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新診療所建設計画
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「ねぇ、グレイス。ちょっとこれを見てもらえないかな?」
診療時間が終わり、待合室を掃除していると診察室からキースさんが声をかけてくれた。
「何か問題でもございました?」
カルテの整理を間違えていたのだろうか……と慌てて診察室に向かうと、目に飛び込んできたのは一枚の図面だった。
「診療所を建てようと思っているんだ」
「診療所を?!」
一体、いくらかかるのだろうか……。そしてそんなお金はないはずだが。
「グレイス。お金の心配をしているだろ。顔に書いてあるよ」
そう言われて私は慌てて口元を抑えた。最近、キースさんとの距離が近くなり、ついつい気を抜いてしまうことが増えている。
「村長がね、鍾乳洞の中じゃ手狭だろうからって、温泉宿の側に建ててくださることになったんだ。僕達の部屋も用意してくださるって」
机に広げられた図面には、以前の診療所のように一階は診療所、二階は居住スペースとなっている間取りが展開されていた。ただ以前とは異なり、3LDKと広々としている点に感動する。
「カルの部屋もありますのね!」
既に彼が誕生してから一ヶ月が経とうとしており、彼の見た目は二十歳ぐらいの青年にまで成長している。先週あたりから私と同じ部屋で寝るのは、はばかられキースさんと同じ部屋で寝るようになった。
「カルが独り立ちしたら、客間にしてもいいしね。それで診療所についてなんだけど、何かいい案はあるかい?」
その質問に先日から抱いていた希望を思い出す。
「診察室を三つ作ってはいかがでしょう?」
「み、三つ?」
「えぇ、ベッドと椅子だけの簡易的なものですが、それを三つ作り仕切っておきます。二階の居住スペースがこれだけあるんですから、問題なく作れると思いますわ」
「ベッドと椅子だけなら確かに確保できそうだけど。三つも必要なの?」
私は診察室と書かれたスペースの上を指でなぞるようにして、小さく三つに区切る。
「こうして三つ部屋を作っておくことで、感染症にかかっていらっしゃる患者様を隔離しておくことができますわ」
本当は隔離室を作るのがベストだが、スペース的にも予算的にも難しいに違いない。イスラが受付で簡単に症状を確認してくれるので、病気に関する知識がない私でも感染症の患者さんを見極めて案内することも可能だ。
「院内感染を防げるだけでなく、本当に体調が悪い方など寝て待っていただくこともできましてよ」
「なるほど。俺が出入りすることで、患者さんは動かさずに診察できるわけだね。凄い発想だ!」
「実は、ティアナ様から教えていただきましたの」
「ティアナ嬢から?」
キースさんは途端に怪訝な表情を浮かべる。色々な件があり、彼女に対して決して良い印象を抱いていないのだろう。私と彼女の間にある因縁を知る人物は一様に、ティアナに対して警戒心を抱いている。
ただ彼女にとって救いともいえるのは、この村にいる多くの人間は私達の関係について深く知らないということだ。そのため、いかにもヒロインといったビジュアルと言動に「可愛い新住人」として歓迎されている。彼女が新しい伴侶を見つけるのも時間の問題かもしれない。
「ティアナ様のサロンでは温泉の地熱を利用して体を温めることができるベッドを用意されましたの。一人のお客様をベッドで温めているうちに、もう一人のお客様の施術をする……とされていますのよ」
施術する人はティアナ一人だけだが、この方法を導入したことにより多くの客をさばくことができるらしい。というのも当初は一日に数人来店すればいい……と思っていたようだが本格的なボディケアが人気を集め、最近では絶え間なく客が訪れているらしい。
「考えるね……」
キースさんはティアナの営業方法に小さく唸る。
「えぇ、これを診療所に応用できないか……と思っていたところですの」
「なるほど。これならば大きな予算オーバーにもならないと思うから伝えてみるよ」
「お願いいたしますわ!」
キースさんの中でティアナに対する認識が少し変わったような手ごたえを感じる。
傍から見れば、ティアナに婚約者を奪われたという経緯を持つグレイスだが、ゲームのプレイヤーである私からすると第二王子はティアナのものという認識の方が強い。その婚約破棄によってキースさんと出会えたわけだから、彼女を恨む気持ちなんて微塵もない。どちらかというと、この村で彼女が居心地の悪い想いをしている方が可哀想でもある。
