愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

第三章 建国の女神様

（２２）謁見への準備

冒険者酒場での飲み比べが終わり、しばらく時が流れた頃、フィオラの頬にはほんのりと赤みが差し、彼女の視線は虚ろに漂っていた。先ほどの闇酒の飲み比べで高ぶった勢いのまま杯を重ねたせいか、酔いが全身にじわじわと広がり、意識は霞みがかっている。瞼は重たげに垂れ、夢見るようなぼんやりとした瞳で、どこか遠くを見つめながら囁くように言葉を漏らした。

「あたし…もしうさぎになれたら…王子もきっと、ふわふわのにゃんこになってくれるのよ…ぴょんぴょん跳ねて、にゃんにゃん…」

その曖昧で途切れ途切れの言葉に、カーライルは呆れたように肩をすくめた。「フィオラが本気で飲み比べに挑むとこうなるのか。すごい集中力だと思ったが、これがその反動か？」

アルマは口元にかすかな笑みを浮かべながらも、すぐに引き締めた表情を取り戻した。彼女の心はすでに明日のことへ向かっている。間もなく迎える建国祭の夜、そして控える第三王子との重要な謁見。王城への道には厳重な守護が敷かれ、招待状を持たない者が近づくことすら難しいだろう。その緊張感を胸に抱えながら、彼女の瞳は隣で酔いに身を委ねるフィオラを余所に、遠く王城の方向を見据えていた。

「カーライル、明日は…」アルマが低く静かな声で言い始めると、カーライルもすぐにその意図を察し、鋭い眼差しを彼女に向けた。

「分かってる。慎重に進めるべきだ。俺たちが知っている情報をうかつに漏らすわけにはいかない。」カーライルの冷静な声には、経験に裏打ちされた落ち着きがあった。

アルマは深く頷き、さらに言葉を継いだ。「エデルハイトの件については…監査官の時の失敗を繰り返さないようにしないと。王妃が都市の消滅に関与していることを、第三王子がどこまで知っているのかも分からないし。」

その言葉に、カーライルは目を細めながら答えた。「王都に連行された監査官が何を話したのか、現時点では不明だ。こちらから波風を立てるのは得策じゃない。まずは相手の出方を見極めることだな。」

カーライルの冷静な助言に、アルマの表情には一瞬の安堵が浮かんだが、その瞳の奥にはまだ緊張の影が宿っていた。「それと…ダンジョンのコアと第三王子が同期していた件についても、触れるべきではないのね？」

「そうだ。それを知っていることを気取られたら面倒なことになる。」カーライルはさらに声を落として続けた。「何か問いがあれば、先日の儀礼について軽く答える程度に留めろ。これ以上、相手の計画に巻き込まれるのは避けたい。」

アルマはその言葉を胸に刻み、静かに息を吸い込んだ。「分かった。慎重に進めるわ。」その声には、冷静さと覚悟がにじんでいた。

そんな緊迫した空気の中、フィオラは愛おしそうにボトルを抱きしめ、微笑みを浮かべながら眠りに落ちていた。無邪気なその姿は、まるで子供が大切なおもちゃを手放さないかのようで、酔いの余韻に包まれた彼女の穏やかな表情が場の張り詰めた空気をほんの少し和らげていた。

カーライルはフィオラの寝顔にちらりと視線を送り、軽く苦笑を漏らした。「彼女のこの無防備さには救われるな。」

アルマもその言葉に微笑を返し、フィオラの髪をそっと撫でながら呟いた。「彼女の明るさがなかったら、ここまでやってこれなかったかもね。」

夜の静寂が次第に深まる中、それぞれが胸に秘めた思いを抱えながら、三人の時間はゆっくりと流れていった。明日訪れる試練の重みを噛み締めながら、彼らはそれぞれの覚悟を胸に、静かな夜を迎えた。