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恋に囚われた火竜
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燃えるような赤毛、服の上からでも分かるほどごつごつとした筋肉質な体格……冒険者を見慣れているとは言え、これほど体格がいい男を見るのは初めてといっても過言ではなかった。そんな筋肉の塊のような男は診療所の受付で思いつめた様子で
「グレイス様、お時間をいただけないでしょうか……」
と口にした。その見た目とは似合わず、妙にその口調は柔らかい。
「私にですか?」
「アルフレッド様の件でお話を聞きたいの――じゃなく、伺いたいのですが」
第二王子の名前が出てきて思わず身構える。そんな困惑した雰囲気を読み取ったのか鹿神・イスラは
「受付業務は妾がやっておこうかのぅ。おい、フェンリルお前も一緒に行くがよい」
と受付の隅で静かに座っていたフェンリルにも声をかけてくれた。イスラの言葉にスクリと立ち上がるフェンリルは一瞬にしてこれまでの二倍程の大きさになったように見える。普通の商人や冒険者ならば、その大きさにたじろぐ人が多いのだが、この大男は気にした風もない。
「それでは……酒場に参りましょうか?」
時計は午後三時を回っていた。ランチタイムは終わっているし、酒を飲みに来ている客もごくわずかだろう。第二王子の話をする場所としてはピッタリだ。
「それでアルフレッド様のお話とおっしゃいますと?」
酒場で紅茶を出しながらそう言うと、大男は申し訳なさそうに一礼する。
「仕事中に申し訳ありませんでした。ただ、どうしても確認したくて……」
話せば話すほどその見た目には似つかわしくない繊細な部分があるのが伝わってくる。おそらく私の元に来たのも散々、悩んだ結果なのだろう。
「グレイス様はアルフレッド様と婚約されていたんですよね」
「えぇ、そうですわ。私が生まれた時には婚約の話は持ち上がり、三歳になった時に正式に両家により婚約が取り交わされました」
そこには決して当人たちの恋愛や自由意志などは存在していない。ただそれも又、貴族の務めだと父から教えられてきた。キースさんと出会う前は、それが当たり前だと思っていたし『恋』という感情が存在するのは小説の中だけだとも思っていた。
「なぜ婚約破棄を?」
どこまでこの話をしていいのか……と言葉に迷ったが、私はゆっくりとその経緯を説明する。
「親同士が決めた婚約ということもあり、アルフレッド様に好きな方ができてしまわれましたの」
「好きな方……」
その言葉に大男はゴクリとツバを飲む。
「王が側妃を持たれることが当たり前ですので、私も当初は彼女の存在は仕方ないものだと思っておりました」
言葉を区切り紅茶を一口口にすると、にわかに学園時代のことが思い出されてくる。午後の時間にこうして紅茶を飲みながら、エマらにティアナの愚痴をよくこぼしたものだ。
「ただ相手の方は側妃ではなく、王妃になることを望まれていらっしゃいました。それならば色々お教えしてさしあげねば……と思ったのですが、出すぎた行動だったようですわ」
お妃教育を受けていなかったティアナのために夜会でのルール、振る舞い方を時々注意していたのだが、それが裏目にでてしまったのだ。
「学園を卒業する段になり、殿下から婚約破棄を申し渡されました」
「グレイス様が第一王子様と恋に落ちて、一方的に婚約破棄されたんじゃないんですか?」
大男は少し腰を浮かして身を乗り出さんばかりにそう言う。体が大きすぎるため少しの動きで既に私の顔の直ぐ側まで近づいてくる。床で寝そべりながら待機していたフェンリルが身体を起し警戒した程だ。そんな彼を私は一笑に付す。
「公爵令嬢にそんなことできると思いになりまして?公爵家からそのようなことを致しましたら、反逆罪に問われかねませんわよ」
第一王子と結婚する方が公爵家としては政治的に有利だが、それをしてしまうと現在絶妙なバランスで保たれている前王派と現王派の均衡が壊れてしまう。だからこそ父もキースさんとの婚約も発表するタイミングを伺っているぐらいだ。
「やっぱり……辻褄が合わないわよぉ……」
大男はブツブツと何か考えながら小さく呟く。
「もしよろしければ、事情をよく知る者をお呼びいたしましょうか?数日かかると思いますが、宿もございますのでごゆるりとお過ごしいただけますわよ」
私がそう提案すると、大男は力なく首を横に振り
「また来ます」
と席を立った。
彼を見送りながら温泉宿の出口に立っていると、いつの間にか現れたコロが私の横に立ち不思議そうな表情で私を見上げる。
『誰だあいつ?』
「さぁ……」
なんとなく心当たりは付くが確証はない。
「でも……好きな人の言葉を信じていいのか迷っている……って感じはしたわ」
