愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

第二章 魔匠を継ぐ者

（２５）絶望こそ好機

アルマは目を細め、ゴーレムが再生する様子を見据えた。バラバラになった手足や胴体が、マナの流れによって引き寄せられ、一つに戻りつつある。その異様な光景に胸の奥で警鐘が鳴る。「これまでマナを反射してきたゴーレムが、自らマナを使って修復している…！」

その瞬間、閃きが彼女の脳裏を駆け巡る。絶望的に見えるこの状況が、実は勝機へと変わり得る。息を整え、カーライルとフィオラに鋭い声で指示を飛ばした。
「ゴーレムが再生している間、マナを反射しない！今がチャンスよ！」

フィオラはその言葉をすぐに理解し、大きく頷いた。「なるほどな！反射がなければ、思いっきり叩けるってわけや！」彼女はアルカナカノンを手に取り、自信に満ちた表情で準備を整える。

カーライルは焦燥を滲ませながらゴーレムを鋭く睨みつけ、低く呟いた。「…もうほとんど元通りだ。崩れてからわずか三十秒程度か…。これほどのスピードで復活する相手に、どうやってコアを叩き潰す？」その声には冷静な分析と苛立ちが混じり、彼の心を揺さぶっていることがわかる。

フィオラはその言葉に反応するように、自らのポーチに手を伸ばした。取り出したのは小さな青い真珠と赤い欠片。それらを手のひらで見せながら、誇らしげな笑みを浮かべた。

「これ、レインシェルの真珠と火蜥蜴の尻尾や。普通の素材に見えるやろ？せやけどな、うちのじいちゃんが作った『アルカナカノン』にかければ、ただの素材で終わらへんねん！」

彼女の自信に満ちた言葉に、アルマは興味深げに視線を向けた。その説明に、彼女はフィオラの意図を即座に理解する。「まさか、水と火で圧力を…？」

「そうや！」フィオラは笑みを深め、アルカナカノンを手に持ちながら続けた。「この二つを合わせて超高圧の水蒸気を作り出し、ぶつけるんや！これを『スチームランチャー』って呼んどる。これならゴーレムのコアを狙い撃ちできるやろ！」

アルマの目が輝きを増し、驚きと感心の入り混じった声を漏らす。「本当にすごい…。水と火の力をこうやって引き出すなんて、まるで魔力昇華《マジックシフト》の原理みたい。」

フィオラは自分の言葉に頷きながら、ふと表情を引き締め、視線を落とした。そして小さな声で続けた。

「…ただな、これ使うとアルカナカノンが高温になりすぎて、一日くらいは動かへんようになるんよ。せやから、絶対に一発で決めなあかん。外してもうたら…もう次はないんや。」

その言葉には、彼女自身も感じている重圧がにじみ出ていた。この攻撃が持つ決定力の代償と、その重みを受け止める覚悟が、彼女の声に色濃く表れている。

アルマはその言葉を胸に刻み、静かに瞼を閉じた。自分の体に残るわずかなマナの感触を探りながら、深く息を吸い込む。

（失敗は許されない。次はない…それは私も同じ。）

彼女は心の中で自らを奮い立たせ、ちらりとカーライルに視線を向けた。疲労に覆われた顔、その荒い呼吸は、彼がすでに限界近くまで力を使い切っていることを物語っていた。だが、彼の目には戦いを諦める気配は微塵もなく、むしろ不屈の炎が宿っていた。

「これが最後のチャンス…」アルマはその言葉を胸の内で繰り返し、自分を奮い立たせた。

そんな緊張の中、不意にフィオラが軽やかな声を上げた。「なあ、あんちゃん。剣振り回してもう限界やろ？ほら、これでもかじっとき！」

彼女は慎重にポーチから小さな瓶を取り出し、中から柔らかな白い光を放つ霊草を摘み出した。それは暗闇の中で微かな輝きを放ち、希望の光のように優しく揺れている。「ちゃんとポーションに精製してへんから、そこまで効き目は強ないけど、少しは楽になるはずやで。」

カーライルは疲労の浮かぶ表情で霊草を受け取り、その光をじっと見つめた後、軽く笑みを浮かべて口に運んだ。葉を噛み締めると、甘さと清涼感が口中に広がり、失われかけていた力がじんわりと体に戻ってくるのを感じた。

「…ありがとな。」彼は静かに礼を述べると、双剣を握り直し、冷静な口調で指示を出した。

「まずは嬢ちゃんがゴーレムを凍らせる。その間に俺が首を狙う。そして、コアが復活しようとした瞬間…フィオラ、お前にすべてを託す。」

その声には、長年の経験からくる冷静な判断と、すべてを見据えた覚悟が込められていた。フィオラは力強く頷きながら、軽く拳を握った。「任しとき！絶対に決めたるわ！」

カーライルが霊草を噛み締める様子を見ていたアルマは、不意に緊張が緩み、小さく笑い声を漏らした。「ふふっ…そんな姿、意外と似合うわね。」

その一言にフィオラも声を上げて笑い、カーライルは少しばかり渋い顔をしながら肩をすくめた。「今は何でも試してやるさ。笑いたければ笑え。」

一瞬、三人の間に柔らかな空気が流れたが、それも刹那のことだった。すぐに全員の表情は引き締まり、互いに目を合わせて頷き合う。再び訪れる重い沈黙の中、最後の戦いに挑む覚悟が、確かな絆となって三人を結びつけた。