愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

第三章 建国の女神様

（５１）逆転の一手

死神が再び復活し、その禍々しい姿が現れた瞬間、アルマは静かに胸の奥で呟いた。

（もう迷っている暇はない…切り札を使うしかない…）

その思考は冷静そのものでありながら、内に秘めた強い決意が彼女の瞳に宿っていた。死神は光属性でしか討てない。アルマが今発動しようとしている魔力昇華《マジックシフト》は、光と闇の力を融合させる技で、死神を完全に仕留めることはできない。それでも、一瞬の隙を作り、次に繋げられる可能性がある。この戦局で、攻め続けなければ確実に悪化するという現実が、彼女を突き動かした。

覚悟を決めたアルマは、カーライルへの信頼を胸に抱く。

（たとえ私がここで倒れても、彼ならきっと…）

その思いが彼女を奮い立たせた。長く息を吐き、決意を固めると、アルマは杖を静かにポケットへ収め、胸元のペンダントを力強く握りしめた。その冷たくも温かさを感じさせる感触が、彼女の信念をさらに確かなものに変えた。

（私は一人じゃない。大丈夫…必ずやり遂げる…）

そう自らに言い聞かせ、アルマは目を閉じ、両手を広げた。その瞬間、光と闇、二つの相反する力が彼女の周囲に呼び寄せられ、激しい渦を巻き始めた。

左手には神々しいほどのまばゆい光のマナが集まり、右手には深淵を思わせる漆黒の闇のマナが蠢く。二つの力はせめぎ合いながら彼女の中心で衝突し、その衝撃波が戦場全体に放たれる。

「この力で…終わらせる！」

アルマの声は鋭い決意を帯び、戦場に響き渡った。その言葉と共に光と闇のマナが嵐のように巻き上がり、凄まじい圧力が場を支配する。

魔力昇華《マジックシフト》は、光と闇をぶつけ合い、その爆発的エネルギーを制御して叩きつける技だ。その過程で彼女の銀色の髪は輝きを増し、瞳は深紅に染まり、戦士の姿を顕現させた。命を燃やす覚悟が、彼女の全身から放たれていた。

だがその刹那、デスサイズの冷酷な眼差しがアルマに向けられた。漆黒の瞳に凶悪な光が宿り、体から凶暴な闇の波動が放たれた。闇のマナが生き物のように動き、アルマの右手から闇の力を次々に奪い去る。

「闇のマナが…奪われてる…！」

驚愕と焦燥が入り混じる声を上げ、アルマは必死に抵抗した。しかしデスサイズの力は圧倒的だった。右手に集めた闇のマナは無惨にも吸い取られ、均衡を崩した術式は音を立てて壊れていく。

「こんな…！」

絶望が胸を締め付け、アルマは震える声で呟いた。全てを賭けた切り札が崩れ去り、放たれるはずだった一撃は虚空に消えた。残された光のマナも弱まり、彼女の視界には深い暗黒が広がった。

デスサイズは冷酷な笑みを浮かべ、ゆっくりとアルマを見下ろした。その威圧感が全てを支配し、アルマの戦意を砕こうとしているかのようだった。膝をつき、戦場に崩れ落ちた彼女の手の中には、かすかな光のマナが残るのみ。それはまるで風前の灯火のように頼りなく揺らめいていた。

「これじゃ…何もできない…」

掠れた声が戦場にかすかに響く。膝をつき疲弊したその姿は、絶望に押しつぶされそうだった。それでも彼女の瞳にはわずかながら戦意が宿っている。

「でも…終わらせるわけにはいかない！」

アルマは震える体を奮い立たせ、必死に立ち上がった。左手に残る光のマナが、彼女の意志に応えるように淡く輝き、その小さな光が再び燃え上がる決意の象徴となる。

その時、デスサイズがゆっくりと動き出した。吸収した闇のマナを全身に纏い、それを戦場全体に広げる。黒い瘴気は生き物のようにうねりながら広がり、戦場をじわじわと侵食していく。その瘴気は空気を重くし、生気を奪い、息苦しさを極限まで増していく。まるで街全体が死神の支配に飲み込まれ、静かに滅びへ向かうかのような光景だった。

「くっ…！」

ロクスは胸を押さえ、鋭い痛みに顔を歪めた。瘴気が体内に侵入し、全身を蝕む感覚が広がる。視界が霞み、体は鉛のように重く、思うように動かない。それでも彼は剣にわずかなマナを込め、瘴気を振り払おうとしながら崩れそうになる体勢を懸命に保つ。その胸の奥には、どれほど絶望的な状況でも諦めないという鋼の意志が燃えていた。

一方、カーライルは状況を素早く見極め、瘴気の届かない高所へと駆け上がった。崩れかけた建物の屋根に身を潜め、鋭い眼差しでデスサイズの動きを見据える。その瞳には、どれほど厳しい状況でも冷静さを失わず、次の一手を模索する鋭い判断力が宿っていた。

アルマは左手に残る光のマナを掲げ、闇に覆われた戦場を見渡す。その時、瘴気が一瞬薄れた隙間に、瓦礫の下で微かに輝くものが目に入った。それは、かつて王家の威光を背負い、死霊の軍勢に立ち向かった魔導騎兵の残骸だった。

（シオン殿下…あなたも共に戦ってくださっているのですね…）

胸の内でそっと呟くと、アルマは遠くにある崩れた鎧へと視線を定めた。その装甲の奥深くに刻まれたひび割れから、微かに漏れ出す純粋な光が視界の端に映り込んでいる。それは透き通るほど澄み切った輝きで、瘴気に覆われた戦場の中でなおも静かに放たれ、闇を切り裂いて希望の灯火を掲げる一筋の星のようだった。その光源には、輝くクリスタルの一端が見え隠れしている。

「あれは…人工魔石…！」

アルマは息を飲み、胸元のペンダントにそっと手を当てた。その冷たい感触が、彼女の中に新たな希望を呼び起こす。

（もし、あの人工魔石にマナが残っているなら…死神を討つための上級魔法を放てる…！）

その閃きが彼女の胸中に新たな光をもたらした。限界を迎えつつある体力とわずかに残ったマナの中で、アルマは遠くに輝くその光を見据え、再び戦う決意を固める。

その輝きは闇を切り裂き、運命の歯車を再び動かし始めた。アルマの瞳には力強い光が宿り、彼女の中で再び戦場に立ち向かう覚悟が燃え上がっていた。