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鍾乳洞診療所、はじめました

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「神様からしたら……既に夫なんだね」

 イスラの姿が見えなくなって、どれくらいした頃だろう。私の手で包んでいたキースさんの手がピクリと動き、呻くように呟いた。眠っているように見えたが、どうやら私達の会話は聞いていたのだろう。

「そういえば……。私もつられて『夫』と申しておりましたわ」

「早くそうなれるといいね……」

 私は同意する代わりにギュッと彼の手を握り返す。第二王子が失踪してから半年以上が経つが未だに彼の消息は不明だ。せめて生死だけでも分かってくれれば……と思わずにいられない。

「俺も森に診療所を開けたらな……って思っていたんだ」

「本当によろしいんですか?」

 神官学校の窓から見えた貧民街の人々を助けることが彼の目標だったはずだ。

「貧民街はリュカがいれば大丈夫。それより……君と離れることの方が辛い」

「離れるなんて、半日程度ですわ」

「それでも……一緒にいたい」

 キースさんが私を握り返す力は小さかったが、その想いは手のひらからシッカリと伝わってくるようだった。

「もう寝てくださいませ。明日またお話ししましょう」

 私はキースさんの手を布団の中にしまい、なだめるようにポンポンと肩の付近をたたく。魔力を限界まで使ってヘロヘロなのだろう。それだけでキースさんは再び眠りについてしまった。



 次の日鹿神様の存在を説明し、今後診療所を開くことは可能か村長に確認したところ、涙を流して喜ばれた。

「獣人は強靭な肉体を持ちますが、それでも医療が充実していないため平均寿命が本当に低いんです」

 確かに『村長』といわれている彼もまた五十代半ばといったところだろう。飼い猫の寿命が十五歳前後なのに対して、野良猫の平均寿命が三~五歳と圧倒的に低くなるのと原理は似ているのかもしれない。

 村長の一声もあり、直ぐに鍾乳洞の中で一番広い部屋が私たちの診療所としてあてがわれた。パウル達の部屋と同じレベルを想像していたが、診療所だけでも二十畳はある。

「直ぐに診療所を建設いたしますので、もうしばらくお待ちいただけないでしょうか……」

 これまでの経験からすると彼らの「直ぐに」は、おそらく一ヶ月も時間を要さないだろう。これだけ行動力があるならば、もっと早く医者を呼び込めたのではないか……と思うが、獣人を相手にする医者がいなかったらしい。

 獣人の医者にするべくお金を集めて神官学校へ進学しようと試みたこともあったようだが、パウル達のように試験を受ける前に門前払いとなったのだとか。王城の中心で生活していた時は、獣人に対する差別意識を感じたことがなかったが、時々こうして厳しい現実に直面させられる。

「貧民街よりも問題は多そうですね」

 私のため息交じりの言葉にキースさんはにっこりと品の良い笑顔を見せる。

「やっぱりここに来て正解だ」

 ひんやりとした鍾乳洞の中で開業した診療所の中には、様々な問題が山積みになっている。だがその一方、私の手を取り笑顔を見せてくれるキースさんが居てくれれば、新たな挑戦として楽しめそうな気がしてきた。
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