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失礼な男

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「すいません、強引に誘って」

明るい店内で改めて目にする男性は、相当なイケメンだった。
はにかむように笑う表情に、胸がきゅんとなる。

「いえ、私もあのまま帰るのは正直虚しかったので、ありがたいかも」
「あそこで会えて良かった」

そういえば、何故、モカが飲み会のメンバーだと気付いたのだろう。
同じ年頃の女性なんて他にもたくさん歩いていたと思うのだが。
聞こうと思い口を開きかけるが、イケメンに先を越されてしまった。

「俺は広瀬と言います。貴女は?」
「あ、玉森です」
「下の名前は?俺は蒼士(あおし)です。草冠に倉、武士の士」
「は、モカです。カタカナでモカ」
「へえ、カタカナなんだ。変なの」

変なの……?
小学生レベルにデリカシーのない感想。
久しぶりに言われたわ。

「モカさんはああいう飲み会に良く参加するの?」
「そうですね。良く誘われるので」
「良く誘われるか。……それなのに相手は見つからないのか」

低い声で呟かれ、モカは傷付いた。
失礼な人だな。

「見たところ普通なのに、やっぱりそうなんだな」

更に傷付くんだけど。
異常だとでも言ってほしいのか。
そりゃ、確かにちょっと特殊だけど。
それに、やっぱりってなんだよ。
恋愛運の無さが透けて見えるとでも言うのか。

「広瀬さんこそ、彼女がいないのが不思議なくらいのイケメンじゃないですか」
「あ、俺?まあ、見かけで寄ってこられる事はあるけど、モテないよ。口調がキツイらしくって」
「キツイというより、失礼ですよね」

モカは思わず口にしてしまった。
広瀬はどうやら遠慮がない性格のようだ。
ズケズケと失礼な事をいうので敬遠されているのだろう。
何となく察した。

「見た目だけで好きです、なんて言われても信用出来ないし。別に好かれようとも思ってないし」
「じゃあ、何で飲み会に参加したんですか?その言い方じゃ、別に彼女なんて欲しくなさそうなんですけど」
「あー……」

広瀬はジョッキに口をつけて三口ほどごくごく呑むと、カウンターテーブルに置いて俯いた。

「まあ、それは、ちょっと事情があって」
「事情?」

広瀬は後頭部を掻いた。

「うん、その…」

言葉を濁すイケメンを訝しげに見るモカだったが、突然聞こえた怒号に、肩を跳ねさせた。

「ふざけんじゃねぇぞ!早く来い!」

声の出所を探れば、奥にある個室に続く廊下から、男が女性の腕を掴み引きずって現れた。

「何が会社の打ち上げだ!男がいるなんて聞いてないぞ!」

さして広くない店内に男の声が響く。
客も従業員もしんと静まり返り、固唾を呑んで見守っている。

「皆、同じ職場のメンバーだって言ってるじゃない!こんなとこまで来るの止めてよ!」
「うるせえ!男の隣で酒を飲むなんて許さねぇ」
「やだやだもうやだ止めてぇ、アンタおかしいよ」
「何がおかしい!!お前は俺の女だろう、自覚がねえお前がおかしいだろうが!」

抵抗する女性に男が激昂し、手を振り上げた。
広瀬が立ち上がり、モカに早口で訊いた。

「モカちゃん、何か刃物を持ってない?ハサミとかカミソリとか」
「えっ?!何するつもり、止めなよ!」
「大丈夫、危ない事には使わないから。持ってない?」

モカは慌てて鞄の中を探り、折り畳み式の小型のハサミを取り出し、組みあげて広瀬に手渡した。
広瀬はそれをジャケットのポケットに入れると、迷いなく男女の元へ向かった。

男の背後から近付き、振り上げた腕を握ると、男が言葉を発するより早く、反対側の首の付け根を手刀で払う。
すると、男は身体の力が抜けたのか、膝を折り、崩れ落ちた。

どこからか、おお…と感嘆の声が上がる。

モカは広瀬の行動をじっと見守る。
放心している女性を真っ直ぐ立たせ、何事かを囁けば、女性はハッとして広瀬を見た後、頷き、店を走り出ていった。
次に、近くにいた店のスタッフに声をかけ、警察に連絡するように促す。
スタッフは慌ててポケットからスマートフォンを取り出して操作した。
大声で状況を説明する若いスタッフに視線が集まる。
しかし、モカは広瀬から視線を離さなかった。

広瀬は男を床に横たえ、傍らに腰を下ろす。

そこで、モカは目撃してしまったのだ。
広瀬の何とも不可解で奇妙な行動を。

広瀬は何事かを呟きながら、ポケットからモカの渡したハサミを取り出した。
そして、男の背中から少し離れた空を、パチンと切ったのだ。
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