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第二章 魔匠を継ぐ者
(5)歩み出す二人
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三日後の早朝、カーライルは領主の館へ向かっていた。街を包む冷たい朝霧が白いベールのように漂い、足音だけが静寂の中に響く。その足取りは重くとも、確かなものだった。アルマの「三日後にダンジョンに潜る」という言葉が、彼の心に深い葛藤を生んでいた。過去の恐怖と後悔が胸を締め付ける中、彼は今日を迎えた。
霧に包まれた街はひどく静かで、風がわずかに耳元を通り過ぎる。その冷たさが、カーライルの胸に暗い影を落とす。ダンジョン――その言葉を思い出すたび、過去の記憶が鮮やかに蘇る。冒険者だった日々、成功と失敗、そして失った仲間たち。そのすべてが、彼を縛りつける鎖のようだった。
「ここまで来ちまったか…」自嘲混じりに呟きながら、カーライルは霧の中に浮かぶ領主の館を見上げた。その堂々たる姿が、まるで彼自身の小ささを突きつけるようだった。後戻りしたい気持ちはあったが、彼を突き動かす思いはそれ以上に強かった。アルマを一人でダンジョンへ行かせるわけにはいかなかった。
館の前には二人の衛兵が立っていた。霧の中から現れたカーライルに気づいた瞬間、談笑していた空気が一変する。
「またお前か。今度は何をしでかすつもりだ?」一人の衛兵が呆れたように声をかけた。
普段なら皮肉を返して場を和ませるところだが、カーライルはただ黙って彼らを見つめた。その無言の態度に、衛兵は戸惑いながらも肩をすくめる。
「まあいい。お嬢様が『通せ』って言ってたしな。」からかい混じりの言葉を受けても、カーライルは軽く頷くだけで門を通り過ぎた。冷たい霧がまとわりつき、空気の重さが足をさらに引き留めるようだった。
館の敷地に足を踏み入れると、静けさが空気を張り詰めさせる。その緊張感に胸の迷いが膨れ上がったが、どれほどの時間が過ぎたのか、朝の光が霧を切り裂くように差し込み、館の扉が静かに開いた。
現れたのはアルマだった。金髪が朝日に輝き、その青い瞳には揺るぎない決意が宿っている。黒いローブをまとったその姿には、初めてダンジョンに挑む者の緊張感と、それを乗り越えようとする意志の気高さが滲んでいた。
カーライルは彼女を見た瞬間、胸の奥に渦巻いていた不安が少しずつ和らぐのを感じた。彼女の存在が、暗闇に差し込む一筋の光のように思えた。彼女の瞳の輝きが、彼の胸に微かな救いをもたらしていた。
一方、アルマもまた、カーライルの姿を見つけると驚きと喜びが込み上げた。酒場で拒絶されたあの日の記憶が脳裏をよぎりつつ、彼がここにいる事実に胸が熱くなる。気づけば足は自然と彼に向かっていた。
「カーライル、来てくれるなんて!」アルマは小走りになり、息を切らせながら満面の笑顔で声を上げた。その無邪気さに、カーライルは一瞬だけ目を細め、控えめな眼差しを向けた。
「たまたま、ダンジョンに用ができただけだ。」ぶっきらぼうな口調だが、どこか不器用な優しさが感じられる。その答えにアルマは気づきながらも、触れずに笑顔を返した。
ふと、アルマの視線がカーライルの腰に収められた双剣に留まる。「双剣使いだったの?全然知らなかった。冒険者時代の話、聞いてみたいな。」興味を隠せない声に、カーライルはわずかに視線を逸らし、淡々と答えた。
「昔のことだ。それに、これは護身用だ。」どこか冷ややかな響きがあったが、アルマはその陰りに気づいても追及せず、軽く肩をすくめて明るく言った。
「はいはい、分かりました。でも、頼りにしてるからね!」その明るい声と笑顔に、カーライルは思わず息を吐き出し、わざと無愛想な調子で返した。
「命張るんだ。銀貨五枚は後でしっかりもらうぞ。」冗談めいた言葉だが、彼が銀貨を期待しているのは明らかだった。
アルマは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに楽しげに笑った。「分かったわ!成功したら、ちゃんと用意しておくから。」その声の軽やかさとは裏腹に、瞳には真剣な光が宿っていた。それを感じ取ったカーライルも、小さく頷く。
「しっかり稼がせてもらうぜ。」軽く肩をすくめながら言ったその言葉には、わずかに頼もしさが混じっていた。
短いやり取りの間に、張り詰めた空気は少しだけ和らいだ。アルマは再び前を向き、軽やかな足取りで歩き出す。カーライルも深く息を吐き、彼女の後に続いた。
霧が晴れ、朝日の中で街の喧騒が遠ざかっていく。二人の足音だけが静かに響き、これから始まる未知の冒険への期待と覚悟を物語っていた。
