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見鬼登場
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「悪かった。俺がもっと気を配るべきだった」
モカが急に巫女を辞めると宣言し、神社を去ってしまった。
浅緋は項垂れる従兄弟の背中にそっと手を添えた。
「本当よっ!緋ぃちゃんたら、やっぱり口先だけだったじゃないのっ」
伯母が腰に手を当てて睨んでいる。
「蒼士がモカちゃんと心が通じあってるって言うから」
「おバカさん!!どれだけ太い縁で結ばれてようが、相手を思いやる事が出来なければ……」
伯母は、先程氏子さんから貰ったというキュウリをビニール袋から取り出して両手に持つと、フンっと鼻息を吐いて、ボッキリと真っ二つに折った。
浅緋と蒼士は伯母の暴挙にビクリと身体を震わせる。
「簡単に解けるのよ!覚えときなさい!」
「……まだ、解けてない!!」
「だと良いわねぇぇぇ。とにかく、しっかり反省なさい!女の子を泣かせるなんて伯母さん許しません。これは宮司に報告してきっちり叱ってもらうから。それ迄はモカちゃんに近付くことを禁止します」
「そんな!!」
蒼士が悲痛な声を上げて伯母に詰め寄るところを、浅緋が腕を引いて宥める。
「これは叩きにするわ。夕飯は食べていきなさいね」
伯母は割れたキュウリを掲げると、二人に背中を向けて廊下を遠ざかっていった。
「モカ……嘘だろ。やっと再会して、もう離れねぇと思ってたのに。だって、俺達は運命の太い縁で結ばれてんだぞ、ずっと前から」
蒼士は放心したように呟く。
「縁の力は万能じゃ無いってことだな。……でも、大丈夫だと思う。モカちゃんはちゃんと蒼士の事が好きだよ。だったら何とかなるさ」
「自信無くなってきたんだけど、めっちゃわかりやすかったと思うんだけど俺の態度なんてさ。何で俺の本気が伝わってねぇんだろ。他の女なんて絶対好きになんねぇのに」
浅緋は蒼士の肩を抱き、勇気づける。
「そこはちゃんと言葉で伝えなきゃ。好きだとか君だけだとか」
「お前みたいなスケコマシの真似なんかできねぇ」
「お前ねぇ、俺の事誤解してるよ。確かに一時は誘われるまま節操のない生活をしていた自覚はあるけど…俺自身はたいしたテクニックなんか持ってないから」
「じゃあ、アドバイスなんかすんなよ、腹立つ」
浅緋はムスッとする蒼士の横顔を眺めつつ、微笑んだ。
「蒼士よ、縁は結ぶものだぞ。解れそうになったらもう1回結び直せば良い」
「だからなんなんだよお前、偉そうだな」
「みっともなくたって、恥ずかしくたって、なりふり構わず伝えろよ。言葉には言霊が宿る。俺達が唱える祝詞だってそうだ。心から伝えた言葉に力が宿って縁を結んでくれる。まあ、俺もつい最近気付いたというか、気付かされたんだけど」
蒼士が浅緋に顔を向け、怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたんだお前?もしかして本気で好きなやつでも出来たのか?」
「……まあね、ずっと黙ってたけど、打ち明けるよ。蒼士にも協力して欲しいし」
蒼士は呆けた表情で頷いた。
*****
「見鬼?」
浅緋と蒼士は声を揃えて聞き返した。
どっしりとした座卓の向こうで、田出呂神社の宮司である伯父が腕を組んで目を閉じている。
長きに渡る入院生活で少々頬の肉が削ぎ落ちたせいか、精悍さが増したように見える顔を、若き甥っ子二人は凝視した。
「うん。広瀬家の本家から枝分かれした先に、そういった能力を持つ者がいるらしい。所謂、妖怪や妖精の類が見えるそうだ」
「いったい何なんだ俺達の一族って。得体が知れねぇ」
蒼士が頭を搔いて呟く。
伯父は目を開けて浅緋に視線を向けた。
