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『医者の嫁』ライフ満喫計画が進捗しない理由

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『そういえば、お前はまだ結婚しないのな。パウル達が結婚式に参列できるか気にしていたぞ』

 鬱蒼とした森の中を歩いているとコロは思い出したようにそう言い、私は小さくため息をつく。

「そうだね。まだ結婚していないよ」

 半年前、私は確かにキースさんにプロポーズされたのだが、結婚には至っていない。あの事件直後、久々に実家に帰りキースさんとの仲を父にも報告したが、意外な反応が返ってきた。

「あぁ……オースティン様……」

 父は今にも泣きそうな表情を浮かべて、キースさんに恨み節を言った。てっきり『でかした!』とばかりに喜ぶと思っていただけにビックリさせられる。キースさんを見ると、やはり申し訳ない……といった表情を浮かべていた。

「お父様、キース様と結婚しろとおっしゃったじゃありませんの」

 キースさんを庇うように必死で反論すると、父は頭が痛いと言わんばかりに眉間に手を当てて唸った。

「お前は、その『キース様』が第一王子のオースティン殿下と分かって言っているのか?」

 私は自信満々に頷く。最初はにわかに信じられない事実だったが、元王子であるディランらがキース様を『兄』と認定しているので事実なのだろう。

「エマの話ではお父様は、私とキース様が結婚するように画策されていると聞きましたわ」

「それはあくまでも噂話だ。もし本当に私が殿下とお前の結婚を進めたら一大事になるだろ……」

 確かに私と第一王子の結婚を父が認めるということは、第一王子の即位を後押しすることと同義になる。だからこそ元々私は第二王子と婚約していたのだ。

「あぁ……傷心の娘を預かっていただける……と思っていたのに……。どうしてこんなことに……」

「キース様は悪くありませんわ。私が一方的に押しかけただけで――」

 再び恨み節を口にし始めた父に反論しようとするとする私を、キースさんはそっと抱き寄せ止めるように静かに首を横に振った。

「ゴドウィン公爵様。このようなことになってしまい大変申し訳ございません。ただ私は王になりたいわけではなく、このまま下町の医者として働きたいだけでございます。アルフレッド様が戻ってきましたら喜んで王位継承権を放棄いたします」

「そんな貧乏診療所に私の娘を嫁にやれ……とおっしゃるのですか」

「確かに経営は上手くいっておりませんでしたが、グレイス様のお力添えにより貧民街自体が活気を取り戻しております」

 キースさんの主張に少し父の表情は柔らかくなるが、それでも相変わらず困った表情を浮かべていることには変わりない。

「今、アルフレッド様が火竜に拉致された件で殿下の公務復帰を望む声が増えております……」

 現在、国の最高権力者は国王だが、法律や政治の方針を決める際は貴族らが集まり議会で決定される。火竜が王城を襲ったという事件も議会で話題になったようだが、アルフレッドの蛮行は、ギルドマスターのフレデリックにより

「ギルドが討伐中の火竜が逃げ出してしまい王城へ侵略してきた」
「その火竜を撃退しようとした第二王子だが、火竜によって拉致されてしまった」

とかなり脚色されて議会に報告されたらしい。

  勿論、国王や父など一部の人間には真実を話しているようだが、王子奪還をギルドが請け負うという条件の元に王族にとって不都合な事実は公開されなかったという。勿論、法外な報酬が約束されたことは言うまでもない。

「そんな状況下で殿下とグレイスの婚約が公になっては……。内戦が起こるやもしれません」

「ですが私はキース様以外の方とは結婚などしたくはございませんわ」

「あぁ――。本気なのか――」

 私の必死の主張に父は大きくため息をつく。

「私が殿下の元にグレイスを預けたのが、そもそもの間違いでした」

 まるでキースさんのせい、と言いたげな父の口調は不本意だが、諦め始めているのは伝わってくる。

「それでは殿下とグレイスの婚約を発表するのは、アルフレッド様の消息が判明するまでもうしばらくお待ちいただけないでしょうか」

「ありがとうございます。お父様!」

「お手数をおかけし大変申し訳ございません」

 喜々として喜ぶ私の横で、平身低頭して許しをこうキース様の姿があった。



 それから半年以上が経つが、依然としてアルフレッドの消息は判明していない。フレデリックを筆頭にギルドが総力を挙げて火竜の巣に行ったようだが、そこにはアルフレッドだけでなく火竜の姿もないという。第二王子という立場上、『死んだかもしれない』と断定することはできず、フレデリックらは北の湿地を中心に火竜とアルフレッドを探し続けている。

「でも工場のみんなも結婚式に招待するから安心してって伝えてね」

『それはお前が自分の口で言ってやれ』

 コロは、ほら、と言って森の先を鼻先で指し示す。そこには両手を振って私の来訪を喜んでいるパウル達の姿があった。
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