上 下
78 / 123
第三章 建国の女神様

(20)刺激の一杯

しおりを挟む
三人は酒場の喧騒の中に溶け込むように奥の席に腰を下ろした。木製の椅子が軽く軋む音が、店内の活気と混ざり合い、この場所が長い歴史を持つことを物語っていた。周囲からは冒険者たちの会話が絶え間なく飛び交い、その内容は過酷さと謎に満ちていた。

「さすが王都の中級ダンジョン、手強いぜ…」
「奥には死神《デスサイズ》が出るって話だ。光属性の魔法がなきゃ詰むぞ」
「また魔石盗難が起きたらしいな」
「月環の湖近くの幻影の森、あそこに入った奴らはまだ戻ってないってさ…」

重厚な声が行き交い、ジョッキがぶつかる音や酒が注がれる音が交錯する。その一つ一つが、冒険者たちが抱える生々しい戦場の空気を感じさせた。アルマは静かにその声に耳を傾け、目を閉じて深く思案するような表情を浮かべる。「王都のダンジョンには死霊系が多いのね…」と小声で呟き、その言葉には情報を冷静に分析する鋭さが込められていた。

一方で、フィオラの目は冒険者たちから卓上のメニューへと移り、満面の笑みを浮かべながら手を挙げた。「すみませーん!おすすめのお酒って何かある?」

カーライルは腕を組んだまま無言で店員を待つが、アルマは淡々と炭酸水を頼む。それに対し、フィオラは興味津々に店員へと問いかける。「どんなええ酒があるん?」

店員が「中級の雷酒がございます」と答えると、フィオラの目が一層輝いた。「それ!グラスで一杯お願い!」彼女の声には期待が溢れていた。

「無茶はするなよ」とカーライルが苦笑交じりに釘を刺すと、フィオラは肩をすくめてニッと笑った。「ほどほどにするって!でも、こんなん試さな損やろ?」

やがてテーブルに運ばれてきたのは、雷のマナを宿した中級品の「雷酒」だった。カーライルが銅貨一枚で頼んだビールと比べ、この雷酒は一杯で銅貨三枚もする高級酒である。雷の力を秘めた狼獣「ボルトウルフ」の角が漬け込まれており、その角から微かに放たれる雷のマナが、酒全体にまるで稲妻のように染み渡っているのだ。

店員が慎重にグラスに注ぎ始めると、フィオラは声を漏らした。「これや…これがほんまに最高や!」黄金の液体がグラスに落ちるたび、青白い光が稲妻のように瞬き、空気に微かな緊張感をもたらした。その光景はまるで生きた雷をそのまま封じ込めたかのようだった。

フィオラはその美しさに心を奪われながら、グラスを手に取り、一口含んだ瞬間――鋭い痺れが舌先から喉元に駆け抜けた。まるで生きた雷が体内を駆け巡るような感覚で、その刺激が全身を包み込んでいく。彼女は目を閉じ、陶酔するようにその感覚に浸った。

「うー!痺れる!これ、ほんまにたまらんねん!」

フィオラが雷酒の余韻に浸っていると、背後から重々しい足音が響き、酒場全体が一瞬静まり返った。その足音の主は、屈強な大男だった。肩に大斧を担ぎ、見るからに荒くれ者のその男は、フィオラのグラスに注がれた雷酒をちらりと見てから、興味深げに声をかけた。

「おい、嬢ちゃん!」その声は低く響き、店内にいる全員が思わず耳を傾けるほどだった。「その小さな体で雷酒を飲むとは、大したもんだ。どうだ、俺と飲み比べでもしてみるか?」

屈強な男――酒場で「グラディオス」と呼ばれるその男の申し出に、周囲の冒険者たちがざわめき立つ。彼の名前は、力自慢の荒くれ者としてだけでなく、並外れた酒豪としても知られていた。

フィオラはその視線を真正面から受け止め、肩を軽くすくめると、挑発的な笑みを浮かべた。「ええやん。ウチに挑む覚悟があるんやったら、受けたるわ。でも、後悔するかも知らんで?」

その言葉に応えるように、酒場の熱気が一気に高まった。冒険者たちは口々に勝負の行方を予想し、賭けを始める。

「グラディオスがまた勝負を挑んだぞ!」「今度はあの小柄な嬢ちゃんが相手かよ…」「銅貨五枚でフィオラに賭けるぜ!」「いや、俺はグラディオスに銀貨一枚だ!」

グラディオスは満足そうに頷き、豪快に笑い声を響かせた。その笑いは雷鳴のように力強く、酒場全体に響き渡る。「いいだろう。なら、勝負は初級の闇酒でどうだ?負けた方が全額支払うってルールでな!」

フィオラは一瞬も躊躇せずに笑顔で返す。「おもろいやんか!ただでええ酒飲めるなんて最高やん!」

その言葉には自信が満ち溢れ、彼女の瞳には炎のような闘志が宿っていた。その気迫に、周囲の冒険者たちもフィオラの健闘を応援せずにはいられなかった。店内は賭け金を手にした冒険者たちの声でさらに賑わい、勝負の始まりを待つ期待感であふれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

真☆中二病ハーレムブローカー、俺は異世界を駆け巡る

東導 号
ファンタジー
ラノベ作家志望の俺、トオル・ユウキ17歳。ある日、夢の中に謎の金髪の美少年神スパイラルが登場し、俺を強引に神の使徒とした。それどころか俺の顔が不細工で能力が低いと一方的に断言されて、昔のヒーローのように不完全な人体改造までされてしまったのだ。神の使徒となった俺に与えられた使命とは転生先の異世界において神スパイラルの信仰心を上げる事……しかし改造が中途半端な俺は、身体こそ丈夫だが飲み水を出したり、火を起こす生活魔法しか使えない。そんな無理ゲーの最中、俺はゴブリンに襲われている少女に出会う……これが竜神、悪魔、人間、エルフ……様々な種族の嫁を貰い、人間の国、古代魔法帝国の深き迷宮、謎めいた魔界、そして美男美女ばかりなエルフの国と異世界をまたにかけ、駆け巡る冒険の始まりであった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...