この世界が終わるまで 勇者の僕は恋をする

すなぎ もりこ

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勇者

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 子供たちはひとり残らず泣き声を上げ、赤い血が滲む指を高く上げて親に縋りつく。
 慰める優しい声を聞きながら、僕はといえば、村長さんの迎えより先に歩き出した。
 僕のお母さんはその中にはいなかったし、逃げられないのならさっさと済ましてしまった方がいいと思ったんだ。
 大人しく従う僕を見て大司教様は落ち窪んだ目を少し細めた。隣に立つ村長さんになにかを耳打ちされ、僕にまっすぐと視線を定めた。
 僕を取り巻く空気が急に色を変え、じわじわと肌を包んだような気がした。
 僕は恐怖を押し込めて、垂れた瞼の下にあるその青い瞳を見返した。
 頭に浮かぶのは昨年死んだおじいちゃんの言葉。
 『恐ろしいものに遭遇した時は気を抜いては駄目だ。恐怖は心の隙間を縫って内側に巣食うもの。だから、強固な壁で囲め。己を鋼だと思い込むんだ』
 おじいちゃんは名うての猟師だった。人食い熊の眉間に弾を打ち込んで一発で仕留めた猟銃の名手。早くに亡くなったお父さんの代わりに僕を後継にするつもりで、狩猟のコツを教えてくれていた。
 厳しいけれど、唯一僕をまともに見てくれた大人だった。
 『心を落ち着けて、相手の呼吸を捉えろ。目をじっと見て心の色を読め。そうして打つ手を考えるんだ』
 けれど、大司教様の瞳の色は複雑すぎた。
 何を考えているのか僕には難しすぎてちっともわからなかった。
 僕は観念し、手を伸ばした。
 そうして人差し指が尖った針に触れる瞬間をじっと見ていた。
 やがてくる痛みに身構えながらも、それほどでもないんだろうな、なんて考えていた。
 
 そして、僕の指からは一滴の血も流れず。
 僕に触れた水晶の方が砕け散った。
 
 光を反射しながらキラキラ舞い上がる欠片の向こうで、大司教様が笑っていた。
 瞳に浮かぶのは、そら恐ろしい歓喜の色だった。
 
 その日から、僕は“勇者”という名前になった。
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