銭湯エルフと恋の夏

チョコレ

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(98)エルフと無言

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銀さんが案内してくれた穴場、海辺のコンテナ近くの静かな場所に着くと、夜空には次々と花火が咲き誇っていた。レジャーシートを敷き、ようやく腰を落ち着ける。ずっと歩き通しだったから、やっと一息つける安心感が身体中に染み渡った。

夜空を鮮やかに彩る大輪の花火。そのたびに銀さんの豪快な笑い声が響き、フィリアは目を輝かせながら感嘆の声を上げている。お姉さんは静かに微笑み、その優しげな表情が花火の柔らかな光に溶け込んで見えた。俺もその光景に引き込まれ、自然と笑顔がこぼれる。ほんの一瞬、日々の悩みや胸のざわつきを忘れ、この時間に浸ることができた。

けれど、隣にいる夏菜だけは違った。花火を見上げる彼女の横顔には、いつもの明るさがなく、瞳の奥に揺れる光もどこか曇っているように見えた。話しかけようとするものの、その沈黙の壁をどう越えればいいのかわからず、俺の口は重たく閉じたままだった。

花火がクライマックスを迎える頃、ふとフィリアのことが頭をよぎった。迷子になった時の不安げな顔が思い浮かび、この人混みの中でもう一度同じことが起きたらと思うと、落ち着かなくなった。花火の余韻に浸るよりも、早めに切り上げて戻る方がいいと判断する。

意を決して、俺は銀さんとお姉さんに声をかけた。
「ちょっと早いですけど、そろそろ戻ります。混雑する前に帰りたいので。」

銀さんは少し驚いたようだったが、すぐに豪快に頷いた。「そうか、分かった!気ぃつけて帰りや!」

お姉さんも優しく微笑みながら、「フィリアちゃん、悠斗くんの言うことをちゃんと聞いてね。くれぐれも離れないように」と言い添える。その言葉に軽く頭を下げ、俺はフィリアと夏菜を促して、来た道を引き返し始めた。

フィリアは花火の余韻に浸りながら、手にしたリンゴ飴をじっと見つめている。その姿は、宝物を抱える子供のようで、自然と俺の口元にも笑みが浮かんだ。

しかし、その穏やかな空気の中でも、夏菜のことがどうしても気になった。彼女は一言も話さず、ただ俺たちの後ろを歩いている。気配を感じて振り返ると、彼女は視線をそらす。その仕草に胸がざわつき、何かを言いたい衝動に駆られるが、声に出す勇気がどうしても湧かなかった。

市駅に着いてホームを出たところで、夏菜がふいに立ち止まった。
「アタシ、ここからバスで美駅まで乗る。」

突然の一言に、思わず足を止めて振り返る。「え、ここで別れるの?一緒に銭湯まで歩いて、そっから帰らなくていいのか?」

夏菜は微妙に視線を逸らし、小さく肩をすくめた。「大丈夫。こっちの方が早いし。それに…なんか今日は疲れたし。」

その声には、彼女なりの思いが込められている気がした。けれど、それを掘り下げる言葉も、聞く勇気も持てなかった。俺は結局、彼女の選択を尊重するしかなかった。
「そっか…じゃあ、気をつけてな。」

俺がそう言うと、夏菜は小さく頷き、「あんたも、フィリアちゃんも気をつけてね」とだけ言い残してバス停へと向かう。その背中は、どこか小さく見えた。追いかけたい気持ちを飲み込みながら見送る間、胸には何か重たいものが残ったままだった。

銭湯に戻ると、玄関先でばあちゃんに軽く礼を言い、浴衣を脱いでそのまま風呂場へ向かった。暖簾をくぐると、湯気が柔らかく迎え入れてくれる。熱い湯に浸かった瞬間、体中に染み渡るような心地よさが広がる。けれど、心の中は一向に落ち着かなかった。

湯気の中で浮かぶのは、今日一日の出来事ばかりだ。フィリアが迷子になった時の不安げな表情。銀さんの豪快な笑い声とお姉さんの穏やかな微笑み。それらの楽しいひとときが蘇る中で、胸を締め付けるように現れるのは──

夏菜の真剣な横顔。浴衣の袖を掴んだ微かな震え。そして、彼女が投げかけた問い。

「アタシのこと…本当はどう思ってるか聞かせてよ!」

その言葉が耳元で反響するたび、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。あの時、どう答えれば良かったのか。何を言うべきだったのか。湯気が視界をぼやかし、答えを探す気持ちをさらにかき乱す。それでも何も見つからず、後悔だけが静かに積もり続けていく。

風呂から上がると、布団を敷き、無意識に天井を見上げていた。横では、花火大会がよほど楽しかったのか、フィリアが静かな寝息を立てている。銀髪が月明かりに照らされて、淡い輝きを放っているその姿に、普段なら胸が高鳴るところだ。けれど、今日は違った。頭に浮かぶのは、夏菜のことばかりだった。

真っ暗な天井を見つめる俺の視界の奥に、花火の残像がかすかに浮かんでいる気がする。その中には、沈んだ夏菜の横顔が何度も現れ、彼女の問いかけと、言葉にできなかった感情が絡み合っていた。

「俺…どうすれば良かったんだろうな…」

その言葉が思わず口をついて出たが、もちろん答えなど出るはずもない。銭湯の静かな夜。外の喧騒はすっかり消えているのに、俺の胸の中ではまだ騒がしい問いが響き続けていた。
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