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 遠ざかる足音に耳を澄ましながら、グリンバルドは改めて屋敷の周りを見回す。薄闇の中で色とりどりの薔薇が咲き誇り、噎せ返るほどの甘い匂いを放っていた。
「それにしても壮観ですね。薔薇アレルギーのお前には相当きついでしょう。そして、スノウ様がここを好まれる理由もわかります」
「坊ちゃんは薔薇の香りがお好きですもんね。始終匂うから俺は近寄れねぇけど」
「私がお造りしたローズオイルを愛用していらっしゃいますからね。十歳のお誕生日にお渡ししたらとてもお気に召されて、それからずっとご使用です」
「……あれさ、俺へのけん制だろ」
「獣避けです」
「案外陰湿だよな、お前」
 緊張感のない無駄話をしている間に、再び足音が近づいてきた。扉越しに硬い声が投げられる。
「スノウ様はもうお休みになられました。ご本人よりこちらにご滞在したいとのご希望を承っておりますし、当家のお嬢様方も強くお望みですので、しばらくこちらでお預かりいたします。お戻りの際はこちらから馬車をお出ししますので……」
 グリンバルドは男の言葉を遮り、きっぱりと告げた。
「いや、本日は連れ帰る。明日、王都より大事な来客があるのだ。次期当主不在では当家の顔が立たない」
「……それでは、明朝にお連れいたします」
「知っていると思うが弟は寝起きが悪い。支度に手間取るのは避けたいのだ。本日中に打ち合わせたいこともある」
「……貴方様はスノウ様のお兄様で? グリンバルド様でしょうか」
「いかにも。ドワーフ卿の訪れを待ち、直接謝罪と挨拶にうかがおうと考えていたが、このように不躾な訪問になり申し訳ない」
しばしの沈黙の後、ガチャガチャという金属音が鳴る。ジャックとグリンバルドは素早く掌を叩き合わせた。
「お入りくださいませ。お嬢様方に伝えてまいりますので、しばしホールにてお待ちください」
 現れた中年の家令は、浅く素早く腰を折ると足早に去っていく。その後ろ姿を見送りながらグリンバルドはジャックに囁く。
「お前はここで待機しなさい。私がスノウ様を連れて戻る姿が見えたら、扉を開けて馬の準備を」
「攫ってくるつもりか? 穏やかじゃねぇなあ」
「人聞きの悪い。話が通じるようならきちんとお暇します。というか、スノウ様はこちらの身内です。お返しいただくだけですよ」
「あげちゃうつもりだったくせに。坊ちゃんは拗ねてたぞ」
「仕方ないでしょう。あの家が嫌いだとおっしゃるのだから。これだけ何度も家出されて逃げ回られたら私だって凹みます。私はスノウ様を不幸にしたいわけじゃない。あの方の幸せを心から望んでいるのです」
 家令が戻り、奥へと促した。グリンバルドはケープコートを脱ぎ腕に掛けると、大きく足を踏み出す。ホールから遠ざかる力強い靴音を聞きながら、ジャックは扉に背中を預けた。
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