スノウ・ホワイトは家出中

すなぎ もりこ

文字の大きさ
上 下
34 / 51

しおりを挟む
 妊娠がわかったと同時に解雇された母親は、女手ひとつでグリンバルドを育てた。しかし、グリンバルドが九歳になる年、病に倒れた。身寄りがなかった母親は、病床でグリンバルドの異母兄弟にあたる伯爵へと手紙を書く。自分が亡き後、グリンバルドを引き取ってくれるよう依頼したのである。
 そうして、グリンバルドは幼いながらも使用人として伯爵家で雇われることになる。
 しかし、伯爵家の暮らしは地獄のような日々の始まりだった。
「奥様が格式を重んじるお方で、おそらく私の境遇が気に入らなかったのでしょう。毎日躾と称した折檻を受けました。鞭打たれて食事を抜かれ……学校には通わせていただきましたが、教科書を井戸に捨てられたり暖炉で燃やされたり。そのうちご子息たちも真似をして暴力をふるうようになりました」
 スノウは痛々しい話にいたたまれなくなり、膝に顔を埋める。
 自分の幼少期とは大違いだ。何の不自由もなく蝶よ花よと育てられ、勉学を嫌い、家庭教師から逃げ回っても笑って許された。
「見るに見かねた伯爵が、私を他所へやることを決めたのですが、向かった先は娼館でした。慣れれば高い給金を稼げるからと、道中で説明されました。怖さはありましたが、当時の私は疲れ切っていた。あのお屋敷から逃れられるのならどこでもいいと思っていたのです」
 しかし、その途中でスノウの父に遭遇する。事情を聞いた父は、グリンバルドを使用人として引き取ると申し出た。伯爵は即座に承知し、さすが見る目があると称賛した。
「頭もいいし手先の器用な子だからきっと役に立つ。半分は貴族の血を引いているから磨けばそれなりになるだろう」
 伯爵はグリンバルドの両肩に手を置き、背後から前へと押し出す。そして、身を屈め耳元で囁いた。
「いずれお相手を務めることもあるだろう。しかし、娼館よりずっとマシだ。その時が来たら逆らわずに従うのだ。それがお前のお役目だ。この男なら、きっと無体なことはしないだろう」
 スノウは暗い気持ちになる。
 父は、おそらく初めからそのつもりでグリンバルドを引き取ったのだ。家令に育てるという気持ちは嘘ではなかったのだろうが、奥底に欲望を秘めていたことは間違いない。伯爵が知っていたとなれば、父の性癖は界隈では有名だったのかもしれない。家の使用人の中にも知るものがいたのだろうか。だとしたら、グリンバルドはずっとでみられていたということになる。
 しかし、グリンバルドは自分を憐れむでもなく、目を細めて過去を懐かしむ。
「この家での扱いは私にとって天国でした。勉学もさせてもらえる上に給金もいただける。清潔な衣服と満足な食事も与えられ、何ひとつ不満はなかった」
 スノウは膝から顔を上げ、月明かりに照らされた美しい横顔を見つめた。彼はつと長いまつげを伏せ、寂し気に微笑む。
「それできっと調子に乗ってしまったのでしょうね。私はとんでもなく図々しい勘違いをしてしまったのです」
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました

むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...