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 その日の深夜、屋敷に戻ったグリンバルドを侍女長が迎え出た。彼は開口一番に訊ねる。
「スノウ様はお戻りか?」
「ジャックと昼過ぎにご帰宅されました。夕飯もお召し上がりになり湯あみも済ませてお休みになりました」
 淡々と報告する古参の侍女長を労い、グリンバルドは足音を忍ばせてエントランスの階段を上った。多少古びてはいるが磨き抜かれたタイル貼りの廊下を歩き、目当ての部屋の前で足を止める。
 白い塗料で塗られたドアに手を添え、そっと隙間に耳を近づけた。
 規則正しい寝息を聞き取り、安堵のため息をつく。そうして、静かに立ち去った。

 控えめなノックの音に、スノウはゆっくりと瞼を上げた。シンプルなアイボリーの天井が目に入る。鼻から息を吸い込み、再び目を閉じる。清らかな微香と静寂。住み慣れた場所に帰ってきたのだと実感した。
「お目覚めですか、スノウ様」
 扉の向こうから聞こえた低く艶めいた声に再び目を開き、スノウは身を起こした。
「起きている」
「入ってもよろしいですか」
「構わない」
 ベッドの上でじっと扉が開かれるのを待つ。毛布を掴む手に自然と力が入った。
 男の姿が視界に入った途端、鼓動が跳ね上がる。スノウは身体を強張らせ、緊張を表に出さぬよう努めた。男は扉の前に立ったまま、こちらを静かに見つめている。早朝だというのに僅かの乱れも隙もない。まるで純度の高い水でつくられた氷像のようだと思う。
 彼を前にすると、スノウは己がとてつもなく歪んで汚れているように感じた。
「身支度を手伝いますか」
 紫紺のスーツを身に着けた男が訊ねる。ボタニカル柄のベストの色より一段濃いグレーのクラバットを結んだ、どこからどうみても高貴な男が、まるで従僕のような口をきく。
「いつまでそんなことを言っているんだ。グリンバルドは僕の兄上だろう」
「それは飽く迄も紙面上でのこと。この家の正式な跡取りはスノウ様でございます」
 スノウは無言でベッドから下りるとクローゼットに向かった。扉を開けて用意してあった衣服を腕に抱える。
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