愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

チョコレ

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第二章 魔匠を継ぐ者

(15)自在の砲撃

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ダンジョンの空気は、進むほどに重く、湿り気を増していた。暗闇がさらに深くなり、ランタンの灯りは、無限に続くかのような石壁をかろうじて照らしているだけだった。フィオラは背負ったリュックの重さを気にも留めず、軽快な足取りを維持しようと努めていたが、内心の緊張が顔に浮かんでいる。一方のカーライルは、双剣の柄に手を添え、常に周囲に目を光らせている。

「ここ、えらい深いな。まだ先があるんかいな…」フィオラがぼそりと呟く。

「本来は十階層までって話だが…。」カーライルの低い声には、静かな警戒がにじんでいた。

ふと、周囲の空気が変わった。冷たさの中に刺すような鋭い力を感じる。それと同時に、青白い閃光が暗闇を裂き、雷鳴が轟いた。

「来るぞ!」カーライルが双剣を抜き放ち、身構える。視界の先に現れたのは、ボルトファング――雷をまとった巨大な狼だった。その鋭い一角と輝く毛並みは生きた雷雲のごとく、まばゆい閃光を放っている。

「これ…やばいやつやん!」フィオラがリュックを開け、急いで準備を始める。手際よく素材袋を取り出しながらも、その声にはわずかな震えが混じっていた。

ボルトファングは低い咆哮を上げると、稲妻をまとった足で地を蹴り、二人に向かって突進してきた。まるで稲光そのものの速さだ。カーライルは素早く双剣を交差させ、その牙を受け止める。

ガンッ!

金属音がダンジョン内に響き渡り、カーライルの腕に衝撃が走る。獣の力は圧倒的で、双剣を握る手に痺れが広がった。それでも、彼は食いしばり、必死に押し返す。

「くっ…こいつの力、想像以上だ!」

「そりゃ、見た目通りやろな!ウチが何とかするから、持ちこたえてや!」フィオラはそう言いながらも、筒に素材を詰め込み続けている。

ボルトファングは再び咆哮を上げ、全身から稲妻を放出した。その稲光がカーライルを包み込む。

「まずい!」稲妻の力で痺れが体を走る中、カーライルは辛うじて踏みとどまる。

その時、フィオラが引き金を引いた。筒から放たれた風の刃が、音を立ててボルトファングに向かっていく――が、獣は再び雷光の速さでかわした。

「なんやこいつ!めちゃくちゃ速いやんか!」フィオラが悔しげに呟く。その瞬間、ボルトファングが青白い稲妻をフィオラに放った。彼女はギリギリで身を翻し、爆発音と共に地面が焦げる。

「おい、大丈夫か!」カーライルが振り返る。

「大丈夫や!こんなん慣れっこやで!」フィオラは答えつつも、次の素材を筒に詰め始めた。その表情には焦りがあったが、手の動きは確信に満ちている。

「頼むぞ。こいつの動きを止めないと、俺の剣じゃ届かない!」
カーライルは視線をボルトファングに戻し、再び構えを取った。

フィオラは準備を終え、筒を再び構えた。その表情には自信がみなぎっている。

「これで決めたる!うちのマテリアカノン、甘くみんといてや!」

鋭い叫び声とともに引き金を引くと、筒から放たれた黒い球体がボルトファングの近くの地面に落ちる。それが触れた瞬間、凄まじい勢いで回転を始めた。その動きはまるで嵐の中心が生まれたかのようで、周囲の空気を巻き込みながら青白い稲妻を次々と引き寄せていく。

ボルトファングを包んでいた雷のエネルギーが吸い寄せられるように球体へ流れ込み、その体の輝きはみるみるうちに失われていった。その様子を見届けたフィオラは確信に満ちた声で叫ぶ。

「どうや!電撃には磁場や!これでしばらくは動けへんはずや!」

彼女の言葉通り、ボルトファングは雷の力を奪われ、まるで見えない鎖で縛られたかのように硬直していた。かつて恐るべき力を放っていた巨狼は、いまや光を失い、わずかな火花だけが虚しく空中に散っていく。

「今がチャンスだ…!」

カーライルはその隙を見逃さなかった。双剣を手に取り、地を蹴って突進する。巨狼の目にはまだ闘志の残り火が見えたが、雷の力を封じられた今、その攻撃を防ぐ力は残されていなかった。

「終わりだ!」

両手に握った双剣を高く振り上げ、全力で振り下ろす。その刃はボルトファングの胸を深々と切り裂き、最後の稲妻がかすかに閃いた。しかし、その光も一瞬で消え去る。巨体は力を失い、ついに地面へ崩れ落ちた。

あたりには静寂が訪れ、カーライルは荒い息を整えながらフィオラの方を向く。満足げな笑みを浮かべて一言。

「見事だ。」

「当然や!うちのマテリアカノンやで!」

フィオラは胸を張って誇らしげに笑うが、その笑顔はすぐに控えめなものに変わり、肩をすくめて続けた。

「でもな、これ、じいちゃんが作ったんよ。素材を込めて打ち出す最高の魔具やねん。ウチもいつか、こんなん自分で作れるようになりたいんやけど…まだまだ修行中やわ。」

彼女の言葉には、自らの誇りと未来への強い決意が込められていた。カーライルはその思いを感じ取り、静かに頷く。

ふと、フィオラがボルトファングの遺骸に目を向ける。彼女の目が鋭く輝き、一角に注がれた。

「これ、ええ素材になるわ…」

小さく呟き、慣れた手つきで道具袋からナイフを取り出すと、硬質な表面を慎重に削り始めた。その動作は手際よく迷いがない。やがて角を完全に切り離すと、それを高々と掲げて満足げに微笑んだ。

「ちゃっかりしてるな。」苦笑するカーライルに、フィオラは胸を張って答える。

「もちろんや!素材あってこその魔具師やからね!」

角をリュックにしまい込む彼女の姿を見て、カーライルもまた小さく微笑む。そして二人は視線を交わし、自然に歩調を合わせながらダンジョンの奥へと歩き出した。

ダンジョンの空気は冷たく、暗闇がその身を包む。しかし、二人の間には穏やかな信頼が漂っている。さきほどの激しい戦いが嘘だったかのように、二人は無言のうちにお互いを認め合いながら前へ進んだ。

時折、石壁にランタンの灯りが反射し、長く伸びる二人の影が静かに揺れる。目の前の目標はまだ遠いが、その歩みには迷いがなかった。
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