アルマの背中は未来への希望で輝いているようだった。その背を追うカーライルは、過去の影を胸に抱えながらも、一歩一歩に確かな意志を込めていた。朝日が二人の影を長く伸ばし、新たな冒険の幕開けを告げていた。
霧に包まれた街はひどく静かで、風がわずかに耳元を通り過ぎる。その冷たさが、カーライルの胸に暗い影を落とす。ダンジョン――その言葉を思い出すたび、過去の記憶が鮮やかに蘇る。冒険者だった日々、成功と失敗、そして失った仲間たち。そのすべてが、彼を縛りつける鎖のようだった。
「ここまで来ちまったか…」自嘲混じりに呟きながら、カーライルは霧の中に浮かぶ領主の館を見上げた。その堂々たる姿が、まるで彼自身の小ささを突きつけるようだった。後戻りしたい気持ちはあったが、彼を突き動かす思いはそれ以上に強かった。アルマを一人でダンジョンへ行かせるわけにはいかなかった。
館の前には二人の衛兵が立っていた。霧の中から現れたカーライルに気づいた瞬間、談笑していた空気が一変する。
「またお前か。今度は何をしでかすつもりだ?」一人の衛兵が呆れたように声をかけた。
普段なら皮肉を返して場を和ませるところだが、カーライルはただ黙って彼らを見つめた。その無言の態度に、衛兵は戸惑いながらも肩をすくめる。
「まあいい。お嬢様が『通せ』って言ってたしな。」からかい混じりの言葉を受けても、カーライルは軽く頷くだけで門を通り過ぎた。冷たい霧がまとわりつき、空気の重さが足をさらに引き留めるようだった。
館の敷地に足を踏み入れると、静けさが空気を張り詰めさせる。その緊張感に胸の迷いが膨れ上がったが、どれほどの時間が過ぎたのか、朝の光が霧を切り裂くように差し込み、館の扉が静かに開いた。
現れたのはアルマだった。金髪が朝日に輝き、その青い瞳には揺るぎない決意が宿っている。黒いローブをまとったその姿には、初めてダンジョンに挑む者の緊張感と、それを乗り越えようとする意志の気高さが滲んでいた。
カーライルは彼女を見た瞬間、胸の奥に渦巻いていた不安が少しずつ和らぐのを感じた。彼女の存在が、暗闇に差し込む一筋の光のように思えた。彼女の瞳の輝きが、彼の胸に微かな救いをもたらしていた。
一方、アルマもまた、カーライルの姿を見つけると驚きと喜びが込み上げた。酒場で拒絶されたあの日の記憶が脳裏をよぎりつつ、彼がここにいる事実に胸が熱くなる。気づけば足は自然と彼に向かっていた。
「カーライル、来てくれるなんて!」アルマは小走りになり、息を切らせながら満面の笑顔で声を上げた。その無邪気さに、カーライルは一瞬だけ目を細め、控えめな眼差しを向けた。
「たまたま、ダンジョンに用ができただけだ。」ぶっきらぼうな口調だが、どこか不器用な優しさが感じられる。その答えにアルマは気づきながらも、触れずに笑顔を返した。
ふと、アルマの視線がカーライルの腰に収められた双剣に留まる。「双剣使いだったの?全然知らなかった。冒険者時代の話、聞いてみたいな。」興味を隠せない声に、カーライルはわずかに視線を逸らし、淡々と答えた。
「昔のことだ。それに、これは護身用だ。」どこか冷ややかな響きがあったが、アルマはその陰りに気づいても追及せず、軽く肩をすくめて明るく言った。
「はいはい、分かりました。でも、頼りにしてるからね!」その明るい声と笑顔に、カーライルは思わず息を吐き出し、わざと無愛想な調子で返した。
「命張るんだ。銀貨五枚は後でしっかりもらうぞ。」冗談めいた言葉だが、彼が銀貨を期待しているのは明らかだった。
アルマは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに楽しげに笑った。「分かったわ!成功したら、ちゃんと用意しておくから。」その声の軽やかさとは裏腹に、瞳には真剣な光が宿っていた。それを感じ取ったカーライルも、小さく頷く。
「しっかり稼がせてもらうぜ。」軽く肩をすくめながら言ったその言葉には、わずかに頼もしさが混じっていた。
短いやり取りの間に、張り詰めた空気は少しだけ和らいだ。アルマは再び前を向き、軽やかな足取りで歩き出す。カーライルも深く息を吐き、彼女の後に続いた。
霧が晴れ、朝日の中で街の喧騒が遠ざかっていく。二人の足音だけが静かに響き、これから始まる未知の冒険への期待と覚悟を物語っていた。
アルマの背中は未来への希望で輝いているようだった。その背を追うカーライルは、過去の影を胸に抱えながらも、一歩一歩に確かな意志を込めていた。朝日が二人の影を長く伸ばし、新たな冒険の幕開けを告げていた。
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