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「おそようございます」
「……厭味ったらしいな。悪かった。疲れていたんだ、許せ」
 スノウはベッドから起き上がると、大きく伸びをした。
「身体が痛い」
「そのような格好でお休みになるからです。湯あみをお手伝いしますか?」
 ぎょっとして見返せば、グリンバルドはいつものごとく、完璧な装いに穏やかな表情をたたえて立っている。腕には着替えと思われる衣服を抱えていた。
「ひとりでできる。僕を幾つだと思っている」
「そういえば、スノウ様の湯あみだけはお手伝いをしたことがありません」
「当たり前だろう」
 あの頃のスノウはまごうことなき乙女だったのだ。男子に、しかも心を寄せている存在に裸を見られるなど、羞恥で死ねるほどの事だったのである。
 その心持は今でもさほど変わらない。
 王子の様に高潔だと思っていたグリンバルドの、獣めいた一面を覗いた日から、スノウにとってのグリンバルドは性的興奮を得る相手へと変化した。グリンバルドの仕草や声、香りにいちいち反応してしまう。そんな過敏な自分に、スノウはずっと悩まされてきたのだ。
 グリンバルドに肌を見せるなどとんでもない。過剰に意識し、挙動不審になってしまう自分が目に見える。きっと、邪な欲望を抱えていることを気付かれてしまうだろう。
「もうよろしいのではないでしょうか」
「何がもういいんだ。大人というものは湯あみくらいひとりでできるものだろう」
「背中をお流ししたりもできますし」
「幸いにも僕は身体が柔らかい。背中にも手が届く」
「でも、あのご令嬢たちにはお任せしていたんでしょう? ジャックから聞きました。湯船に薔薇の花びらを浮かべて混浴していたとか……」
 スノウはベッドから下り、皺の寄ったシャツの首元を緩めながら否定する。
「確かにそのようなことは口にしたが、実際はやっていない。紳士たるものがみだりに肌を見せてたまるか」
 グリンバルドは胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。
「そうでしたか。戯言で良かった。聞いたときは悔しくて眠れませんでした」
「大げさだろう」
 グリンバルドの思わせぶりな言葉に心を乱されながらも、スノウは動揺を悟られぬように顔を背けた。誤魔化すようにシャツのボタンを二つだけ外し、視線を外したまま、グリンバルドの腕の中にある着替えに手を伸ばす。
 しかし、その手首を掴まれた。
 驚いて視線を向ければ、妖艶な笑みが目に飛び込んでくる。片方だけ覗く黒い瞳には、あるはずのない感情が浮かんでいた。
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