず、結局、社交デビューは果たせぬまま。
「ありがとう。やっと二人の役に立つことが出来て嬉しいわ」
 尊敬の眼差しを注がれた私は、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「アナスタシアは私たちの救世主よ!これからはすべて貴女に従うわ」
 皺に白粉を詰まらせたお母様が、アイラインが滲む瞳を輝かせる。お姉様は押し寄せる肉で小さくなった目を瞬き、巨体を弾ませた。
 ずっと欲していたものを手に入れることが出来て、私は満足だった。例えそれが束の間のものでも。
 私は、姿を消したシンデレラに心から感謝する。
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