愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

第一章 霊草不足のポーション

（６）特級ポーションの使途

深夜、酒場はいつものように薄暗い灯りの下で、ゆっくりと時を刻んでいた。カーライルはカウンターに腰を下ろし、手にしたジョッキを傾けていた。普段なら、愚痴を聞き流しながらただ酒を楽しむこの時間が、彼にとって唯一の癒やしだ。しかし今夜は違った。頭の片隅に引っかかる疑念が、穏やかな時間を曇らせていた。

常連客たちの愚痴が次々と耳に入る中、ふと気になる言葉が飛び込んできた。

「第三王子様が、十五歳の儀礼でこの街のダンジョンに来るらしいぜ。俺たちの護衛、また増えるってわけか…」隣に座っていた冒険者が、ジョッキをテーブルに置きながら不満を漏らした。

カーライルは軽く相槌を打ちつつ、ビールを喉に流し込む。「そりゃあ大変そうだな。儀礼とはいえ、王族が絡む仕事は気が抜けないからな。」彼の声は軽かったが、その内容は的を射ていた。王族の護衛にミスは許されない。失敗すれば、その代償は想像を超える重さだ。

「形式的な儀礼だって、ダンジョンに入る以上、危険がないとは限らねぇしな。俺たちは全力を尽くすしかねぇよ。」隣の冒険者の声には疲労と重圧がにじんでいた。

「それにしても、王子様は特級ポーションを持ってるだろう？どんな怪我も瞬時に治るっていう、あの高級品さ。俺らとは違って、命を心配する必要なんてないんだ。」
別の冒険者が羨望混じりに言った。その言葉を聞き、カーライルの頭にある考えが浮かび上がる。

特級ポーション。その製造には大量の高品質な霊草が必要だ。アルマが言っていた「霊草が現場に届いていない」という話と、この情報が自然と結びついていく。

（まさか、王子の来訪に備えて、工房が特級ポーションの製造を優先してるんじゃないか？）カーライルの思考は徐々に明確になっていった。もしそれが事実なら、工房が通常のポーション生産を後回しにしている理由も説明がつく。

「嬢ちゃんが気にしてた霊草不足、これが原因なら大したことじゃねぇな。」カーライルはそう結論づけようとしたが、胸の奥に湧き上がる疑問がそれを止めた。

（けど、なんで現場の連中がその情報を知らされてないんだ？）儀礼の準備が街全体にとって一大事である以上、現場にも何らかの説明があってしかるべきだ。それがないのは、どうにも腑に落ちない。

「…裏で何かが動いてる、か。」
低く呟いた声が、静かな酒場の空気に溶け込む。カーライルはジョッキをテーブルに置き、深いため息をついた。

「マスター、今日はもう上がるよ。」マスターに軽く手を振りながら立ち上がる。その足取りには、普段の余裕とは異なる重みがあった。

（嬢ちゃんに動いてもらうしかねぇな…工房で何が起きてるのか、もっと突っ込んで調べてもらう必要がある。）彼は頭の中で計画を練りながら、領主の館へ向かう足を進めた。

途中、石畳に響く自分の足音を聞きながら、苦笑を浮かべる。（これじゃ銀貨一枚、また損だな。でもまぁ、たまには損するのも悪くない。）

夜風が冷たく肌を撫でる中、カーライルは過去の失敗と未来の予感を背負いながら、静かに歩き続けた。彼の目には、まだ見ぬ真相を追い求めるような光が宿っていた。