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異世界で君を想うということ

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「キース様には心に決めたお方がいらっしゃるって、本当ですの?」

 さすがに本人にその事実を確認するのは怖く、翌日診療所を訪れたオリバーに相談することにした。

「藪から棒になんだ」

 オリバーの顔は明らかに焦っているのが分かり、それだけでも肯定の言葉に取れ思わず涙ぐみそうになる。

「オリバー様もご存知の方でしたのね」

「おい、泣くな。大丈夫だから」

「何が大丈夫なんですの?だって、そんな方がいたら、私がここに居てはご迷惑でしょ?」

 キースさんは私が「医者の嫁(見習い)」と名乗ることを非常に嫌がっていたのも『心に決めた人』がいるからに違いない。

「いや……その……それは……、その人は婚約者がいるんだ」

「あら……」

 小さな希望的事実に流れそうになった涙が一瞬にして枯れる。

「き、貴族の一人娘で……。うん、そうだ。王族との婚約が決まっていた人だったような気がする」

「あら、そうでしたの」

 王族との結婚が決まっている貴族……となるとそう簡単に交際や結婚などできないだろう。ならば直接恋仲というより、憧れに近い感情だった可能性もある。現に私がここに来てから一ヶ月以上経つが、女の気配など一つもない。軽い失恋に変わりないが、全く可能性がないわけでもなさそうだ。

「だから……うん……大丈夫だ」

「でもキース様もロマンチストでいらっしゃるのね。美人に言い寄られても恋人すらお作りにならないで」

「美人?」

 オリバーは不思議そうに眉毛をピクリと上にあげる。

「ええ、リタが言っておりましたの。レオのお姉さんで凄い美人が求婚してもキース様がなびかなかったって」

「あぁ……ここの『美人』か」

「近所にお住まいでしょうから、そうだと思いますわ」

「あんたはキースと診療所以外をもう少し見た方がいい。ここら辺にいる年頃の女は全員、娼館で働いている女だ」

 とんでもない事実に私は思わず言葉を失う。

「ここの奴らの大半が定職についてない。ついていたら、こんなゴミだめみたいな所で生活なんてしやしないさ」

 確かに窓から見える景色は一面茶色で、台風が訪れれば一瞬にして吹き飛びそうな小屋が広がるばかりだ。そもそも住宅街(?)としている土地自体も、土砂災害の時にはダムとして機能する“砂防ダム”の上だ。普通のダムと異なり災害時にしか水があふれないため、家を勝手に作って生活しているらしい。

「女は娼館で働けるようになったら売り飛ばされる。その娼館で働く娘の稼ぎで一家が生活している……って家も少なくないらしい」

「そんな酷い……」

 現世も前世も性的サービス業に関する事情は明るくなかったが、彼女達の仕事は決して華やかなだけではない。しかも自分の意思ではなく親に売られ娼館で働く彼女達の生活……推して知るべしだ。

「俺は正直、キースが何をやりたいのか全く分からないんだ。こんな場所で、生活が向上するわけでもない奴らの医療を充実させて何になる。キースがどれだけ苦労しても彼らを根本的に救うことはできないんだ」

「だからって、俺が彼らを見捨てる理由にはならないよ」

 その声に振り返ると、午前の最後の診療を終えたキースさんが立っていた。

「確かに病気は治せても彼らの生活水準を上げることは俺にはできない。でも目の前で苦しむ彼らを放っておくことなんて俺にはできないよ」

 これまで大きな疑問だったのだ。なぜ、彼がわざわざ貧民街で診療所を開業しているのか……と。街中に診療所は多数あり競合しているが、それでもここで営業するよりもよほど儲かりそうだ。

「幸いグレイスのお父上が援助して下さっているから、できるだけのことはしたいと思っている。ま、野垂れ死なないように頑張るよ」

「私にも、お手伝いさせてくださいませ」

 気付いた時には私は思わず叫ぶようにしてそう言っていた。ここに来たのは正直、意地もあった。キースさんに一目惚れしたのは確かだが、婚約破棄されて傷心中の娘に「医者の嫁になれ」と言い放った無神経な父親に対する意趣返しのつもりがなかった……とは言いきれない。

 だが、彼の純粋すぎる想いを前にして、気持ちは大きく変わっていた。この人と一緒にいたい、そして役に立ちたい。『結婚』『医者の嫁』という言葉は、この際横に置いておこう。
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