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第一章 霊草不足のポーション
(20)順を追う夜
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夜の街を駆け抜けるアルマは、疲労を抱えた体に鞭を打ちながらも、足を止めることはなかった。薄暗い路地を抜けるたび、冷たい石畳が彼女の足元を伝い、体中に響く鼓動が闘いの記憶をかき立てる。それでも、遠くに見え始めた酒場の灯りが、彼女の胸にほんの少しの安堵をもたらしていた。
酒場の明かりは、温もりを宿しながら闇夜の中で揺らめいている。アルマはその明かりを目指して、急ぎ足で通りを進む。通りの静けさは次第に人々の賑わいへと変わり、耳に届くのは笑い声やグラスが触れ合う軽やかな音色だった。それらの音に紛れるように、アルマの緊張した心が少しずつほぐれていく。
しかし、疲労はまだ彼女の体に重くのしかかっていた。体に残る痛みを振り払うように歩を進め、酒場の扉の前にたどり着くと、彼女は一瞬だけ立ち止まった。扉の隙間から漏れ出す暖かな空気が、冷えた体と疲れ切った心を優しく包み込む。アルマは深く息を吸い込み、気持ちを落ち着けるように目を閉じた。
扉を押し開けると、酒場の喧騒が一気に彼女を迎え入れる。冒険者たちの大声や笑い声、木製のテーブルを叩く音が入り乱れた空間。それはいつもと変わらない活気に満ちた情景だったが、アルマにとってはどこか遠い世界のように感じられた。戦いで消耗しきった彼女の体には、馴染みのある騒音ですら心に重く響いていた。
その中で、アルマの目は自然と一人の男を捉えた。酒場の隅、薄暗い席で一人気だるげにビールを飲んでいるのはカーライルだった。疲れたような半目で周囲を見回す彼は、誰とも視線を交わさず、ただ静かにグラスを傾けていた。その姿にはどこか孤独な影が差しているように見える。
「カーライル……」
アルマは小さく息を整え、ふらつく足取りで彼の元へ向かった。身体の疲労は、歩くたびに重く彼女の動きを制約しようとする。それでも、彼女は立ち止まることなく彼の隣へとたどり着いた。
アルマの足音に気づいたカーライルが、ぼんやりと顔を上げる。彼女の姿を確認すると、最初は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにお馴染みの皮肉な笑みがその顔に浮かんだ。
「おい、嬢ちゃん。やっと起きたか。三日三晩も寝てたんだぜ、よっぽど気持ちよく眠れたんだろ?」
軽口を叩くその声には、皮肉めいた調子の中にも安堵の響きが隠れていた。
アルマは顔をしかめながらも、彼の隣の椅子に腰を下ろした。「冗談を言ってる場合じゃないでしょ。何がどうなったのか、全然分からないの。ちゃんと教えてよ。」
彼女の声には焦りが滲み、置いて行かれた感覚に苛立ちが混ざっていた。
カーライルはしばらく黙り込み、手元の空のジョッキをじっと見つめた。その仕草には、何か思い出そうとしているような間があった。やがて軽いため息をつき、重い口をゆっくりと開いた。
「まぁまぁ、焦るなよ。」カーライルは、ジョッキを軽く揺らしながらゆったりと口を開いた。「まずはあの監査官のことだが…王都への移送が決まった。」
「王都へ?」アルマは、驚きの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻して再び口を開いた。「順を追って説明してくれる?」
アルマの問いに、カーライルは軽く頷き、ジョッキをテーブルに置いた。「ああ、順を追おう。まず、嬢ちゃんと監査官を両方まとめて領主様の館に運び込んだんだ。嬢ちゃんは倒れてたし、監査官は縛り上げたままだったけどな。」彼は苦笑しながら続けた。「どうにか説得はできたよ。」
アルマは少し肩の力を抜き、安堵の表情を見せた。父が事態を把握し、動いてくれているなら、少しは安心できる。だが、監査官の狡猾さを考えると、完全には気を緩められなかった。
「最初は俺が疑われたけどな。」カーライルは皮肉っぽい笑みを浮かべた。「そりゃそうだろう。柄の悪い大男が、監査官を縛り上げて、しかも気絶したお嬢様と一緒に運び込んだんだからな。疑わないほうが不自然だ。」
アルマは軽く肩をすくめ、黙って彼の話に耳を傾けた。
「でも助かったのはな…」カーライルはジョッキを再び傾けて喉を潤した。「お前さんのローブのポケットから出てきた、監査官を追い詰めるために使った特級ポーションだよ。それを見せたら、領主様もようやく俺の話に耳を傾けてくれた。」
アルマは驚いた表情を見せ、父が第三王子の一行から特級ポーションが消えたことに慌てていた様子を思い出した。
「そこからは早かった。」カーライルは続けた。「監査官が裏で糸を引いていたことを納得してくれて、それを第三王子の一行にも説明してくれた。領主様としての役割をしっかり果たしてくれたってわけだな。」
カーライルの話が進むにつれて、アルマの中で断片的だった記憶が一つずつ繋がり始めた。監査官との激闘、そして自分が倒れた後。全てがようやく明らかになっていく。
「それで、ポーション工房はどうなったの?」アルマは、ふと思い出したように問いかけた。「現場は霊草がないって言ってたけど…今、どうなってるの?」
カーライルは軽く肩をすくめ、淡々と答えた。「製造が一時的に止められてるらしい。立ち入り調査で密造された特級ポーションたちが見つかったんだ。しばらく再開は無理だろうな。」
アルマは頷き、徐々に頭の中が整理されていくのを感じた。心の中で引っかかっていた問題が一つずつ解消されていく。少し肩の力が抜けた彼女は、穏やかな笑みを浮かべながらカーライルに向き直った。
