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魔国との契約

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「はあ、『魔聖対戦の放棄』ですか」
 赤いビスチェの上に黒いロングコートを羽織った美女が、呟く。
 僕は突如として現れたこのインパクトのある登場人物に驚き、言葉もなくその妖艶な姿を眺めていた。
 先ほど、僕が突き付けた契約書を読み終えたセルジュが、おもむろに手を掲げ、指を鳴らした。すると、壁から彼女が現れたのだ。
 どうやら壁の向こうでずっと待機していたらしい。
 彼女は僕の作った二枚綴りの契約書を片手に持ち、それに目を走らせている。やがて顔を上げると、襟に挟んでいた羽ペンを抜き取り契約書と共にセルジュへ手渡した。
「いいんじゃないですか。それこそ我々が望むところですし、『下魔の薬』もいただけるなら異存はないでしょう」
「即決だな。少しは考えたらどうだ」
「ズーガリアに我々の意思を伝える良い機会になることは確かです。ただ、ズーガリアは渋るでしょうね。旨味が少ない。正直言って難しいと思います」
「交渉は任せてください」
「教団を脅迫するおつもりですか? あまりおすすめしませんが」
 アリシアはちらりと僕を窺った。
「王宮内に協力者がいます。そちらの根回しも順調だと聞いています」
 セルジュは頭をガシガシ掻くと観念したようにドカリと腰を下ろす。契約書をペシリと床に置き、屈みこんで署名しはじめた。
「コイツは頑固なんだ。言ったって聞きやしねぇ」
「確かに、本来なら議会を開いて話し合わなければいけない案件ですけどね。その様子じゃ、負けたんでしょ。でしたら約束は守らねばなりません。勇者様には時間もないことでしょうし。ねえ?」
 訊ねられ、僕は慌てて頷く。じいっとこちらを見るアメジストの瞳にどぎまぎしながら挨拶をした。
「えっと、提案を受け入れていただき、ありがとうございます。僕は勇者……オリバーといいます。あの、失礼ですが貴女は?」
 彼女は豊満な胸の谷間に手を当て、下を向く。高い位置で結ばれた真っすぐな黒髪が、さらりと肩を滑った。
「先に勇者様に名乗らせてしまうとは。失礼をしました。私はアリシアと申します。魔国の宰相を務めております」
「国に関わることのほとんどはアリシアが決めている。こいつの決断は魔国の総意と言っていい」
「セルジュ様は魔王にあるまじき自由気ままな方ですので、私が帯を締めているのです」
 アリシアは腰に手を当て、ふんっと鼻息を吐いてふんぞり返る。僕は凛々しい女宰相に見惚れながらも、ふと、彼女の名前に聞き覚えがあることに気付いた。
 アリシアとは確か、セルジュの幼馴染、つまり、婚約者の名前ではないか?
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