『なんだそりゃ?』
すっとんきょうな声を上げるコロに、言葉で説明する代わりに北の空の方向を指さす。
「ほら」
私の指の先には大空を舞う火竜の姿があった。
「グレイス様、お時間をいただけないでしょうか……」
と口にした。その見た目とは似合わず、妙にその口調は柔らかい。
「私にですか?」
「アルフレッド様の件でお話を聞きたいの――じゃなく、伺いたいのですが」
第二王子の名前が出てきて思わず身構える。そんな困惑した雰囲気を読み取ったのか鹿神・イスラは
「受付業務は妾がやっておこうかのぅ。おい、フェンリルお前も一緒に行くがよい」
と受付の隅で静かに座っていたフェンリルにも声をかけてくれた。イスラの言葉にスクリと立ち上がるフェンリルは一瞬にしてこれまでの二倍程の大きさになったように見える。普通の商人や冒険者ならば、その大きさにたじろぐ人が多いのだが、この大男は気にした風もない。
「それでは……酒場に参りましょうか?」
時計は午後三時を回っていた。ランチタイムは終わっているし、酒を飲みに来ている客もごくわずかだろう。第二王子の話をする場所としてはピッタリだ。
「それでアルフレッド様のお話とおっしゃいますと?」
酒場で紅茶を出しながらそう言うと、大男は申し訳なさそうに一礼する。
「仕事中に申し訳ありませんでした。ただ、どうしても確認したくて……」
話せば話すほどその見た目には似つかわしくない繊細な部分があるのが伝わってくる。おそらく私の元に来たのも散々、悩んだ結果なのだろう。
「グレイス様はアルフレッド様と婚約されていたんですよね」
「えぇ、そうですわ。私が生まれた時には婚約の話は持ち上がり、三歳になった時に正式に両家により婚約が取り交わされました」
そこには決して当人たちの恋愛や自由意志などは存在していない。ただそれも又、貴族の務めだと父から教えられてきた。キースさんと出会う前は、それが当たり前だと思っていたし『恋』という感情が存在するのは小説の中だけだとも思っていた。
「なぜ婚約破棄を?」
どこまでこの話をしていいのか……と言葉に迷ったが、私はゆっくりとその経緯を説明する。
「親同士が決めた婚約ということもあり、アルフレッド様に好きな方ができてしまわれましたの」
「好きな方……」
その言葉に大男はゴクリとツバを飲む。
「王が側妃を持たれることが当たり前ですので、私も当初は彼女の存在は仕方ないものだと思っておりました」
言葉を区切り紅茶を一口口にすると、にわかに学園時代のことが思い出されてくる。午後の時間にこうして紅茶を飲みながら、エマらにティアナの愚痴をよくこぼしたものだ。
「ただ相手の方は側妃ではなく、王妃になることを望まれていらっしゃいました。それならば色々お教えしてさしあげねば……と思ったのですが、出すぎた行動だったようですわ」
お妃教育を受けていなかったティアナのために夜会でのルール、振る舞い方を時々注意していたのだが、それが裏目にでてしまったのだ。
「学園を卒業する段になり、殿下から婚約破棄を申し渡されました」
「グレイス様が第一王子様と恋に落ちて、一方的に婚約破棄されたんじゃないんですか?」
大男は少し腰を浮かして身を乗り出さんばかりにそう言う。体が大きすぎるため少しの動きで既に私の顔の直ぐ側まで近づいてくる。床で寝そべりながら待機していたフェンリルが身体を起し警戒した程だ。そんな彼を私は一笑に付す。
「公爵令嬢にそんなことできると思いになりまして?公爵家からそのようなことを致しましたら、反逆罪に問われかねませんわよ」
第一王子と結婚する方が公爵家としては政治的に有利だが、それをしてしまうと現在絶妙なバランスで保たれている前王派と現王派の均衡が壊れてしまう。だからこそ父もキースさんとの婚約も発表するタイミングを伺っているぐらいだ。
「やっぱり……辻褄が合わないわよぉ……」
大男はブツブツと何か考えながら小さく呟く。
「もしよろしければ、事情をよく知る者をお呼びいたしましょうか?数日かかると思いますが、宿もございますのでごゆるりとお過ごしいただけますわよ」
私がそう提案すると、大男は力なく首を横に振り
「また来ます」
と席を立った。
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『誰だあいつ?』
「さぁ……」
なんとなく心当たりは付くが確証はない。
「でも……好きな人の言葉を信じていいのか迷っている……って感じはしたわ」
『なんだそりゃ?』
すっとんきょうな声を上げるコロに、言葉で説明する代わりに北の空の方向を指さす。
「ほら」
私の指の先には大空を舞う火竜の姿があった。
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