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僕の望む“終わり”
④
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「負ければ君はすべてを失う。わかっているんだろうな」
「はい」
「……君のその類まれなる冷静さは、戦闘においては有利に働くだろう。しかし、接する人間を不安にさせる。現に、君の勇者としての資質を疑問視する声もいくつか上がっていたと聞く。魔国まで神父を同行させるのも異例なことだ」
しっかり演技していたつもりだったのに、どうやら隠しきれていなかったらしい。
困ったなとは思ったが、さほど焦りはしなかった。
直前で勇者失格となれば、様々な方面に支障が出るだろうし多くの人の面子が潰れる。なにより、勇者のスペアなどいないのだから妥協するしかないのだ。
監視をつけるというならそうすればいい。
僕は後ろを振り返り、極秘だろう情報を与えてくれた人の好い男に礼を言う。
「ご忠告感謝します」
聖騎士団長は苦々しい表情を浮かべると、僕の肩から手を外した。
彼も魔聖対戦に同行するひとりだ。
聖騎士は教団の所属だが、元から聖職者だった者はほとんどおらず、外部からの志願者で占められている。教団内に留まることなく外部から通っている者がほとんどだ。
教団内の腐敗に浸りきることを免れているせいか常識人が多く、健全に神を敬っているように見える。
騎士団長である彼も、教団幹部や王宮に従いながらも、どこか一線を引いて接していると感じていた。
彼は顔を背けながら、音量を控えめにした声で言う。
「幼い内に家族と引き離され、見たこともない化け物と戦うことを課せられた君を気の毒に思う。運命を受け入れるまでは時間を要したことだろう。感情を押し殺すようになった経緯も理解できる。……だが、君は勇者だ。魔王に勝利し帰還してもその事実は変わらない。君は勇者として生きることを義務付けられ、生を終えるまで監視される。もう元の生活には戻れない。覚悟を決めるしかない」
「そうでしょうね」
「……君はいつも他人事のように言う」
彼はまだ何か言いたげにしていたが、ついには諦め、その場を去った。
聖騎士団長の逞しい背中を見送りながら、僕は、面倒だなと思う。
きっと彼は、まともな思考を持つ誠実な人間なのだろう。
これまで僕の周りには、私利私欲に目がくらんでいるか極度の抑制によりねじ曲がっているか、そのどちらかの人間しか存在しなかった。
だから、勇者に足らない自分であっても、罪悪感を持つことなく生きてこられたのだ。僕にとっては誰も彼もがどうでもいい存在だった。
投げられた言葉をすべて受け流し、申し訳程度の感情を表面に貼り付けておけばよかったのだ。
つまり、僕はまっとうな同情に対応する方法を知らないのである。
聖騎士団長は僕に本音を語ってほしいと望んでいるのだろう。
しかし、僕はセルジュ以外の何者にも心を開くつもりがない。
彼には悪いが、今まで通りに接するしかないな、と思った。
「はい」
「……君のその類まれなる冷静さは、戦闘においては有利に働くだろう。しかし、接する人間を不安にさせる。現に、君の勇者としての資質を疑問視する声もいくつか上がっていたと聞く。魔国まで神父を同行させるのも異例なことだ」
しっかり演技していたつもりだったのに、どうやら隠しきれていなかったらしい。
困ったなとは思ったが、さほど焦りはしなかった。
直前で勇者失格となれば、様々な方面に支障が出るだろうし多くの人の面子が潰れる。なにより、勇者のスペアなどいないのだから妥協するしかないのだ。
監視をつけるというならそうすればいい。
僕は後ろを振り返り、極秘だろう情報を与えてくれた人の好い男に礼を言う。
「ご忠告感謝します」
聖騎士団長は苦々しい表情を浮かべると、僕の肩から手を外した。
彼も魔聖対戦に同行するひとりだ。
聖騎士は教団の所属だが、元から聖職者だった者はほとんどおらず、外部からの志願者で占められている。教団内に留まることなく外部から通っている者がほとんどだ。
教団内の腐敗に浸りきることを免れているせいか常識人が多く、健全に神を敬っているように見える。
騎士団長である彼も、教団幹部や王宮に従いながらも、どこか一線を引いて接していると感じていた。
彼は顔を背けながら、音量を控えめにした声で言う。
「幼い内に家族と引き離され、見たこともない化け物と戦うことを課せられた君を気の毒に思う。運命を受け入れるまでは時間を要したことだろう。感情を押し殺すようになった経緯も理解できる。……だが、君は勇者だ。魔王に勝利し帰還してもその事実は変わらない。君は勇者として生きることを義務付けられ、生を終えるまで監視される。もう元の生活には戻れない。覚悟を決めるしかない」
「そうでしょうね」
「……君はいつも他人事のように言う」
彼はまだ何か言いたげにしていたが、ついには諦め、その場を去った。
聖騎士団長の逞しい背中を見送りながら、僕は、面倒だなと思う。
きっと彼は、まともな思考を持つ誠実な人間なのだろう。
これまで僕の周りには、私利私欲に目がくらんでいるか極度の抑制によりねじ曲がっているか、そのどちらかの人間しか存在しなかった。
だから、勇者に足らない自分であっても、罪悪感を持つことなく生きてこられたのだ。僕にとっては誰も彼もがどうでもいい存在だった。
投げられた言葉をすべて受け流し、申し訳程度の感情を表面に貼り付けておけばよかったのだ。
つまり、僕はまっとうな同情に対応する方法を知らないのである。
聖騎士団長は僕に本音を語ってほしいと望んでいるのだろう。
しかし、僕はセルジュ以外の何者にも心を開くつもりがない。
彼には悪いが、今まで通りに接するしかないな、と思った。
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