愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

チョコレ

文字の大きさ
上 下
57 / 172
第二章 魔匠を継ぐ者

(34)意を決す

しおりを挟む
酒場は相変わらず打ち上げの高揚感に包まれ、笑い声や乾杯の音が絶え間なく響いていた。フィオラはその中心に立ち、まるで冒険の疲れなど微塵も感じさせないかのように、次々とボトルを空にしていく。その笑顔は無邪気で、冒険の成功を心から楽しんでいる様子だった。彼女の高らかな声が酒場の空間に響くたびに、周囲の冒険者たちの表情もほころび、その明るさに引き込まれるように場がさらに盛り上がっていった。

一方で、同じテーブルにいるアルマとカーライルの間には、酒場の喧騒とは対照的な空気が流れ始めていた。アルマはフィオラの無邪気な様子に微笑みを浮かべつつも、青い瞳の奥には冷静な観察と隠された憂いが見え隠れしていた。彼女の指先がグラスの縁をなぞる仕草には、何かを考え込んでいる様子がはっきりと現れていた。

カーライルもまた、ジョッキを手に静かに酒を飲み続けていた。泡が消えていく様子に目を落とすその表情は遠い思考に沈んでいるようで、手元のジョッキを置く動きに込められたわずかな力が、内心の葛藤を物語っていた。

しばらくの沈黙を破ったのは、カーライルだった。
「一件落着とは言えないな…。」
低く落ち着いた声が、酒場の喧騒に鋭く割り込んだ。その一言に、フィオラの明るい笑い声がぴたりと止み、アルマも驚きの表情で彼を見つめた。カーライルの言葉には単なる懸念ではなく、確信に近い響きがあった。

アルマは慎重な表情で応じた。「確かに…ダンジョンの異変が完全に収まったとは言い切れないわね。少し様子を見て、慎重に調べる必要がある。それに…」
続けようとした言葉が一瞬詰まり、アルマは視線を少しだけそらした。その一瞬の沈黙が緊張を高め、次の言葉を待つ空気がテーブルの上に漂った。

その間を破ったのは再びカーライルだった。
「監査官の件…そしてダンジョンの異変。どちらも王家が絡んでいる以上、まだ何か隠されているはずだ。」
低く鋭い声が、酒場の浮かれた空気を切り裂くように響いた。

フィオラが眉を寄せ、首をかしげながら尋ねた。「監査官の件って?うち、そんな話聞いてへんけど。」
その問いかけはフィオラらしい無邪気さを帯びつつも、場の緊張を少し和らげるものだった。しかしアルマは軽く手を挙げて静止させ、落ち着いた声で応じた。「後で説明するわ。今は気にしないで。それに…この場では話せないこともあるから。」
アルマの言葉には慎重さと隠された決意が込められていた。

カーライルはジョッキに目を落としながら、一口酒を飲んでから静かに息を吐いた。その吐息には、決意を固めた者特有の重みが感じられた。やがて彼はジョッキを置き、低く、それでいて確かな声で告げた。

「…建国祭、俺も行くぞ。」
その一言が、二人の表情を大きく変えた。アルマとフィオラは驚きの目を向け、カーライルの言葉の真意を測りかねているようだった。彼は軽く肩をすくめ、わざと気軽な口調で付け加えた。
「ちょうど王都に別件がある。ついでってやつだ。」
その軽口に含まれる真剣さを隠しきれない瞳が、彼の本心を物語っていた。

アルマは少し間を置いてから静かに問いかけた。「本当に…ついてきてくれるの?」その声には期待と戸惑いが交錯していた。カーライルは苦笑を浮かべ、視線を一度ジョッキに落としてから、軽い調子で答えた。

「どうも、今回の件は偶然が重なりすぎてる。それに、このまま放っておけば、もっと面倒なことになりそうだからな。」その声には、ただの軽口では済まされない深い響きがあった。カーライルの脳裏には、王家が絡む一連の事件の断片が浮かび上がり、それらが大きな陰謀に繋がっている可能性が否応なく意識されていた。

「それに──」

カーライルが言葉を継ぎかけたところで、アルマが小首を傾げて問いかけた。

「──それに?」

カーライルはわずかに間を置き、冗談めかした口調で答えた。「ロクでもない愚痴を聞く機会が増えそうでな。そうなると酒も楽しめなくなる。」

言葉の表面は軽い調子だったが、その目には真剣さが宿っていた。彼の内心には、この事態がただの偶然ではないという確信があったのだ。そして、その結末に自分が関わるべきだという思いが、静かに彼の心を突き動かしていた。

「王妃と第三王子が絡んでいるとなれば、銀貨五枚じゃ到底見合わないだろうが。」カーライルの言葉には皮肉が混じっていたが、背後には冷静な覚悟が漂っていた。危険を軽視するつもりはなく、むしろその先に待つ困難を十分に理解しながら、彼は進むべき道を選んでいた。

アルマは彼の決意を見て取ると、その表情にわずかな微笑みを浮かべながら、静かに頷いた。その一瞬の表情には、カーライルに対する深い信頼と安堵が込められていた。

「…やっぱり、頼りになるわね。」

アルマのその言葉には、これまでの冒険の中で積み重ねられてきた絆と信頼が確かに宿っていた。カーライルは軽く笑みを浮かべてその言葉に応じたが、その目には冷静で鋭い光が宿り、決意を物語っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~

夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。 盗賊が村を襲うまでは…。 成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。 不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。 王道ファンタジー物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...