上 下
40 / 47

竜は舞い降りた

しおりを挟む
 地面を揺るがすような爆音から私を守るようにキースさんが私の側に駆けつけ抱きしめてくれる。慌てて窓の外に視線を向けると、半年前の悪夢がよみがえるようだった。そこには火竜がいた。

「オリヴィア……?」

 私はキースさんの手を取って慌てて外にでる。もしあの火竜がオリヴィアならば、怖いことはない。彼女は私の従魔なのだから。

「オリヴィア!? どうしたの?!」

 思いっきり叫ぶと火竜が悲しそうな瞳をしながらこちらへ振り向く。よく見てみると、その手にはアルフレッドが乗っていた。

「あぁ、そこにいたのか!! 探す手間が省けた。おい、クズ、下ろせ」

 アルフレッドがそう言うと、オリヴィアは静かに手を地面に下ろす。

「何、簡単な話さ。そこにいるお前の父親を殺して、この王国もぶっ潰して俺の物にする」

「そんなことオリヴィアにできるはずはございませんわ!!」

 いかつい身なりだが、オリヴィアの性格は繊細で優しい。ここの村人にだって優しく接してくれているし、力仕事の時には手伝ったりもしてくれている。何よりモフモフや小さな子供が大好きだ。半年前の彼女なら違ったかもしれないが、ここで過ごしていくうちに彼女の考えも変わったはずだ。

「オリヴィア……あぁ、『クズ』のことか」

 アルフレッドは吐き捨てるようにそう言う。

「お前は本当に狡猾だよな。魔物に名前を与えれば従魔にできることが分かっていて、クズに名前を付けたんだろ?」

「違いますわ!偶然でしたの。名前がないと仰るから……」

「驚いたよ。変な名前をもらって喜んでやがるから、調べてみたら従魔になっていやがった」

 アルフレッドは私の反論を全く聞いていない。いや聞いているのかもしれないが、彼の耳には届いていないのだろう。

「だから俺もつけてやったんだ。『クズ』ってな」

 醜く歪んだ笑顔を浮かべながらアルフレッドはそう言う。先ほどからオリヴィアのことを『クズ』と呼んでいたのはそのことだったのか……。コロと同じように新たに名前を与えられ、それを受け入れたオリヴィアは新たにアルフレッドの従魔になってしまったということだろうか。

「オリヴィア! やめて!! あなたはそんなこと望んでいないはずでしょ?」

 アルフレッドの後ろで申し訳なさそうな表情を浮かべるオリヴィアにそう声をかけると彼女は力なく首を横に振る。

「ゴドウィン公爵もいらっしゃるならば、ちょうどいい!」

 演技がかったように大きく手を振りながらアルフレッドは語り始めた。

「第一王子である兄に、この火竜ともども命を狙われた!」

「そ、そんなこと」

 キースさんが顔を真っ赤にしてアルフレッドに飛びかかろうとするが、私は慌てて彼を押しとどめる。ここで彼に反論してしまえば、キースさんが第一王子であることが発覚してしまう。

「兄は国外にいると聞いておりますので、ゴドウィン公爵によるものでしょう。その証拠にゴドウィン公爵の家紋が彫られた短剣が、私の従魔に刺さっておりました!!」

 そう言ってアルフレッドは血のりがべったりとついた短剣を私達の方へ投げてよこす。確かに家紋は彫ってあるが、これだけで父が暗殺部隊を送ったと決めつけるのは短絡的すぎる。何より身に覚えがないといった表情を浮かべている父が何よりもの証拠な気がした。

『グレイスちゃん。私達が幸せになるためには、これしかないのよっ!!』

 切羽詰まったオリヴィアの声に、アルフレッドの行為の意味が初めて理解できた。おそらく暗殺者を送り込んだのはアルフレッド本人なのだろう。そしてその暗殺者がオリヴィアに返り討ちにあうことも分かっていて我が家の家紋が彫られた短剣を凶器として使用させたのだ。

 犯人が誰なのかをオリヴィアに勘違いさせるために……。

 彼の従魔となってしまったオリヴィアは一連の事件で軽く洗脳されているに違いない。おそらく規模は違うとはいえ、コロが私に言われて酒場の仕事を引き受けたのと同じ状況なのだろう。

「『クズ』なんて呼ばれて、幸せになれるわけないじゃないの!」

 いつの間にか現れたエマが涙ながらにオリヴィアに向かって叫ぶ。

「本当に愛していたら、どんなことがあっても大切にしてもらえるものなのよ!! オリヴィア、止めて」

「あぁ……お前は学園を中退したバカだな。男で身を滅ぼしておいてよく言う」

 エマの訴えをあざ笑うかのようにアルフレッドは苦笑する。

「さ、クズ! すべての元凶であるゴドウィン公爵と兄上を焼き払え」

 アルフレッドはそう叫ぶと、オリヴィアは戸惑いながらも大きく息を吸い込む。貧民街の時には驚いた勢いで火をはいてしまったと言っていたオリヴィアだが、今回は本気で焼き殺しにかかっているのが分かる。

「お父様、逃げてください!!」

 そう叫んだ瞬間、大きな影が私の前に現れた。それがあまりにも大きすぎて、手の一部だということに気付くまで数秒を要する。

『母上、大丈夫ですか?!』

 その叫び声に顔を上げると、頭上には火竜の二倍はあるであろう黒竜の姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ
恋愛
セシリアは王女でありながら離宮に隔離されている。 父以外の家族にはいないものとして扱われ、唯一顔を見せる妹には好き放題言われて馬鹿にされている。 そんな中、公爵家の子息から求婚され、幸せになれると思ったのも束の間――それを知った妹に相手を奪われてしまう。 今までの鬱憤が爆発したセシリアは、自国での幸せを諦めて、凶帝と恐れられる隣国の皇帝に嫁ぐことを決意する。 自分に正直に生きることを決めたセシリアは、思いがけず隣国で才能が開花する。 一方、セシリアがいなくなった国では様々な異変が起こり始めて……

処理中です...