上 下
83 / 136
最期のピース

しおりを挟む
 その日は早めに夕飯を済ませ、湯を浴びてベッドに入った。
 僕たちが宿泊しているのは村長の別宅で、普段は行商人の宿として使用しているらしい。そういうわけで、僕たち勇者一行にはそれぞれ個室が宛がわれていた。
 僕はカーテンを開けて、窓越しに夜空を見上げていた。満月を明日に控えた月には生憎と雲がかかり、時々隙間から明るい光を放っている。水を張った水面に黒いインクを溶かしたような雲が、不穏に形を変えながら空を走っていた。
 僕は、魔聖対戦の舞台裏について改めて考える。得た情報を繋ぎ合わせ、絡み合った糸を解くように思考を巡らせ、ついに、自分なりの真実にたどり着いた。
 僕はぶるりと身体を震わせる。
 ちっぽけなこの僕に、長きに渡り続いてきた理を、果たして打ち破ることができるのだろうか。人付き合いが苦手でお世辞の一つも言えない不器用な人間が、国を相手に交渉するなんて無謀にもほどがある。
 老いてなお狡猾な教皇と、彼が築いてきた強固な組織を崩すことなど可能なのだろうか。
 国王がどんな決断を下すかも不安要素の一つだ。
 魔聖対戦は教団によって取り仕切られ、王宮はその詳しい内情を知らされていない。政治的に利用することを引き換えに干渉しないという暗黙の了解がある。
 しかし、国としての決定権を持つのは最高権力者である国王だ。
 つまり、唯一の同志であるラフラ王女の健闘を頼るしか術がないのである。

 僕は頭の上で両手を組み、大きく息を吐く。
 だとしても、やるしかない。
 僕は最大のスキャンダルを握っている。
 それが、ズーガリアの将来をも脅かすものであることは確実なのだ。

 僕は鞄を探り、目当てのものを一式取り出す。備え付けの机に腰掛け、最後の仕上げに取り掛かった。お世辞にも綺麗とは言えない文字が連なる紙に、ゆっくりと丁寧に文章を書き加えていく。完成したものを何度も読み返し、インクが乾くのを待って小さく折り畳んだ。

 作業を終えた僕は、ベッドに入る。毛布を引き上げ、セルジュのことを考えた。

 セルジュは今頃どうしているだろうか。
 明日の戦闘に備えて、もう寝てしまったのだろうか。
 いや、宵っ張りな彼のことだから、今頃は夜空を散策しているかもしれない。
 そうだ。月がまんまるに近いほどセルジュの魔力は増幅する。月光浴をすることでそれが定着するのだと話していたから、きっと飛んでいるに違いない。

 月光を嬉々として浴びながら、悠々と黒い翼をはためかせる姿を想像して、僕は微笑む。
 そして、そっと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?

秋野 木星
ファンタジー
隣国の貴族学院へ使命を帯びて留学することになったトティ。入国しようとした船上で拾い物をする。それがトティの人生を大きく変えていく。 ※「飯屋の娘は魔法を使いたくない?」のよもやま話のリクエストをよくいただくので、主人公や年代を変えスピンオフの話を書くことにしました。 ※ この作品は、小説家になろうからの転記掲載です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

処理中です...