「本家から連絡を取ってもらったが、当主は遠方にお住いの上に高齢との事で、こちらまで出向いて貰うのは申し訳なくてなぁ」
「じゃあ、俺と上茶谷さんでうかがうよ」
「いや、祓うにはこの神社を場に選んだ方が何かと有利なのだそうだ。それでな、秘蔵っ子を寄越して貰うことにした。何でも隣の市に住んどるそうで、ここにも知らずに何度か足を運んだ事があるらしい」
浅緋と蒼士は顔を見合せた。
「お前らと歳も近いぞ。当主の孫娘で……」
「広瀬ハンナです」
「妖怪ハンターはんにゃんの婚約者の此原です」
「やだぁ、此原さんってば」
顔を緩ませて、隣のシュッとしたイケメンの胸を叩くちまっとした女性。
えへへと笑うイケメン。
田出呂神社の一同と上茶谷は、緊張感皆無でイチャつくカップルを唖然と見つめていた。
「本当にこの人が祓ってくれんのかよ。テンションおかしいぞ」
蒼士がコソッと呟く。
浅緋も期待していた分、どっと不安が押し寄せた。
「妖怪ハンターはんにゃんですって、広瀬さん」
しかし、何故か興奮した様子の上茶谷が、目を輝かせて浅緋の袖を引っ張る。
相変わらず呑気というか、動じないというか。
「いや、よく来てくれたね。まあ、上がってください。事情を説明しよう」
伯父が社務所へと誘うが、妖怪ハンターはんにゃんは、首を振る。
「だいたい見えたので大丈夫です。社務所は結界が弱まるので良く見えなくなっちゃうし」
その返答に皆は動きを止めてハンナを凝視した。
「出来るなら本殿に近い方が良いんです。但し、中まで入るのはそれが妨害するだろうから、この辺がちょうど良い。天狗様も居るし」
「天狗?!どこにいるのハンナ!」
此原が辺りを見回しながら訊ねると、ハンナはすっと拝殿の屋根を指さした。
「烏天狗が七匹。本殿の奥にいらっしゃるのが彼らを使役する頭です。この神社の御祭神様ですね」
「……その通りだ。田出呂神社の御祭神は一期太郎坊という天狗様なんだ!」
皆は、驚愕する宮司に視線を向け、その後、得意げに顎をあげる妖怪ハンターに注目した。
「凄いなハンナ!」
「いやいや、たいしたことじゃありません」
「アルコール無しでも見えるんだね!」
感激してハンナを抱き寄せる此原に、ハンナは二ヘラと笑って見せる。
「ここは波長が合うんですよ。だから、彼女に憑いてる物も見えます」
ハンナは上茶谷に視線を止めて、じっと見つめる。
緊張して背筋を伸ばす上茶谷に、浅緋はそっと寄り添って手を握った。
「彼女にはいったい何が憑いているんだね?」
宮司の問いに、ハンナは視線を動かさぬまま答えた。
「夢魔です」
皆は顔を見合せた。
悪霊や悪縁と向き合ったことはあっても妖怪とは接点の無かった面々は、初めて聞く名に戸惑う。
一人、上茶谷だけは興奮冷めやらぬという体で小さく身体を揺らしている。
「外国ではサキュバスとも呼ばれているようですが、彼女に取り憑いているのは和製版。女性の身体を借りて男性を誘惑し、眠らせて精を食う妖怪です」
ハンナが目を眇めつつ淡々と語るその内容は、まさに寸分違わず上茶谷の身に起こった現象と一致する。
浅緋は上茶谷の手をギュッと握った。
全身からジワっと汗が吹き出す。
「そ、それで、どうやったら祓えるんですか?」
浅緋は縋るように訊ねる。
ハンナは視線を上に向けて、うーんと唸った。
「あの、私の力じゃ難しいです」
「そんな!!」
「此原さんはああ言いましたけど、私たち見鬼の能力者にはたいした力は無いんです。人ならざる者が見えて、稀に会話が出来るだけで」
浅緋は目の前が真っ暗になる心地がした。
ここまで来て祓えないなんて。
それじゃあ上茶谷さんと一生エッチできな……
「浅緋さん、しっかり!」
あからさまにガッカリした浅緋を、隣から当事者である上茶谷が励ます。
浅緋は気を取り直して、顔を上げた。
「何か方法は無いんでしょうか」
