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医者の婚約者の初めての医療請求
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「グレイスさん……調子のいいことだとは分かってんだけど、今日は払わせてもらえないかね?」
キースさんの診療が終わると多くの患者は受付にいる私に挨拶して帰っていくのだが、その日、貧民街に住む三児の母親・コニーがそう申し出てくれた。
「おいくらになるのかい?」
「えっと……銀貨三枚になります」
長らく診察代を請求するというシーンがなかったこともあり、私は慌てて書類を確認する。本来ならば金貨一枚(1万円)だが、勝手に保険を適用させ三割負担の金額を請求した。ぎりぎりキースさんの回復魔法薬が一本買えるという値段だが、これで赤字にはならなくて済む。
「あぁ――やっと払えた」
三枚の銀貨を並べて、彼女は誰に言うわけでもなくそう呟いた。
「ずっとね、払いたかったんだよ。先生やグレイスさんにはお世話になっているだろ?でも仕事も収入もないから払えなくて……」
確かコニーは半年前からフローラルウォーターのラインで働いている。時給銅貨八枚(八百円)。一日八時間労働の二十日勤務。月収は金貨十二枚弱……。決して多くないがその中から彼女は銀貨三枚を払ってくれたのだ。
これまで渡された硬貨の中で一番重い気がした。
「これまで本当にありがとうね……」
工場内でも気が強いことで知られているコニー。他の従業員にあれやこれや指示を出してくれて、プチリーダーのような存在になっている彼女が、あられもなく涙を流していた。
「先生が来る前はね……何人も子供を風邪で亡くしているんだ。ほら、私達バカだろ?なんで熱が出ているのか全く分からないんだよ。だからどうしたらいいのかも分からなくて、かといって金がないから医者なんて呼べるわけも診療所に行けるワケもないだろ。次の朝には息を引き取っていた、なんてココらじゃ、ざらでさ」
この診療所以外の場合、回復魔法をかけなくても診察代が発生する。そしてもし重大な病気だったとしても、それを治すための回復魔法をかけてもらうと膨大な費用が発生する。どちらにしても彼女達は診療所に駆け込むことはできなかったのだろう。
「子供は沢山いるけど、だけど全員大切な子供でね……。葬儀もしてやれなくて、申し訳なくて申し訳なくて」
この世界では一般的に土葬が行われるが、墓地にお金を払うことができない貧民街の人間は、死体を広場で焼くのが恒例となっている。最近はあまり見ていないが、キースさんいわく、ここに来た当初は毎日のように広場から大きな煙が上がっていたという。
「私達に仕事をくれて、本当にありがとうね……」
コニーは涙を流しながら、私の手を取る。その涙に彼女達を救う術は、「ただ与える」ということだけではないのかもしれないということに気付かされた。普通の病院からしたら当たり前以下のことかもしれないが、その出来事が診療所の希望の光にも見えた。
時にはいいことが続くもので、次の週にはある男性が診療所を訪れた。
「神官学校時代の後輩で、リュカだよ」
そう言って紹介された男性は、決してイケメンではないが真面目そうで穏やかな表情を浮かべる男性だった。現代の日本ならば「小児科の優しい先生」という表現がピッタリの雰囲気の男性だ。
「最近、グレイスも森の温泉の方で忙しいだろ?ここでの話をしたら、ぜひ手伝いたいって言ってくれてさ」
確かに診療所の経営は改善しようとしているが、人を雇う程の余裕はないはずだ……。そんな私の気持ちを察したのかキースさんは「大丈夫大丈夫」と笑顔を見せた。
「ゴドウィン公爵の往診を半分、リュカにお願いすることにしたんだ。だから大丈夫」
「なるほど!それでしたら大丈夫でございますわね」
「これで心置きなく森の温泉事業を手伝いに行けるよ」
何時も森へ行く時は笑顔で「行っておいで」「診療所は大丈夫だから」と言ってくれていたキースさんだが、やはり何だかんだ言って一人で診療所をやりくりするのは大変だったのだろう。申し訳なさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
