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「純朴で性欲などとは無縁そうに見えた貴方が、これを見てどう感じるのだろうと思いました。馬鹿な勘違いをして舞い上がっていた自分が悔しく、何も知らない貴方を初めて憎らしく思いました。貴方を……穢したいと思ったのです」
「それは……見事思惑通りになったと言えるだろうな」
グリンバルドは俯く、カーテンを掴む手に力を込められ、真鍮の金具が音を立てた。
「貴方は女装をすることを止め、私をあからさまに避けるようになりましたね。私は深く反省し、落ち込みました」
「そんな風には見えなかったが。お前はとても冷静だった」
「平気なふりは得意ですので。……まあ、そういうわけで、それからはやけくそでした」
やけくそで父上の尻に張形を突っ込んでいたのか。
スノウは父が少し不憫に思えた。
「そうこうしているうちに、奥様からもお誘いを受けまして」
逞しく妖艶に成長していくグリンバルドを母が色を含んだ目で追う。その様子を何度も目にした。堪らなく不快に感じていたが、どうすることもできずにいた。
誰をも虜にしていくグリンバルドが憎く、欲望に忠実になれる両親を汚らわしいと感じる。しかし、一方では妬ましく思う。
ぐちゃぐちゃに掻き乱される心に翻弄されながら、スノウはその頃、荒れた日々を送っていた。
「部屋に呼ばれて、相手をしなさいと命じられました。主人とのことは知っている。このまま見て見ぬふりをしてあげるから、奉仕しろと。私には拒否する権利はありませんでした。しかし、私の下半身では満足していただけないことがわかっていた。だから、旦那様からお借りしたあれを提示し、ご説明したのです」
「それで母上は逆上したのか」
てっきりグリンバルドが父に操を立てたのかと思っていた。それで母が激怒したのだと。まさか、張形が引き金だったとは。いや、それでも十分、母のプライドは傷ついたのだろう。
父は男にしか欲情しない性質で、世継ぎを作る義務を果たすためだけに母を娶った。女としての悦びを与えられず、愛されもせず、それでも母は長く耐えていたのだと思う。
心の拠り所は、愛らしく生まれた一人息子のみ。
スノウに女装をさせていたのは父を警戒しての事だったに違いない。書斎に行くなと言ったのもそうだ。男色である父の毒牙にかからぬよう、母なりにスノウを守っていたのだ。
しかし、父は使用人の美しい青年を情夫として囲い込み、同じ屋根の下で毎夜のごとく情事に耽るようになる。しかも、可愛がっていた息子は突如として情緒不安定になり、まったく言うことを聞かなくなった。
自暴自棄になり、保ち続けていた体面を捨て去ってしまいたくなった気持ちはわかる。きっと、父に対する当てつけもあったのだろう。
母は自制心の強い人だった。わがままになるにも覚悟が必要だったはずである。グリンバルドにも悪気があったわけではない。むしろ、精一杯誠実に対応したのだと思う。
しかし、張形を差し出された瞬間、母の中に残っていた理性の糸が、プツリと切れてしまったのだ。
「それは……見事思惑通りになったと言えるだろうな」
グリンバルドは俯く、カーテンを掴む手に力を込められ、真鍮の金具が音を立てた。
「貴方は女装をすることを止め、私をあからさまに避けるようになりましたね。私は深く反省し、落ち込みました」
「そんな風には見えなかったが。お前はとても冷静だった」
「平気なふりは得意ですので。……まあ、そういうわけで、それからはやけくそでした」
やけくそで父上の尻に張形を突っ込んでいたのか。
スノウは父が少し不憫に思えた。
「そうこうしているうちに、奥様からもお誘いを受けまして」
逞しく妖艶に成長していくグリンバルドを母が色を含んだ目で追う。その様子を何度も目にした。堪らなく不快に感じていたが、どうすることもできずにいた。
誰をも虜にしていくグリンバルドが憎く、欲望に忠実になれる両親を汚らわしいと感じる。しかし、一方では妬ましく思う。
ぐちゃぐちゃに掻き乱される心に翻弄されながら、スノウはその頃、荒れた日々を送っていた。
「部屋に呼ばれて、相手をしなさいと命じられました。主人とのことは知っている。このまま見て見ぬふりをしてあげるから、奉仕しろと。私には拒否する権利はありませんでした。しかし、私の下半身では満足していただけないことがわかっていた。だから、旦那様からお借りしたあれを提示し、ご説明したのです」
「それで母上は逆上したのか」
てっきりグリンバルドが父に操を立てたのかと思っていた。それで母が激怒したのだと。まさか、張形が引き金だったとは。いや、それでも十分、母のプライドは傷ついたのだろう。
父は男にしか欲情しない性質で、世継ぎを作る義務を果たすためだけに母を娶った。女としての悦びを与えられず、愛されもせず、それでも母は長く耐えていたのだと思う。
心の拠り所は、愛らしく生まれた一人息子のみ。
スノウに女装をさせていたのは父を警戒しての事だったに違いない。書斎に行くなと言ったのもそうだ。男色である父の毒牙にかからぬよう、母なりにスノウを守っていたのだ。
しかし、父は使用人の美しい青年を情夫として囲い込み、同じ屋根の下で毎夜のごとく情事に耽るようになる。しかも、可愛がっていた息子は突如として情緒不安定になり、まったく言うことを聞かなくなった。
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母は自制心の強い人だった。わがままになるにも覚悟が必要だったはずである。グリンバルドにも悪気があったわけではない。むしろ、精一杯誠実に対応したのだと思う。
しかし、張形を差し出された瞬間、母の中に残っていた理性の糸が、プツリと切れてしまったのだ。
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