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初恋のお値段

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「私達を身請けしたい?」

 娼館でディランがその話を二人に提案すると、目玉が飛び出んばかりの勢いで二人は叫んだ。

「ちょっと……あんた、グレイスさんにフラれたからって自暴自棄になってやしないかい?」

 レオ姉に訝し気に睨まれ、ディランは顔を真っ赤にする。一緒にいた私まで何故か耳まで赤くなるのを感じるがディランのために素知らぬフリを決め込む。

「な、なんで俺がフラれたことになってんだよ!」

「パウラが言ってたよ。グレイスさんに振られて泣いていたって」

「泣いてないって!!」

 顔を真っ赤にしてディランが否定をすると、レオ姉達は楽しそうにケタケタと笑った。

「やっぱり振られてんじゃん」

 そう言われてようやくカマをかけられたことに気付いたディランは、「くそが……」と小さく悪態をつく。

「で、あんたの愛人にしてくれるって言うのかい?」

「誰がお前達なんかを愛人にするか。森の奥で先月温泉宿を開店したんだが、そこで働いて欲しい」

「泊まりの客を相手にするのかい?」

 リタ姉は冷めたような目つきで私達を見下ろす。確かにそれでは働く内容は変わらないだけでなく、家族とも離れなければいけない。彼女達にとってメリットが少なすぎるだろう。ディランは完全に冷静さを取り戻し「ちがうちがう」と軽く手を横に振る。

「そう言ったサービスは絶対に提供したくないんです」

 私はディランの代わりに思わず叫んでいた。その言葉に二人は初めて話を聞こう、という姿勢になったのか姿勢を正す。

「温泉宿を開いたが、どうにも客が来ねぇ。で集客と金を落としてもらうために酒場を開きたいんだが、そこで責任者として働く人材を探していてな……。グレイスがどうしてもお前達にって言うから来たんだよ」

 二人は洗練された――というわけではないが、貧民街の普通の女性と比べるとやはり華がある。早朝、客を見送る二人の姿を見ることも時々あったが、その艶やかな視線、所作はそれが仕事であると分かっていても客の心を掴んでいるのが伝わってくる。

「なるほどね。酒場か――悪くないね」

 リタ姉の表情はかなり明るくなった。

「でも、あたし達、借金がかなりあると思うんだけど――」

 リタ姉に対し、レオ姉は困ったような表情を浮かべそう言った。身請けするためには利子も含めた彼女達の借金を返済しなければいけない。この借金は彼女達が最初に売られた時の金額に日々の衣食住にかかる費用が足され、そこから売り上げが引かれた金額になる。

「二人で金貨二百五十枚ってとこだね。まぁ、二人まとめてってことなら、二百枚にさせていただきますよ」

 タイミングよく娼館の女将さんが帳簿を持って現れた。

「あたしらもグレイスさんの役には立ちたいけどさ、そんな大金払ってもらって返せるあてはないよ?」

 レオ姉の言葉をディランは笑顔で否定した。

「大丈夫大丈夫。今回はすげースポンサーが付いてるからよ」

 どうやら二ヶ月前、森の主からもらった資本金がまだ手元にあるようだ。温泉施設を建造しても、なお残る資金……さすが森の主だ。

「本当かい?それじゃ――」

「ダメだ!!」

 ディランが金貨が入った袋を女将に渡そうとした瞬間、その声が部屋に響いた。

「俺、俺が払う!!」

 必死の形相でお金を握りしめながら、店の入り口に立っていたのは工場長のリタ兄だった。

「マーゴは誰にも渡さない」

「ちょっと……あんた、なんで?」

 レオ姉は、驚いたような表情でリタ兄に駆け寄る。

「身請けされるって聞いたんだ。だから金をかき集めてきた。足りないかもしれない。それでも俺が払う」

 工場長は持っていたお金を全て押し付けるようにして女将に渡す。

「ごめん……遅くなって」

 そう言ってリタ兄はレオ姉を抱きしめた。私が知らないうちにラブロマンスが誕生していたことに驚かされる。

「まぁ、うちは誰が払ってくれてもいいんですがね?先に話を持ってきてくださったのは、ディラン様ですから」

 そんな女将があきれ返ったようにそう言いながら。私達を指した。

「え……ディランさん?てっきりグレイスさんのことが……いつの間に?」

 工場長は呆けたような顔でディランと私を交互に見つめる。ディランの想いに気付いていなかったのは私だけなのだろうか。

「だから、ちげぇって。森の酒場で働いてもらいたいだけなんだよ」

 明らかに苛立った様子でディランが否定をすると工場長は、ヘタヘタとその場に座り込んだ。

「え……じゃあ、俺……」

「本当にあんたってバカだね……。身体が弱いくせに冒険者になって稼ぐから待っていて……って出て行ったくせに返ってきたら無一文で腰まで悪くして……」

 笑いながらそう語るレオ姉の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。

「本当に馬鹿だよ。こんなあたしのために……」

 最後には次から次に零れ落ちる涙を両手で拭きながら、リタ兄の胸に顔を埋めていた。そんな彼女をリタ兄はおそるおそるといった様子で抱きしめる。決して若々しい二人ではないし、純情な関係というわけでもなさそうだが、『初恋』という言葉がピッタリだった。

「で、どうすんだい!!」

 ウットリとするリタ姉と私とは違い、苛立った様子で女将が叫んだ。おそらく彼女を苛立たせる何かが二人にはあるらしい。
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