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高貴さは義務を強制する
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非情な現実を受け止められず涙を手のひらに受けながら茫然とする私をキースさんは、言葉もなくゆっくりと抱きしめてくれた。いつもならばドキドキするその温もりが、この日はただの温かさでしかなかった。
「本当に馬鹿だな。あのクズ……。だが助かった。バカを相手にするのは楽じゃないが、使いようだな」
少し離れた場所から聞こえてきたアルフレッドの言葉に私の身体は瞬時に冷たくなる。先ほど起こった出来事が現実だということを私に突きつけるかのようだった。
「しかし黒竜は凄いな。暗殺者十人を雇っても死ななかった火竜を一撃で仕留めるんだもんな。お前でいいから、俺と一緒に国を取りに行こうぜ」
その瞬間、私はキースさんの腕を振り払い、アルフレッドへ向かって走った。
反論したい言葉は沢山あった。
オリヴィアの想い。
ドラゴンに対する失礼すぎる態度への苦言。
身勝手な言動。
ティアナへの中途半端な扱い。
だが私は言葉の代わりに自分の拳をアルフレッドの左顎めがけて打ち込んだ。非力な公爵令嬢の渾身の一撃でしかなかったが、不意を突かれたのかアルフレッドは地面に尻もちをつくように倒れた。
「あんたには、国王なんて務まらない!」
肩で息をしながら私は叫ぶように言葉をアルフレッドにぶつけた。
「国を治めるのは『力』じゃないの!可哀想なドラゴンを使って万が一王になれても、きっと同じように誰かに倒される王になる」
これまで彼の耳に届かなかった言葉。届くように私はありったけの大声で叫んだ。
「少なくともあんたが王になったら、どんな手を使ってでも私があんたを倒しに行く!絶対王になんてさせない!!」
公爵令嬢として見せたことがない私の言動にアルフレッドは唖然としていたが、少しすると狂ったように笑いだした。
「あはははははは。お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?第二王子に手を挙げて、ただで済むとでも思ってんのか?! いや……反逆罪で父親もろとも死刑にしてやろう。そうだ!! それで俺が王だ!!!!」
私に殴られて思考回路までも破綻してしまったのだろうか。どう考えても成立しえない計画にアルフレッドは嬉しそうに大笑いをしている。反論しようと口を開こうとした瞬間、肩に大きな手が乗せられた。振り返るとそこには目深にフードをかぶった中年男性がいた。
「見苦しい真似はよしなさい。アルフレッド」
中年男性はそう言うと、静かにフードを取る。その瞬間私は言葉を失い、慌てて膝を地面について頭を下げた。彼の名前と顔がなかなか一致しなかったのは、彼と会う時はいつもこうして頭を下げていることが多かったからだ。
「ち、父上……何故このような場所に……」
「私はね――人と魔物が共存できる道を探していたんだ。多くの者は理解してくれなかったが、ゴドウィン公爵だけは力になってくれてね……。今日もこうして視察という形で連れてきてくれた」
その言葉にハッとして少し顔を上げると、膝をついた父と目が合う。その顔には「バレちゃった……」というような表情を浮かべていた。だから父一人ではなく貴族や神官らも一緒に連れだっていたのか。
「この半年、私はお前に期待していたんだよ。心根を正し、成長してくれることを……。だから冒険者ギルドからお前の生存と所在を知らされた時も連れ帰さないように伝えていたんだ」
地面を見ながら新たな事実に驚かされる。「火竜になってしまうと追跡できない」と言っていたフレデリックだが、数日おきに温泉宿を訪れるオリヴィア。冷静に考えてみれば、何日もかければ居場所を特定することはできたのだろう。
「お前が平民として生活するうちに第二王子としての自覚が芽生えてくれるのを祈っていたのだが……」
彼は小さくため息をつくと、腰の剣を鞘ごとスラリと抜く。
「オースティン、ここに来てくれないか」
その言葉にキースさんが私の隣に並ぶようにして頭を下げる。
「国王の名の元に宣言する!第一王子であるオースティンに王位を譲位する」
持っていた剣をキースさんに渡し、国王は立つように促す。
「私が愚かだった。そなたを第一王子として扱っていれば、このようなことにはならなかったはずだ。どうか許して欲しい」
「陛下……私は……」
何か言いたそうなキースさんを国王は片手で制止する。
「さすが王家の血筋だ。私が本当にしたかったことを君は実現している。誰よりも王にふさわしいのは君だ」
「これは、グレイスが……ゴドウィン公爵令嬢がいたからでございます」
キースさんはそう言って私の手を取ると立ち上がるように促した。そんな私をみて国王は力なく微笑む。
「あぁ……グレイス嬢か……。そうか……そうか……。アルフレッドが婚約破棄などしなければ……」
確かに全ての始まりは彼が婚約破棄を宣言した時から始まった。私が貧乏女子大生の記憶を取り戻したのもあの瞬間だったし、キースさんと出会ったのも婚約破棄をしてもらったからだ。