ハンナは口角を上げてニンマリと微笑んだ。
「ええ。ですから、天狗様のお力をお借りしましょう!」
モカが急に巫女を辞めると宣言し、神社を去ってしまった。
浅緋は項垂れる従兄弟の背中にそっと手を添えた。
「本当よっ!緋ぃちゃんたら、やっぱり口先だけだったじゃないのっ」
伯母が腰に手を当てて睨んでいる。
「蒼士がモカちゃんと心が通じあってるって言うから」
「おバカさん!!どれだけ太い縁で結ばれてようが、相手を思いやる事が出来なければ……」
伯母は、先程氏子さんから貰ったというキュウリをビニール袋から取り出して両手に持つと、フンっと鼻息を吐いて、ボッキリと真っ二つに折った。
浅緋と蒼士は伯母の暴挙にビクリと身体を震わせる。
「簡単に解けるのよ!覚えときなさい!」
「……まだ、解けてない!!」
「だと良いわねぇぇぇ。とにかく、しっかり反省なさい!女の子を泣かせるなんて伯母さん許しません。これは宮司に報告してきっちり叱ってもらうから。それ迄はモカちゃんに近付くことを禁止します」
「そんな!!」
蒼士が悲痛な声を上げて伯母に詰め寄るところを、浅緋が腕を引いて宥める。
「これは叩きにするわ。夕飯は食べていきなさいね」
伯母は割れたキュウリを掲げると、二人に背中を向けて廊下を遠ざかっていった。
「モカ……嘘だろ。やっと再会して、もう離れねぇと思ってたのに。だって、俺達は運命の太い縁で結ばれてんだぞ、ずっと前から」
蒼士は放心したように呟く。
「縁の力は万能じゃ無いってことだな。……でも、大丈夫だと思う。モカちゃんはちゃんと蒼士の事が好きだよ。だったら何とかなるさ」
「自信無くなってきたんだけど、めっちゃわかりやすかったと思うんだけど俺の態度なんてさ。何で俺の本気が伝わってねぇんだろ。他の女なんて絶対好きになんねぇのに」
浅緋は蒼士の肩を抱き、勇気づける。
「そこはちゃんと言葉で伝えなきゃ。好きだとか君だけだとか」
「お前みたいなスケコマシの真似なんかできねぇ」
「お前ねぇ、俺の事誤解してるよ。確かに一時は誘われるまま節操のない生活をしていた自覚はあるけど…俺自身はたいしたテクニックなんか持ってないから」
「じゃあ、アドバイスなんかすんなよ、腹立つ」
浅緋はムスッとする蒼士の横顔を眺めつつ、微笑んだ。
「蒼士よ、縁は結ぶものだぞ。解れそうになったらもう1回結び直せば良い」
「だからなんなんだよお前、偉そうだな」
「みっともなくたって、恥ずかしくたって、なりふり構わず伝えろよ。言葉には言霊が宿る。俺達が唱える祝詞だってそうだ。心から伝えた言葉に力が宿って縁を結んでくれる。まあ、俺もつい最近気付いたというか、気付かされたんだけど」
蒼士が浅緋に顔を向け、怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたんだお前?もしかして本気で好きなやつでも出来たのか?」
「……まあね、ずっと黙ってたけど、打ち明けるよ。蒼士にも協力して欲しいし」
蒼士は呆けた表情で頷いた。
*****
「見鬼?」
浅緋と蒼士は声を揃えて聞き返した。
どっしりとした座卓の向こうで、田出呂神社の宮司である伯父が腕を組んで目を閉じている。
長きに渡る入院生活で少々頬の肉が削ぎ落ちたせいか、精悍さが増したように見える顔を、若き甥っ子二人は凝視した。
「うん。広瀬家の本家から枝分かれした先に、そういった能力を持つ者がいるらしい。所謂、妖怪や妖精の類が見えるそうだ」
「いったい何なんだ俺達の一族って。得体が知れねぇ」
蒼士が頭を搔いて呟く。
伯父は目を開けて浅緋に視線を向けた。
「本家から連絡を取ってもらったが、当主は遠方にお住いの上に高齢との事で、こちらまで出向いて貰うのは申し訳なくてなぁ」
「じゃあ、俺と上茶谷さんでうかがうよ」