キースさんの診療が終わると多くの患者は受付にいる私に挨拶して帰っていくのだが、その日、貧民街に住む三児の母親・コニーがそう申し出てくれた。
「おいくらになるのかい?」
「えっと……銀貨三枚になります」
長らく診察代を請求するというシーンがなかったこともあり、私は慌てて書類を確認する。本来ならば金貨一枚(1万円)だが、勝手に保険を適用させ三割負担の金額を請求した。ぎりぎりキースさんの回復魔法薬が一本買えるという値段だが、これで赤字にはならなくて済む。
「あぁ――やっと払えた」
三枚の銀貨を並べて、彼女は誰に言うわけでもなくそう呟いた。
「ずっとね、払いたかったんだよ。先生やグレイスさんにはお世話になっているだろ?でも仕事も収入もないから払えなくて……」
確かコニーは半年前からフローラルウォーターのラインで働いている。時給銅貨八枚(八百円)。一日八時間労働の二十日勤務。月収は金貨十二枚弱……。決して多くないがその中から彼女は銀貨三枚を払ってくれたのだ。
これまで渡された硬貨の中で一番重い気がした。
「これまで本当にありがとうね……」
工場内でも気が強いことで知られているコニー。他の従業員にあれやこれや指示を出してくれて、プチリーダーのような存在になっている彼女が、あられもなく涙を流していた。
「先生が来る前はね……何人も子供を風邪で亡くしているんだ。ほら、私達バカだろ?なんで熱が出ているのか全く分からないんだよ。だからどうしたらいいのかも分からなくて、かといって金がないから医者なんて呼べるわけも診療所に行けるワケもないだろ。次の朝には息を引き取っていた、なんてココらじゃ、ざらでさ」
この診療所以外の場合、回復魔法をかけなくても診察代が発生する。そしてもし重大な病気だったとしても、それを治すための回復魔法をかけてもらうと膨大な費用が発生する。どちらにしても彼女達は診療所に駆け込むことはできなかったのだろう。
「子供は沢山いるけど、だけど全員大切な子供でね……。葬儀もしてやれなくて、申し訳なくて申し訳なくて」
この世界では一般的に土葬が行われるが、墓地にお金を払うことができない貧民街の人間は、死体を広場で焼くのが恒例となっている。最近はあまり見ていないが、キースさんいわく、ここに来た当初は毎日のように広場から大きな煙が上がっていたという。
「私達に仕事をくれて、本当にありがとうね……」
コニーは涙を流しながら、私の手を取る。その涙に彼女達を救う術は、「ただ与える」ということだけではないのかもしれないということに気付かされた。普通の病院からしたら当たり前以下のことかもしれないが、その出来事が診療所の希望の光にも見えた。
時にはいいことが続くもので、次の週にはある男性が診療所を訪れた。
「神官学校時代の後輩で、リュカだよ」
そう言って紹介された男性は、決してイケメンではないが真面目そうで穏やかな表情を浮かべる男性だった。現代の日本ならば「小児科の優しい先生」という表現がピッタリの雰囲気の男性だ。
「最近、グレイスも森の温泉の方で忙しいだろ?ここでの話をしたら、ぜひ手伝いたいって言ってくれてさ」
確かに診療所の経営は改善しようとしているが、人を雇う程の余裕はないはずだ……。そんな私の気持ちを察したのかキースさんは「大丈夫大丈夫」と笑顔を見せた。
「ゴドウィン公爵の往診を半分、リュカにお願いすることにしたんだ。だから大丈夫」
「なるほど!それでしたら大丈夫でございますわね」
「これで心置きなく森の温泉事業を手伝いに行けるよ」
何時も森へ行く時は笑顔で「行っておいで」「診療所は大丈夫だから」と言ってくれていたキースさんだが、やはり何だかんだ言って一人で診療所をやりくりするのは大変だったのだろう。申し訳なさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
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