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妊娠がわかったと同時に解雇された母親は、女手ひとつでグリンバルドを育てた。しかし、グリンバルドが九歳になる年、病に倒れた。身寄りがなかった母親は、病床でグリンバルドの異母兄弟にあたる伯爵へと手紙を書く。自分が亡き後、グリンバルドを引き取ってくれるよう依頼したのである。
そうして、グリンバルドは幼いながらも使用人として伯爵家で雇われることになる。
しかし、伯爵家の暮らしは地獄のような日々の始まりだった。
「奥様が格式を重んじるお方で、おそらく私の境遇が気に入らなかったのでしょう。毎日躾と称した折檻を受けました。鞭打たれて食事を抜かれ……学校には通わせていただきましたが、教科書を井戸に捨てられたり暖炉で燃やされたり。そのうちご子息たちも真似をして暴力をふるうようになりました」
スノウは痛々しい話にいたたまれなくなり、膝に顔を埋める。
自分の幼少期とは大違いだ。何の不自由もなく蝶よ花よと育てられ、勉学を嫌い、家庭教師から逃げ回っても笑って許された。
「見るに見かねた伯爵が、私を他所へやることを決めたのですが、向かった先は娼館でした。慣れれば高い給金を稼げるからと、道中で説明されました。怖さはありましたが、当時の私は疲れ切っていた。あのお屋敷から逃れられるのならどこでもいいと思っていたのです」
しかし、その途中でスノウの父に遭遇する。事情を聞いた父は、グリンバルドを使用人として引き取ると申し出た。伯爵は即座に承知し、さすが見る目があると称賛した。
「頭もいいし手先の器用な子だからきっと役に立つ。半分は貴族の血を引いているから磨けばそれなりになるだろう」
伯爵はグリンバルドの両肩に手を置き、背後から前へと押し出す。そして、身を屈め耳元で囁いた。
「いずれお相手を務めることもあるだろう。しかし、娼館よりずっとマシだ。その時が来たら逆らわずに従うのだ。それがお前のお役目だ。この男なら、きっと無体なことはしないだろう」
スノウは暗い気持ちになる。
父は、おそらく初めからそのつもりでグリンバルドを引き取ったのだ。家令に育てるという気持ちは嘘ではなかったのだろうが、奥底に欲望を秘めていたことは間違いない。伯爵が知っていたとなれば、父の性癖は界隈では有名だったのかもしれない。家の使用人の中にも知るものがいたのだろうか。だとしたら、グリンバルドはずっとそういう目でみられていたということになる。
しかし、グリンバルドは自分を憐れむでもなく、目を細めて過去を懐かしむ。
「この家での扱いは私にとって天国でした。勉学もさせてもらえる上に給金もいただける。清潔な衣服と満足な食事も与えられ、何ひとつ不満はなかった」
スノウは膝から顔を上げ、月明かりに照らされた美しい横顔を見つめた。彼はつと長いまつげを伏せ、寂し気に微笑む。
「それできっと調子に乗ってしまったのでしょうね。私はとんでもなく図々しい勘違いをしてしまったのです」
そうして、グリンバルドは幼いながらも使用人として伯爵家で雇われることになる。
しかし、伯爵家の暮らしは地獄のような日々の始まりだった。
「奥様が格式を重んじるお方で、おそらく私の境遇が気に入らなかったのでしょう。毎日躾と称した折檻を受けました。鞭打たれて食事を抜かれ……学校には通わせていただきましたが、教科書を井戸に捨てられたり暖炉で燃やされたり。そのうちご子息たちも真似をして暴力をふるうようになりました」
スノウは痛々しい話にいたたまれなくなり、膝に顔を埋める。
自分の幼少期とは大違いだ。何の不自由もなく蝶よ花よと育てられ、勉学を嫌い、家庭教師から逃げ回っても笑って許された。
「見るに見かねた伯爵が、私を他所へやることを決めたのですが、向かった先は娼館でした。慣れれば高い給金を稼げるからと、道中で説明されました。怖さはありましたが、当時の私は疲れ切っていた。あのお屋敷から逃れられるのならどこでもいいと思っていたのです」
しかし、その途中でスノウの父に遭遇する。事情を聞いた父は、グリンバルドを使用人として引き取ると申し出た。伯爵は即座に承知し、さすが見る目があると称賛した。
「頭もいいし手先の器用な子だからきっと役に立つ。半分は貴族の血を引いているから磨けばそれなりになるだろう」
伯爵はグリンバルドの両肩に手を置き、背後から前へと押し出す。そして、身を屈め耳元で囁いた。
「いずれお相手を務めることもあるだろう。しかし、娼館よりずっとマシだ。その時が来たら逆らわずに従うのだ。それがお前のお役目だ。この男なら、きっと無体なことはしないだろう」
スノウは暗い気持ちになる。
父は、おそらく初めからそのつもりでグリンバルドを引き取ったのだ。家令に育てるという気持ちは嘘ではなかったのだろうが、奥底に欲望を秘めていたことは間違いない。伯爵が知っていたとなれば、父の性癖は界隈では有名だったのかもしれない。家の使用人の中にも知るものがいたのだろうか。だとしたら、グリンバルドはずっとそういう目でみられていたということになる。
しかし、グリンバルドは自分を憐れむでもなく、目を細めて過去を懐かしむ。
「この家での扱いは私にとって天国でした。勉学もさせてもらえる上に給金もいただける。清潔な衣服と満足な食事も与えられ、何ひとつ不満はなかった」
スノウは膝から顔を上げ、月明かりに照らされた美しい横顔を見つめた。彼はつと長いまつげを伏せ、寂し気に微笑む。
「それできっと調子に乗ってしまったのでしょうね。私はとんでもなく図々しい勘違いをしてしまったのです」
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