スノウ・ホワイトは家出中

すなぎ もりこ

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 ジャックの作業小屋を後にしたスノウは、重い足取りで屋敷に向かっていた。ジャックの言葉に従うのは癪に障るが、グリンバルドの動向は気になる。
 足元に視線を落としブーツの先で青草を踏みしめながら、スノウはグリンバルトと出会った頃のことを思い出していた。

 グリンバルドは、スノウが六つになる年に、父に連れられて家に来た。父親は、知人から譲り受けたと説明した。行儀を仕込み、ゆくゆくは家令としてスノウの補佐につけるつもりだと言う。
 身なりこそ質素だったが、グリンバルドは美しい少年だった。灰色の髪はパサパサで肌も薄汚れていたが、理知的な瞳は深く落ち着き、動作に品がある。どこぞの伯爵家の落胤であると後に聞き、なるほどと納得した。
 グリンバルドはスノウをじっと見つめ、やがて鳩尾に手を当てて腰を折った。
「よろしくお願いします。お嬢様」
 低く活舌の良い声で告げる年上の少年に、スノウの胸は高鳴り、思わず母の陰に隠れた。恥じらうスノウの髪を、母が優しく撫でる。
「スノウより三つ年上なんですって。年が近い子が来てくれてよかったわね」
「成績は良かったらしいから、スノウも彼から勉強を教わるといい。そうは言っても市井の学校で身につけた知識だけでは不十分だ。不足は私が直々に教え込んで補おうと考えている」
 父は少年の肩に手を回した。僅かに強張る表情を目にし、スノウは母のドレスの陰からそっと観察する。視線に気づいたグリンバルドが小さくほほ笑んだ。スノウは息を呑み、母の背中に張り付く。トクトクと鳴る心臓を押さえ、初めて体験する身体の異変に怯えていた。

 グリンバルドはスノウのことを女の子だと思い込んでいた。周囲がそのように扱っていたのだから当然である。
 女装をさせていたのは母だったが、スノウ自身も好んでそうしていた。レースやフリルがふんだんにあしらわれたドレスを身に着け、髪を長く伸ばし大きなリボンで結ぶ。とても似合っていると思っていたし、可愛い服も物も大好きだった。両親も一切咎めない。屋敷の皆も口々に可愛いと誉めそやした。
 事実、どこの令嬢よりもスノウは可愛かった。ぱっちりとした大きな青い瞳も、薔薇色の頬も赤い唇も。真っ白な肌も豊かな黒髪も。
 将来は間違いなく絶世の美女におなりになる、きっと王子様の目に留まり、城に迎え入れられるでしょうと侍女たちが囃し立てる。
 スノウはそれを疑いもせず、思い描いた。凛々しい王子様と優雅にダンスを踊る自分の姿を。

 王子様はどんなお顔をしているのだろう。グリンバルドよりハンサムなのだろうか。背はグリンバルドより高いのだろうか。

 想像の中の王子様は、なぜかいつもグリンバルドの姿をしていた。黒瑪瑙のような両の瞳をスノウに向け、優しく微笑む。スノウはその度にきゅっとなる胸を押さえ、ほう、とため息をついた。
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