Room 510

ひふみ しごろく

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よくある異世界転生<その1>

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ここはどこ? のどかな田園風景…?

さっきコンビニで買い物をして、出てきたところで…しかも夜中だった。

まったく自分の置かれている状況が理解できない。
深夜の買い出しで人には見せられぬジャージ姿。
手にはコンポタスナックの入ったコンビニ袋(有料)である。

どこまでも高い秋の夕暮れに牧歌的な風景が広がる。
…今風な異世界転生ってヤツだろうか。


馬車が…来る。
はじめてみた。
ジブリ映画に出てきそうな人の良さそうなおじいさんがひとり。

「変わった格好の娘さんじゃな。遠くから来なすったんかい?」

言葉は通じるらしい。
日本語で。

「はい、気がついたらここにいました」

「ここらへんは物騒じゃよ。怖いモンスターにでも襲われたらたいへんだ。
娘さん、旅の途中って感じでもないが…」

荷物や格好をみれば不審極まりないだろう。

「事情はわからんが、あてがないならわしの村へ来るかね?」

「はい、ご親切にありがとうございます」

まったく状況が飲み込めないままだが、確かにこのままここに立っていてもどうにもならない。
おじいさんが悪人の可能性もよぎったが、だからといって別にできることがあるわけではない。
こうして私はおじいさんの横に腰掛け、荷馬車に揺られて村へ入り、こうして温かい味の薄いスープをいただいているわけだ。

「何もない村だがね。お困りお様子。
2、3日なら気にせず泊まっていってよいよ。
わしはひとりだから部屋も空いておる。
2階の以前娘が使っていた部屋でも使いといいよ。
あそこが一番日当たりがいいからね」

私の姿や何も知らない様子に同情してくれたのか、おじいさんは親切だった。
小さな村落。
全部で100~150名ぐらいだろうか。
村の周囲には高い塀があり、見張りやぐらもある。
おじいさんは村の人なのですぐに入れてもらえたが、よそ者には厳しいのかもしれない。
実際、遠巻きに監視されているのを感じる。

おじいさんと夕食をとりつつ状況を確認することにする。
夢にしてはリアルだし長い。

皆目理由はわからないが、私はこの中世っぽい村落にいる。
戻れるんだか戻れないんだか、努力すればなんとかなるものなのかさえ不明。
当面この村、ないしこの世界で生活をするとなればこの世界のことを知らざるを得ない。

「おじいさん、聞いて。
私、なぜここにいるのかわからないの。
でも生きていいかなくちゃいけない。
お願い、この世界のことを教えてください」

「うんうん」

おじいさんは粗末なパンをちぎりながら優しくうなずいた。

「娘さん、あんたの事情はよくわからん。
だが悪い娘じゃなさそうだ。それはわかる。
だからね、わしが知っていることは教えてあげるよ。
ただ、焦りなさんな。
あんたが怯えているのはよーくわかる。
ここは安全じゃよ。
だから今日はごはんを食べたらゆっくりとお休み。
明日になったら、少しづつ教えてあげるからね」


食事も終わった頃、おじいさんは出かける支度をはじめた。
何をしているのかと聞こうとしたのを察しておじいさんは言った。

「今夜は夜営当番でな。村の男衆が交代で村を守っておるのじゃ。
わしは見張り塔へ出かけてくる。
戸締まりはしておくから、2階でゆっくりおやすみ」


翌日から私は村の教会を手伝いいつつ、この世界のことを学んだ。
村の人たちは村の外を知らない。
世界が平面なのか球体なのかも知らない。いや、興味さえない。
なんとか王国の辺境に位置するらしいが、誰も王都に足を踏み入れたものはいない。
交通手段も馬車がせいぜいで、街道の整備も進んでおらず物騒なならず者やモンスターも出るためだ。
本格的な冬の到来を前に隊商が来るらしく、みな到着を心待ちにしている。
ほぼ自給自足で娯楽らしい娯楽もない慎ましい暮らしぶりだ。
隊商が来ると珍しいものが見れるし、村の外のうわさ話も聞けてちょっとしたお祭り騒ぎになるらしい。


オセロに将棋、ハノイの塔などを手作りしてあげると子どもたちは夢中で遊んだ。
大人たちは感心した様子でみていた。
ドッジボール、サッカーといった球技も藁で編んだボールでそれとなく再現できた。
知識を生かして孤児たち馴染んだ成果か、少しづつ村に受け入れられつつあるのを感じる。

ちょっと年上のシスターは厳しくも優しい。
生活習慣の違いを諭し、村の常識を教えてくれる。
驚くような規範もあるが、概ね平和で平穏な村だ。
シスターには将来を誓いあった相手がいたが、村を守る戦いで命を落とした。
村を守った英雄なのよと誇らしげに言うも、表情は悲しげだった。
孤児が多いのもそういった理由に違いない。

教会での仕事を続けるうちに、ちょっと気の合う同じ年頃の友達もできた。
デイジー・ナイン・サウザンドと言う長い名前だ。
デイジーには気になる彼がいるらしい。
自由恋愛は認められているようで、誰と誰がどうのこうのと言った恋話に花が咲くのはここでも同じらしい。
もっとも所詮小さな村落にすぎず、適齢な男女の数も少ないのでうわさはほぼ事実である。

私は… どうなるのだろう。

いや、どうすべきなのだろうか。
このままこの村に帰化して生きていくべきなのか。
それとも異世界転生冒険小説よろしく旅に出て、元の世界へ戻る道をさがすべきなのか。

「…どうしたの?
お話、つまんない?」

考え事に沈んでいた私をデイジーが引き戻す。

「ああ、ごめんなさい、ちょっと考え事を…」

「そう? ねぇ聞いてた?
デヴィッドとフランクが、あなたにどっちが先に声をかけるか順番を決めてたんですって!
あなた知的で美人だから、きっといい人が見つかるわ!
私にはヘイウッドあたりがお似合いなのよ。
彼、ちょっとドジだけど一生懸命優しくしてくれるよ」

はにかむ彼女は可愛らしい。
ヘイウッド・フロイドのことが本当に好きなんだろう。
そして異邦人である私の心配もしてくれている。

「デヴィッドもフランクも素敵な男性よ。
どちらかと恋仲になればみんながあなたを正式に認めてくれるわ。
お話してくれたあなたの故郷へ帰れないのは寂しいでしょうけど、ここは良いところよ!
私は…あなたにいて欲しいわ」

心を決めかねつつ

「そうね…」

と曖昧な相槌を打ってごまかす。
まだ私にはこの世界で生きていく決心がつかないのだ。

「わたし決めたわ!」

デイジーが笑顔で宣言した。
真っ直ぐに見つめてくる潤んだ瞳が可愛らしい。

「明日のクリスマス、ヘイウッドが誘ってくれたら、彼に決めるわ!
だから貴女もお誘いがきたら決めちゃいなさいよ!」

刹那。
村に鐘が鳴り響く。
それは村の惨劇と待ち受ける過酷な運命を告げる鐘の音だった。
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