キースさんは周囲に促され、剣と私の手を高々と掲げると森が揺れるほどの大歓声が沸き起こった。その中でアルフレッドは小さくうめき声をあげていたのを私は静かに黙殺した。
「本当に馬鹿だな。あのクズ……。だが助かった。バカを相手にするのは楽じゃないが、使いようだな」
少し離れた場所から聞こえてきたアルフレッドの言葉に私の身体は瞬時に冷たくなる。先ほど起こった出来事が現実だということを私に突きつけるかのようだった。
「しかし黒竜は凄いな。暗殺者十人を雇っても死ななかった火竜を一撃で仕留めるんだもんな。お前でいいから、俺と一緒に国を取りに行こうぜ」
その瞬間、私はキースさんの腕を振り払い、アルフレッドへ向かって走った。
反論したい言葉は沢山あった。
オリヴィアの想い。
ドラゴンに対する失礼すぎる態度への苦言。
身勝手な言動。
ティアナへの中途半端な扱い。
だが私は言葉の代わりに自分の拳をアルフレッドの左顎めがけて打ち込んだ。非力な公爵令嬢の渾身の一撃でしかなかったが、不意を突かれたのかアルフレッドは地面に尻もちをつくように倒れた。
「あんたには、国王なんて務まらない!」
肩で息をしながら私は叫ぶように言葉をアルフレッドにぶつけた。
「国を治めるのは『力』じゃないの!可哀想なドラゴンを使って万が一王になれても、きっと同じように誰かに倒される王になる」
これまで彼の耳に届かなかった言葉。届くように私はありったけの大声で叫んだ。
「少なくともあんたが王になったら、どんな手を使ってでも私があんたを倒しに行く!絶対王になんてさせない!!」
公爵令嬢として見せたことがない私の言動にアルフレッドは唖然としていたが、少しすると狂ったように笑いだした。
「あはははははは。お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?第二王子に手を挙げて、ただで済むとでも思ってんのか?! いや……反逆罪で父親もろとも死刑にしてやろう。そうだ!! それで俺が王だ!!!!」
私に殴られて思考回路までも破綻してしまったのだろうか。どう考えても成立しえない計画にアルフレッドは嬉しそうに大笑いをしている。反論しようと口を開こうとした瞬間、肩に大きな手が乗せられた。振り返るとそこには目深にフードをかぶった中年男性がいた。
「見苦しい真似はよしなさい。アルフレッド」
中年男性はそう言うと、静かにフードを取る。その瞬間私は言葉を失い、慌てて膝を地面について頭を下げた。彼の名前と顔がなかなか一致しなかったのは、彼と会う時はいつもこうして頭を下げていることが多かったからだ。
「ち、父上……何故このような場所に……」
「私はね――人と魔物が共存できる道を探していたんだ。多くの者は理解してくれなかったが、ゴドウィン公爵だけは力になってくれてね……。今日もこうして視察という形で連れてきてくれた」
その言葉にハッとして少し顔を上げると、膝をついた父と目が合う。その顔には「バレちゃった……」というような表情を浮かべていた。だから父一人ではなく貴族や神官らも一緒に連れだっていたのか。
「この半年、私はお前に期待していたんだよ。心根を正し、成長してくれることを……。だから冒険者ギルドからお前の生存と所在を知らされた時も連れ帰さないように伝えていたんだ」
地面を見ながら新たな事実に驚かされる。「火竜になってしまうと追跡できない」と言っていたフレデリックだが、数日おきに温泉宿を訪れるオリヴィア。冷静に考えてみれば、何日もかければ居場所を特定することはできたのだろう。
「お前が平民として生活するうちに第二王子としての自覚が芽生えてくれるのを祈っていたのだが……」
彼は小さくため息をつくと、腰の剣を鞘ごとスラリと抜く。
「オースティン、ここに来てくれないか」
その言葉にキースさんが私の隣に並ぶようにして頭を下げる。
「国王の名の元に宣言する!第一王子であるオースティンに王位を譲位する」
持っていた剣をキースさんに渡し、国王は立つように促す。
「私が愚かだった。そなたを第一王子として扱っていれば、このようなことにはならなかったはずだ。どうか許して欲しい」
「陛下……私は……」
何か言いたそうなキースさんを国王は片手で制止する。
「さすが王家の血筋だ。私が本当にしたかったことを君は実現している。誰よりも王にふさわしいのは君だ」
「これは、グレイスが……ゴドウィン公爵令嬢がいたからでございます」
キースさんはそう言って私の手を取ると立ち上がるように促した。そんな私をみて国王は力なく微笑む。
「あぁ……グレイス嬢か……。そうか……そうか……。アルフレッドが婚約破棄などしなければ……」
確かに全ての始まりは彼が婚約破棄を宣言した時から始まった。私が貧乏女子大生の記憶を取り戻したのもあの瞬間だったし、キースさんと出会ったのも婚約破棄をしてもらったからだ。
キースさんは周囲に促され、剣と私の手を高々と掲げると森が揺れるほどの大歓声が沸き起こった。その中でアルフレッドは小さくうめき声をあげていたのを私は静かに黙殺した。
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