51 / 51
最終話
しおりを挟む
グリンバルドは腕の中でくったりとする華奢な身体を抱きしめた。汗に塗れた髪をかき分け、愛らしい額に口付ける。
「無理をさせてしまいましたね。お許しください」
長いまつげに覆われた瞼がゆっくりと上がり、とろんと溶けたシアンの宝石が現れた。細い指がグリンバルドの閉じた左目を撫でる。
「謝らなくていい。すごく気持ちよかったぞ」
「けれど、立て続けに三回も付き合わせてしまいました」
「グリンバルドがこんなに精力旺盛だとは。意外だったな」
「お恥ずかしい。スノウ様を前にしては理性が吹き飛び獣のようになってしまうのです」
スノウはふふ、と嬉しげに笑い、グリンバルドの胸にすり寄った。グリンバルドは再びこみ上げてきそうになる欲を抑え込む。少し腰を離し、滑らかな背中を撫でた。黒髪に鼻を埋めて愛しい人の匂いを吸い込む。
「こら、そんなに嗅ぐな。ひどく汗をかいたから汗臭いだろう?」
「スノウ様は汗の匂いさえ香しいのです」
スノウは顔を上げて眉を寄せた。
「そんなわけがあるか。お前の鼻はおかしいぞ。……そういえば、ローズオイルがもう残り少ないんだ」
「お作りしたいのですが、庭の薔薇は秋咲きのものが少なくて量が足りないのです」
グリンバルドは少し考えた後に呟く。
「ドワーフ家の薔薇園はまだ残っておりましたね。様々な品種が植えられていたようですから、咲いているものがあるかもしれません」
「ああ、屋敷の跡は更地になってしまったのだったな。猟奇的な姉妹だったが、火事に巻き込まれて命を落とすとは……惨いことだ」
「ええ、ひとり残らずお亡くなりになったというのだから、ドワーフ公爵の悲しみは計り知れません。王都のお屋敷も引き払って辺境に移られたとお聞きしております」
数か月前、深夜にドワーフ家の別荘から火の手が上がった。
通いの使用人がほとんどであったために消火の手が足りず、瞬く間に焼け落ちたのだという。
焼け跡からは七人姉妹の遺体が見つかった。
「蜜蝋小屋に燃え移って火の勢いが増したようですね」
スノウが見たという人形も跡形もなく消え去ってしまったことになる。
スノウは首を傾げた。
「なぜ薔薇園だけを残したんだろう。あそこの薔薇は素晴らしかったけれど、あんな森深くにあっては誰にも見られることがないのに……」
「確かに見事でしたね」
「そういえば、生前彼女らが言っていた。自分たちが土を耕して特別な肥料を埋めたのだと。貴族の令嬢なのになかなか逞しいと思わないか。その肥料をぜひ譲ってほしいとお願いしてみたんだが、もうなくなってしまったからと断られた。いったいどんな肥やしを埋めたんだろう」
大きな瞳を瞬くスノウの頬に口付け、グリンバルドは囁く。
「薔薇は手を掛けてやらねば美しさを保てぬ気難しい花。どんなに良い元肥を与えようと、放って置かれればいずれ醜く変容するのです。更に美味い餌を求め茨となり鋭い棘で人を刺す。さながら血を求める吸血鬼のようにね……さあ、もう彼女たちの話はしないでください。過去のことだとはいえ、貴方の身体のあちこちに触れた人間がいたと思うと腹が立つ」
「馬鹿なことを言う」
くすくすと笑う可愛らしい顔のいたるところに口付ければ、スノウはくすぐったそうに身体を捩った。
「私はスノウ様に関わることだけには馬鹿になるのです。恋する男とはそういうものです」
「僕だって相当なやきもち焼きだぞ。夜会で魅力的なご婦人に誘惑されても絶対靡いては駄目だからな。グリンバルドは僕のものなのだから。一生側にいて愛してくれなくては、僕は枯れてしまう」
スノウは細い腕をグリンバルドの首にかけ、口付けをねだる。
「嬉しいことをおっしゃる。嫌だと言っても離れませんよ。一生側にいて愛を注ぎ、あらゆることから守ってみせる。貴方を美しく咲かせ続けることが私の悦びなのだから」
グリンバルドは柔らかな桃色の唇を塞いだ。甘い香気を味わいながらうっとりと漆黒の片目を細める。
邪魔者がすべていなくなり、ついに至宝の果実を手にした男は改めて心に誓う。
決して離しはしない。
逃げようと考える隙も無く愛と快楽を与え、羽をむしり取ればいい。
宝を傷つけ奪おうとする者は完膚なきまでに叩き潰し、容赦なく闇に葬る。
これは自分の為だけに咲く薔薇、実る果実なのだから。
魔性を秘めた男は笑う。
彼の心の鏡に映るのは、ただひとり
永遠に囚われた姫
可憐で無垢で、世界一美しい
彼だけの白雪姫
『スノウ・ホワイトは家出中』~完~
「無理をさせてしまいましたね。お許しください」
長いまつげに覆われた瞼がゆっくりと上がり、とろんと溶けたシアンの宝石が現れた。細い指がグリンバルドの閉じた左目を撫でる。
「謝らなくていい。すごく気持ちよかったぞ」
「けれど、立て続けに三回も付き合わせてしまいました」
「グリンバルドがこんなに精力旺盛だとは。意外だったな」
「お恥ずかしい。スノウ様を前にしては理性が吹き飛び獣のようになってしまうのです」
スノウはふふ、と嬉しげに笑い、グリンバルドの胸にすり寄った。グリンバルドは再びこみ上げてきそうになる欲を抑え込む。少し腰を離し、滑らかな背中を撫でた。黒髪に鼻を埋めて愛しい人の匂いを吸い込む。
「こら、そんなに嗅ぐな。ひどく汗をかいたから汗臭いだろう?」
「スノウ様は汗の匂いさえ香しいのです」
