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治療と提案

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 数日後、自力で歩けるほどに回復した僕は、セルジュの執務室にいた。
 改めて契約書を作成するのでアドバイスが欲しいとアリシアから呼ばれたのだ。
 応接用のソファーにセルジュと並んで座り、テーブルを挟んでアリシアと向き合う。
 アリシアは僕に見慣れた紙を手渡した。僕の作った契約書である。
「勇者様のお作りになられた契約書ですが、はっきり申し上げまして、ズーガリアにとって少し受け入れ難い内容になっていると思われました」
 僕は自分が書いた文面に目を通す。
 “魔聖対戦を廃止し、魔国への賠償を支払う”
 僕は契約書にそう記した。賠償の品としては『下魔の薬』の恒久的支給とする、という一文を後に追記している。
 しかし、国がその条件を呑むかについては少々不安があった。
 『魔聖対戦』は教団が単独で暴走した結果生まれたものであり、国は詳細を知らされていなかった可能性が高い。そうであれば自然と罪の意識は低くなる。それどころか、自分たちも教団に騙されていたのだから被害者だ、と主張されなくもない。
 それに加え『下魔の薬』の精製を無償で継続しろというのだから、割に合わないという意見が挙がるのは当然と思われた。 
「ですから、賠償という概念は外しましょう。魔国とズーガリアは和平を結び、国交の樹立を宣言する。また、貿易取引も開始するとし、品目は薬剤またはその原料……とかなんとか、だいたいこんな内容でいきましょう」
 アリシアはすらすらとペンを走らせ、あっという間に新たな契約書を作成してしまった。

 文献を読み漁り辞書を引きながら、何日もかけて作った僕の努力っていったい……。

「オリバーの作った契約書も良かったぞ」
 しょもんとする僕の肩に手を回したセルジュが、ニコニコ笑いながら慰める。
「記念にとっておこう。額に入れて俺の部屋に飾る」
 僕はスンとした表情でセルジュを見返した。
 いったい何の記念だよ。
「先日、モルハナ国に天空鳥を飛ばしました。契約の立会人をモルハナ国王に依頼するつもりです」
 有能すぎる宰相アリシアがテキパキと今後の予定を説明する。僕は懸命にそれを聞いた。
 やがて、ひと通り話し終えたアリシアが席を立つと、僕は隣のセルジュにこそっと弱音を吐いた。
「アリシアさんは凄いな。僕は必要なかったんじゃないか」
「そんなことはない。お前の提案があったからこそ俺たちは動けるんだ」
「ラフラ王女からの依頼がなければ、僕も決意できなかったけどな」
「だとしても、勇者様のなさったことは偉業です」
 アリシアはペンを走らせながら、キッパリと言う。
「それに、こう言ってはなんですが、勇者様が命に関わる傷を負わされたことも我々にとっては有利に働きました。大司教乱心の通知を受け、王宮は即座に動いたようです。教会堂を占拠し立ち入り調査に入ったとか」
 きっと、ラフラ王女が王太子に働きかけてくれたのだ。
 僕は母国にいる唯一の仲間に感謝した。
 負傷も無駄にならなくて良かったとそっと腹を撫でる。魔国の薬草のお陰で傷は完全に塞がり、痕も消えかかっている。きっと、あと数日もすればズーガリアに戻れるだろう。
 話を聞く限り僕の立ち位置も悪くなさそうだし、勇者として出来ることも残されているはずだ。
「ズーガリアとの交渉に関しては、今後すべてこちらにお任せいただくことになりますが……」
 アリシアが戻ってきた。その手には新たな書類を携えている。
「勇者様にはこちらの契約をお願いしたいのです」
「僕と契約?」
 彼女は書類をテーブルに置いた。
 セルジュを窺えば、なぜか照れくさそうにこちらを見ている。
「僕でお役に立てることがあればお受けしますが、いったいどういったことでしょう?」
 戸惑いながらも書類を手に取った僕に、アリシアが淡々と告げる。
「セルジュ様との婚姻契約です」
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