「ありがとう、カーライル。本当に…」感謝の言葉は自然と口をついた。
カーライルは少し照れくさそうに頭を掻きながら、軽く肩をすくめた。
酒場の明かりは、温もりを宿しながら闇夜の中で揺らめいている。アルマはその明かりを目指して、急ぎ足で通りを進む。通りの静けさは次第に人々の賑わいへと変わり、耳に届くのは笑い声やグラスが触れ合う軽やかな音色だった。それらの音に紛れるように、アルマの緊張した心が少しずつほぐれていく。
しかし、疲労はまだ彼女の体に重くのしかかっていた。体に残る痛みを振り払うように歩を進め、酒場の扉の前にたどり着くと、彼女は一瞬だけ立ち止まった。扉の隙間から漏れ出す暖かな空気が、冷えた体と疲れ切った心を優しく包み込む。アルマは深く息を吸い込み、気持ちを落ち着けるように目を閉じた。
扉を押し開けると、酒場の喧騒が一気に彼女を迎え入れる。冒険者たちの大声や笑い声、木製のテーブルを叩く音が入り乱れた空間。それはいつもと変わらない活気に満ちた情景だったが、アルマにとってはどこか遠い世界のように感じられた。戦いで消耗しきった彼女の体には、馴染みのある騒音ですら心に重く響いていた。
その中で、アルマの目は自然と一人の男を捉えた。酒場の隅、薄暗い席で一人気だるげにビールを飲んでいるのはカーライルだった。疲れたような半目で周囲を見回す彼は、誰とも視線を交わさず、ただ静かにグラスを傾けていた。その姿にはどこか孤独な影が差しているように見える。
「カーライル……」
アルマは小さく息を整え、ふらつく足取りで彼の元へ向かった。身体の疲労は、歩くたびに重く彼女の動きを制約しようとする。それでも、彼女は立ち止まることなく彼の隣へとたどり着いた。
アルマの足音に気づいたカーライルが、ぼんやりと顔を上げる。彼女の姿を確認すると、最初は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにお馴染みの皮肉な笑みがその顔に浮かんだ。
「おい、嬢ちゃん。やっと起きたか。三日三晩も寝てたんだぜ、よっぽど気持ちよく眠れたんだろ?」
軽口を叩くその声には、皮肉めいた調子の中にも安堵の響きが隠れていた。
アルマは顔をしかめながらも、彼の隣の椅子に腰を下ろした。「冗談を言ってる場合じゃないでしょ。何がどうなったのか、全然分からないの。ちゃんと教えてよ。」
彼女の声には焦りが滲み、置いて行かれた感覚に苛立ちが混ざっていた。
カーライルはしばらく黙り込み、手元の空のジョッキをじっと見つめた。その仕草には、何か思い出そうとしているような間があった。やがて軽いため息をつき、重い口をゆっくりと開いた。
「まぁまぁ、焦るなよ。」カーライルは、ジョッキを軽く揺らしながらゆったりと口を開いた。「まずはあの監査官のことだが…王都への移送が決まった。」
「王都へ?」アルマは、驚きの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻して再び口を開いた。「順を追って説明してくれる?」
アルマの問いに、カーライルは軽く頷き、ジョッキをテーブルに置いた。「ああ、順を追おう。まず、嬢ちゃんと監査官を両方まとめて領主様の館に運び込んだんだ。嬢ちゃんは倒れてたし、監査官は縛り上げたままだったけどな。」彼は苦笑しながら続けた。「どうにか説得はできたよ。」
アルマは少し肩の力を抜き、安堵の表情を見せた。父が事態を把握し、動いてくれているなら、少しは安心できる。だが、監査官の狡猾さを考えると、完全には気を緩められなかった。
「最初は俺が疑われたけどな。」カーライルは皮肉っぽい笑みを浮かべた。「そりゃそうだろう。柄の悪い大男が、監査官を縛り上げて、しかも気絶したお嬢様と一緒に運び込んだんだからな。疑わないほうが不自然だ。」
アルマは軽く肩をすくめ、黙って彼の話に耳を傾けた。
「でも助かったのはな…」カーライルはジョッキを再び傾けて喉を潤した。「お前さんのローブのポケットから出てきた、監査官を追い詰めるために使った特級ポーションだよ。それを見せたら、領主様もようやく俺の話に耳を傾けてくれた。」
アルマは驚いた表情を見せ、父が第三王子の一行から特級ポーションが消えたことに慌てていた様子を思い出した。
「そこからは早かった。」カーライルは続けた。「監査官が裏で糸を引いていたことを納得してくれて、それを第三王子の一行にも説明してくれた。領主様としての役割をしっかり果たしてくれたってわけだな。」
カーライルの話が進むにつれて、アルマの中で断片的だった記憶が一つずつ繋がり始めた。監査官との激闘、そして自分が倒れた後。全てがようやく明らかになっていく。
「それで、ポーション工房はどうなったの?」アルマは、ふと思い出したように問いかけた。「現場は霊草がないって言ってたけど…今、どうなってるの?」
カーライルは軽く肩をすくめ、淡々と答えた。「製造が一時的に止められてるらしい。立ち入り調査で密造された特級ポーションたちが見つかったんだ。しばらく再開は無理だろうな。」
アルマは頷き、徐々に頭の中が整理されていくのを感じた。心の中で引っかかっていた問題が一つずつ解消されていく。少し肩の力が抜けた彼女は、穏やかな笑みを浮かべながらカーライルに向き直った。
「ありがとう、カーライル。本当に…」感謝の言葉は自然と口をついた。
カーライルは少し照れくさそうに頭を掻きながら、軽く肩をすくめた。
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