スノウは顔を上げて眉を寄せた。
「そんなわけがあるか。お前の鼻はおかしいぞ。……そういえば、ローズオイルがもう残り少ないんだ」
「お作りしたいのですが、庭の薔薇は秋咲きのものが少なくて量が足りないのです」
グリンバルドは少し考えた後に呟く。
「ドワーフ家の薔薇園はまだ残っておりましたね。様々な品種が植えられていたようですから、咲いているものがあるかもしれません」
「ああ、屋敷の跡は更地になってしまったのだったな。猟奇的な姉妹だったが、火事に巻き込まれて命を落とすとは……惨いことだ」
「ええ、ひとり残らずお亡くなりになったというのだから、ドワーフ公爵の悲しみは計り知れません。王都のお屋敷も引き払って辺境に移られたとお聞きしております」
数か月前、深夜にドワーフ家の別荘から火の手が上がった。
通いの使用人がほとんどであったために消火の手が足りず、瞬く間に焼け落ちたのだという。
焼け跡からは七人姉妹の遺体が見つかった。
「蜜蝋小屋に燃え移って火の勢いが増したようですね」
スノウが見たという人形も跡形もなく消え去ってしまったことになる。
スノウは首を傾げた。
「なぜ薔薇園だけを残したんだろう。あそこの薔薇は素晴らしかったけれど、あんな森深くにあっては誰にも見られることがないのに……」
「確かに見事でしたね」
「そういえば、生前彼女らが言っていた。自分たちが土を耕して特別な肥料を埋めたのだと。貴族の令嬢なのになかなか逞しいと思わないか。その肥料をぜひ譲ってほしいとお願いしてみたんだが、もうなくなってしまったからと断られた。いったいどんな肥やしを埋めたんだろう」
大きな瞳を瞬くスノウの頬に口付け、グリンバルドは囁く。
「薔薇は手を掛けてやらねば美しさを保てぬ気難しい花。どんなに良い元肥を与えようと、放って置かれればいずれ醜く変容するのです。更に美味い餌を求め茨となり鋭い棘で人を刺す。さながら血を求める吸血鬼のようにね……さあ、もう彼女たちの話はしないでください。過去のことだとはいえ、貴方の身体のあちこちに触れた人間がいたと思うと腹が立つ」
「馬鹿なことを言う」
くすくすと笑う可愛らしい顔のいたるところに口付ければ、スノウはくすぐったそうに身体を捩った。
「私はスノウ様に関わることだけには馬鹿になるのです。恋する男とはそういうものです」
「僕だって相当なやきもち焼きだぞ。夜会で魅力的なご婦人に誘惑されても絶対靡いては駄目だからな。グリンバルドは僕のものなのだから。一生側にいて愛してくれなくては、僕は枯れてしまう」
スノウは細い腕をグリンバルドの首にかけ、口付けをねだる。
「嬉しいことをおっしゃる。嫌だと言っても離れませんよ。一生側にいて愛を注ぎ、あらゆることから守ってみせる。貴方を美しく咲かせ続けることが私の悦びなのだから」
グリンバルドは柔らかな桃色の唇を塞いだ。甘い香気を味わいながらうっとりと漆黒の片目を細める。
邪魔者がすべていなくなり、ついに至宝の果実を手にした男は改めて心に誓う。
決して離しはしない。
逃げようと考える隙も無く愛と快楽を与え、羽をむしり取ればいい。
宝を傷つけ奪おうとする者は完膚なきまでに叩き潰し、容赦なく闇に葬る。
これは自分の為だけに咲く薔薇、実る果実なのだから。
魔性を秘めた男は笑う。
彼の心の鏡に映るのは、ただひとり
永遠に囚われた姫
可憐で無垢で、世界一美しい
彼だけの白雪姫
『スノウ・ホワイトは家出中』~完~
1
お気に入りに追加
68
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(38件)
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとう㊗御座います!
グリンバルド格上相手にもやるな!お見事!!(*´ω`*ノノ☆パチパチ
スノウが見たのが『何』か察しがつくし『肥料』が何かも察しが付くけど…幾ら七人いるとはいえ…本当に逞しいお嬢さん方だったな!(´⊙ω⊙`)
自分等で処理したんだよな?
これからは何も知らないスノウとお早うからお休みまで( ✧Д✧)カッ!!
ありがとうございました‼️
そう、逞しい娘さんたちでした。
1番上のお姉ちゃんが全部仕切っていた感じです。その才能を別の方で生かせたらねぇ……
この二人は妄想が捗るんですよね。
グリンバルドの封印されし欲望大放出で
サカってたいへんやろうなー
スノウのお尻が心配。
やりすぎ注意( ✧Д✧) カッ
毎日感想を送ってくれて嬉しかったです~️♡
楽しみにしてた!
グリンバルドの闇が✨✨✨☼(๑˟▵˟๑)マブシ~ ྀྀ
邪魔者は排除、欲しい者はゲット!
スノウ軟禁生活が目にみえるよう…
グリンバルド天晴( ✧Д✧)カッ!!
完結お疲れ様でした🌸🌸🌸
毎朝楽しかったです💗
ありがとうございます‼️
感想嬉しかったし楽しかったです~
新ジャンルに挑戦ということで読んでもらえるか不安な気持ちもあったのですが、日々の感想に励まされました。
執着変態
グリンバルド天晴れ( ✧Д✧) カッ!!
物騒なお嬢さん方を放置してた放置親とご対面…(*゚Д゚*)まともかな?
放置してたパパやからねぇ……
私はママが気になるんですが
(本編には登場しません。早くに亡くなった設定だけど……)