「いや、祓うにはこの神社を場に選んだ方が何かと有利なのだそうだ。それでな、秘蔵っ子を寄越して貰うことにした。何でも隣の市に住んどるそうで、ここにも知らずに何度か足を運んだ事があるらしい」
浅緋と蒼士は顔を見合せた。
「お前らと歳も近いぞ。当主の孫娘で……」
「広瀬ハンナです」
「妖怪ハンターはんにゃんの婚約者の此原です」
「やだぁ、此原さんってば」
顔を緩ませて、隣のシュッとしたイケメンの胸を叩くちまっとした女性。
えへへと笑うイケメン。
田出呂神社の一同と上茶谷は、緊張感皆無でイチャつくカップルを唖然と見つめていた。
「本当にこの人が祓ってくれんのかよ。テンションおかしいぞ」
蒼士がコソッと呟く。
浅緋も期待していた分、どっと不安が押し寄せた。
「妖怪ハンターはんにゃんですって、広瀬さん」
しかし、何故か興奮した様子の上茶谷が、目を輝かせて浅緋の袖を引っ張る。
相変わらず呑気というか、動じないというか。
「いや、よく来てくれたね。まあ、上がってください。事情を説明しよう」
伯父が社務所へと誘うが、妖怪ハンターはんにゃんは、首を振る。
「だいたい見えたので大丈夫です。社務所は結界が弱まるので良く見えなくなっちゃうし」
その返答に皆は動きを止めてハンナを凝視した。
「出来るなら本殿に近い方が良いんです。但し、中まで入るのはそれが妨害するだろうから、この辺がちょうど良い。天狗様も居るし」
「天狗?!どこにいるのハンナ!」
此原が辺りを見回しながら訊ねると、ハンナはすっと拝殿の屋根を指さした。
「烏天狗が七匹。本殿の奥にいらっしゃるのが彼らを使役する頭です。この神社の御祭神様ですね」
「……その通りだ。田出呂神社の御祭神は一期太郎坊という天狗様なんだ!」
皆は、驚愕する宮司に視線を向け、その後、得意げに顎をあげる妖怪ハンターに注目した。
「凄いなハンナ!」
「いやいや、たいしたことじゃありません」
「アルコール無しでも見えるんだね!」
感激してハンナを抱き寄せる此原に、ハンナは二ヘラと笑って見せる。
「ここは波長が合うんですよ。だから、彼女に憑いてる物も見えます」
ハンナは上茶谷に視線を止めて、じっと見つめる。
緊張して背筋を伸ばす上茶谷に、浅緋はそっと寄り添って手を握った。
「彼女にはいったい何が憑いているんだね?」
宮司の問いに、ハンナは視線を動かさぬまま答えた。
「夢魔です」
皆は顔を見合せた。
悪霊や悪縁と向き合ったことはあっても妖怪とは接点の無かった面々は、初めて聞く名に戸惑う。
一人、上茶谷だけは興奮冷めやらぬという体で小さく身体を揺らしている。
「外国ではサキュバスとも呼ばれているようですが、彼女に取り憑いているのは和製版。女性の身体を借りて男性を誘惑し、眠らせて精を食う妖怪です」
ハンナが目を眇めつつ淡々と語るその内容は、まさに寸分違わず上茶谷の身に起こった現象と一致する。
浅緋は上茶谷の手をギュッと握った。
全身からジワっと汗が吹き出す。
「そ、それで、どうやったら祓えるんですか?」
浅緋は縋るように訊ねる。
ハンナは視線を上に向けて、うーんと唸った。
「あの、私の力じゃ難しいです」
「そんな!!」
「此原さんはああ言いましたけど、私たち見鬼の能力者にはたいした力は無いんです。人ならざる者が見えて、稀に会話が出来るだけで」
浅緋は目の前が真っ暗になる心地がした。
ここまで来て祓えないなんて。
それじゃあ上茶谷さんと一生エッチできな……
「浅緋さん、しっかり!」
あからさまにガッカリした浅緋を、隣から当事者である上茶谷が励ます。
浅緋は気を取り直して、顔を上げた。
「何か方法は無いんでしょうか」
ハンナは口角を上げてニンマリと微笑んだ。
「ええ。ですから、天狗様のお力をお借りしましょう!」
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