私にできることは限られているが、どんな形であれ彼女にもまた幸せになってもらいたいのだ。
診療時間が終わり、待合室を掃除していると診察室からキースさんが声をかけてくれた。
「何か問題でもございました?」
カルテの整理を間違えていたのだろうか……と慌てて診察室に向かうと、目に飛び込んできたのは一枚の図面だった。
「診療所を建てようと思っているんだ」
「診療所を?!」
一体、いくらかかるのだろうか……。そしてそんなお金はないはずだが。
「グレイス。お金の心配をしているだろ。顔に書いてあるよ」
そう言われて私は慌てて口元を抑えた。最近、キースさんとの距離が近くなり、ついつい気を抜いてしまうことが増えている。
「村長がね、鍾乳洞の中じゃ手狭だろうからって、温泉宿の側に建ててくださることになったんだ。僕達の部屋も用意してくださるって」
机に広げられた図面には、以前の診療所のように一階は診療所、二階は居住スペースとなっている間取りが展開されていた。ただ以前とは異なり、3LDKと広々としている点に感動する。
「カルの部屋もありますのね!」
既に彼が誕生してから一ヶ月が経とうとしており、彼の見た目は二十歳ぐらいの青年にまで成長している。先週あたりから私と同じ部屋で寝るのは、はばかられキースさんと同じ部屋で寝るようになった。
「カルが独り立ちしたら、客間にしてもいいしね。それで診療所についてなんだけど、何かいい案はあるかい?」
その質問に先日から抱いていた希望を思い出す。
「診察室を三つ作ってはいかがでしょう?」
「み、三つ?」
「えぇ、ベッドと椅子だけの簡易的なものですが、それを三つ作り仕切っておきます。二階の居住スペースがこれだけあるんですから、問題なく作れると思いますわ」
「ベッドと椅子だけなら確かに確保できそうだけど。三つも必要なの?」
私は診察室と書かれたスペースの上を指でなぞるようにして、小さく三つに区切る。
「こうして三つ部屋を作っておくことで、感染症にかかっていらっしゃる患者様を隔離しておくことができますわ」
本当は隔離室を作るのがベストだが、スペース的にも予算的にも難しいに違いない。イスラが受付で簡単に症状を確認してくれるので、病気に関する知識がない私でも感染症の患者さんを見極めて案内することも可能だ。
「院内感染を防げるだけでなく、本当に体調が悪い方など寝て待っていただくこともできましてよ」
「なるほど。俺が出入りすることで、患者さんは動かさずに診察できるわけだね。凄い発想だ!」
「実は、ティアナ様から教えていただきましたの」
「ティアナ嬢から?」
キースさんは途端に怪訝な表情を浮かべる。色々な件があり、彼女に対して決して良い印象を抱いていないのだろう。私と彼女の間にある因縁を知る人物は一様に、ティアナに対して警戒心を抱いている。
ただ彼女にとって救いともいえるのは、この村にいる多くの人間は私達の関係について深く知らないということだ。そのため、いかにもヒロインといったビジュアルと言動に「可愛い新住人」として歓迎されている。彼女が新しい伴侶を見つけるのも時間の問題かもしれない。
「ティアナ様のサロンでは温泉の地熱を利用して体を温めることができるベッドを用意されましたの。一人のお客様をベッドで温めているうちに、もう一人のお客様の施術をする……とされていますのよ」
施術する人はティアナ一人だけだが、この方法を導入したことにより多くの客をさばくことができるらしい。というのも当初は一日に数人来店すればいい……と思っていたようだが本格的なボディケアが人気を集め、最近では絶え間なく客が訪れているらしい。
「考えるね……」
キースさんはティアナの営業方法に小さく唸る。
「えぇ、これを診療所に応用できないか……と思っていたところですの」
「なるほど。これならば大きな予算オーバーにもならないと思うから伝えてみるよ」
「お願いいたしますわ!」
キースさんの中でティアナに対する認識が少し変わったような手ごたえを感じる。
傍から見れば、ティアナに婚約者を奪われたという経緯を持つグレイスだが、ゲームのプレイヤーである私からすると第二王子はティアナのものという認識の方が強い。その婚約破棄によってキースさんと出会えたわけだから、彼女を恨む気持ちなんて微塵もない。どちらかというと、この村で彼女が居心地の悪い想いをしている方が可哀想でもある。
私にできることは限られているが、どんな形であれ彼女にもまた幸せになってもらいたいのだ。
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