愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

第三章 建国の女神様

（５０）死の超越

「くそっ…ヤツの視線に捕まれば、一瞬で吹き飛ばされる！」

カーライルの低く響く声が、戦場の緊張をさらに増幅させた。その警告に、アルマとロクスの背筋に冷たい危機感が走る。デスサイズの鋭い眼光はまるで意思を持つかのように三人を追い続け、その視線が大地をかすめるたび、爆音と共に深いクレーターが戦場を刻む。瓦礫が飛び散り、逃げ場が次々と奪われていく。

「このままじゃ、いずれ追い詰められる…！」
カーライルは鋭い眼差しで周囲を見渡し、瞬時に状況を分析した。そして迷いのない声で指示を飛ばす。

「嬢ちゃん、ヤツを封じ込めるんだ。得意の光魔法でどうにかやれるか！」

「わかったわ！」
アルマは力強く頷き、杖を握り直して詠唱の準備を始めた。その瞳には強い決意が宿り、全身からマナを引き出していく。

カーライルは次にロクスへ視線を向ける。「ロクス、視界を遮れるか！」

ロクスは静かな笑みを浮かべながら、確信を込めて応じた。「言われなくても、任せておけ！」

彼は剣を地面に突き立て、体内から溢れ出るマナを通じて大地に力を注ぎ込んだ。その瞬間、大地が激しく震え、石畳が爆ぜるように飛び散る。

「土爆閃《アースバースト》！」

ロクスの叫びと共に戦場を覆う濃厚な砂煙が立ち上り、視界を完全に遮る煙幕が広がった。デスサイズの眼光はその煙幕によって一時的に遮られ、三人を追い詰めていた冷酷な圧力がわずかに和らぐ。

「今だ、散会しろ！」
カーライルの号令で、三人は素早く行動を開始する。それぞれ崩れかけた建物や瓦礫の影に身を潜め、次の一手を狙う緊張感が漂った。

アルマは即座に光魔法の詠唱に集中した。杖を高く掲げ、静かでありながら力強い声で唱える。

「輝ける聖光よ、我が声に応え、此処に降り注ぎ守護の壁となれ！聖光壁《ホーリーウォール》！」

その言葉と共に膨大なマナが杖へと流れ込み、純白の光が放たれる。光は四方八方に広がり、デスサイズを取り囲むように巨大な八面体の障壁を形成した。透明でありながら輝くその壁は、デスサイズを閉じ込め、戦場に一瞬の安堵をもたらした。

だが、光の障壁に囚われたデスサイズは冷ややかな笑みを浮かべ、漆黒の鎌をゆっくりと振り上げる。その動きには迷いも焦りもなく、その瞳には決して屈しない冷酷な意思が宿っている。

「キィィ…！」

鋭い音を放ちながら、大鎌が障壁を襲う。衝撃波が光の壁にぶつかり、強靭だったはずの障壁に無数のひび割れが生じ始める。ひびは次第に広がり、壁の輝きが弱まりながら崩れていく。

その瞬間を見逃さなかったのは、カーライルだった。崩れかけた建物を力強く駆け上がり、瓦礫を蹴散らしながら屋上へ到達するまでの動きは、まさに疾風の如し。鋭い視線でデスサイズの頭上を捉えたその瞳には、不屈の決意と揺るぎない覚悟が燃え上がっていた。双剣をしっかりと握り締め、彼は全力を次の一撃に賭ける準備を整えていた。

「悪いがな、死神に跪く趣味はねぇ！」

鋭い声が戦場に響き渡った瞬間、カーライルは屋根から力強く飛び降りた。双剣を閃光の如く一閃させ、その刃はまばゆい光を纏いながらデスサイズの巨体へ一直線に迫る。その斬撃の軌道は、まるで天が下す裁きそのもののように鋭く正確であり、その圧倒的な速さは逃れることのできない宿命の刃となった。

しかし、デスサイズもただ黙ってそれを受け入れるつもりはなかった。即座に反応した死神は、漆黒の大鎌を高々と掲げ、死神の威厳そのものといえる防御の構えを取る。迫り来る双剣の光と漆黒の刃が空中で激しく交錯した。

ガギィィィン…！

激しい衝撃音が戦場に轟き渡る。
二つの圧倒的な力が激突し、散った火花が戦場を一瞬だけ白熱させた。その刹那、デスサイズの巨体がわずかに押し下げられ、重力に引かれるようにバランスを崩し始める。カーライルの斬撃がその巨体を揺さぶり、轟音と共にデスサイズは地面へと叩きつけられた。

その地に堕ちた死神を捉えたのはロクスだった。

「今こそ好機！風刃閃《エアブレード》！」

ロクスの叫びと同時に剣から解き放たれた風の刃が、戦場を切り裂くように疾走した。その刃はただの風ではなく、嵐の中心から放たれたかのような破壊力を孕み、空気を裂きながら周囲の空間すらも揺るがす鋭さを帯びていた。

刃は一瞬でデスサイズの漆黒の体を貫き、音もなくその巨体を切り裂いた。轟音が戦場を包み込み、デスサイズの巨体は崩れ落ちるように地面へ沈み込んだ。鈍い音と共に漆黒の大鎌が地に落ち、その瞬間、死神の威圧感が途絶えたことで戦場の空気がわずかに和らいだ。闇の重圧から解放されたかのように、周囲にはかすかな安堵が広がる。

「やったか…」
荒い息をつきながら、カーライルが低く呟いた。その声には、かすかではあるが勝利への希望が滲んでいた。

その言葉に反応するように、戦場にいた者たちも一瞬だけ安堵の息を漏らす。緊張に張り詰めていた心がようやく平静を取り戻しかけた──だが、それも束の間だった。

沈黙を破るように、地に沈んでいたデスサイズの巨体が、不気味な軋み音を立てながらゆっくりと動き出す。倒れていたはずの漆黒の大鎌が、意志を持つかのように宙に浮かび上がった。その動きはまるで主の意志を代弁しているかのようで、鎌は主の手元へ戻ると、刃から冷たく不吉な輝きを放ち始めた。

デスサイズの巨体が再び立ち上がるにつれて、戦場の空気は再び不気味な緊張感に包まれた。闇を纏ったその姿は、立ち上がるだけで場の空気を支配し、見る者すべてを圧倒する威圧感を放っていた。

「まだ…終わってない…！」
カーライルの鋭い警告が戦場に響き渡る。その言葉が終わる前に、デスサイズは完全に巨体を起こし、その蒼い炎はさらに激しさを増して燃え上がった。その炎は、まるで周囲のすべてを焼き尽くすかのような猛々しさで戦場を照らし、冷たく不気味な威圧を伴って空気を重くした。

「そうか…そういうことか…！」
カーライルはデスサイズの動きを見て、歯を食いしばりながら双剣を握り直す。

「ヤツは闇属性の極み…光属性で仕留めない限り、何度でも蘇る…！」

その言葉には、単なる気づきではなく、絶望に屈することなく戦い抜こうとする覚悟が込められていた。その燃え盛る闘志は、カーライルの表情に鮮明に刻まれ、たとえ状況がどれだけ厳しくとも、この戦いを終わらせるという決意が彼の全身を支配していた。