銭湯エルフと恋の夏

（４５）エルフとサンダル

フィリアにサンダルと日焼け止めを買うため、俺は全力で自転車を漕いでいた。背中を焼く夏の太陽と額を流れる汗。だけど、それがどうした。俺の頭の中にはただ一つ、「フィリアに最高の思い出を作るんだ」という決意しかなかった。

ところが、ふと気づいてしまう。「そういえば、フィリアの足のサイズ、聞いてないじゃないか…！」

胸がざわざわしてくる。適当なサイズを選ぶしかないが、小さすぎたら？大きすぎたら？想像するだけで胃が痛くなる。砂浜でフィリアが足を痛めたらどうしよう…。責任感と焦りが、暑さに拍車をかけていく。

商店街に着き、「中学生向けビーチサンダル」の文字が目に飛び込んだ。フィリアの華奢な足には、このくらいがちょうどいいかもしれない。迷う時間はない。並べられたサンダルの中から、淡い水色のフリルの水着に合いそうな白いサンダルを手に取る。頭の中で、フィリアがそれを履いて波打ち際を歩く姿を思い浮かべたら、自然と頬が緩む。似合うはずだ、絶対に。

次に向かったのはドラッグストア。日焼け止めの棚の前で立ち尽くす俺。種類が多すぎて目が泳ぐ。英語表記も意味不明だし、適当に選んで彼女の肌に合わなかったら最悪だ。店員さんに「ヨーロッパから来た白い肌の人でも使えるやつください！」と頼むと、親切な女性店員が「これがおすすめです」と笑顔で渡してくれた。これで大丈夫。

時計を見ると、もう十二時を回っている。急いで荷物をまとめ、自転車を飛ばして銭湯へ戻る。玄関を開けると、フィリアが少し不安そうな顔で立っていた。

「ユウトさん、お昼ご飯の準備をどうしたらいいのか…わからなくて…」

俺は出かける前に冷凍チャーハンの作り方を教えたつもりだったけど、伝え方が不十分だったんだろう。彼女の戸惑いが申し訳なくて、思わず頭をかく。

「ごめん、今すぐやるから！」
冷凍チャーハンを取り出し、電子レンジにセットする。レンジの低い音が鳴り始めると、フィリアは興味津々でその動きをじっと見つめている。

「ひ…光を当てるだけで焼けるなんて…不思議ですわ…」

その純粋な驚きに、思わず笑いがこぼれた。「そうだよな。電子レンジって、魔法の箱みたいなもんだよ。」そう言うと、フィリアはふんわりと笑いながらチャーハンを見つめている。

しばらくして、彼女が思い出したように話し始めた。「魔法で言えば、火の上級魔法の中に『フレアライン』というものがあります。それは熱を帯びた光の雨を降らせる魔法で…もしかしたら、それで料理もできるかもしれませんわ。」

その言葉に誇らしげな表情を浮かべるフィリアを見て、俺は思わず感心して頷いた。「へぇ、それはすごいな。」

彼女の話を聞くたびに、異世界という広がりが頭の中に浮かぶ。同時に、この普通の世界が彼女にとってどれだけ新鮮で特別なのかも伝わってくる。電子レンジで作ったチャーハンに感動するフィリアの姿を見ていると、もっと彼女に特別な体験をしてほしいと思えてくる。

今日は一週間で最も忙しい日。これを乗り切れば明日は定休日だ。夜が明ければ、いよいよビーチの日。今日の営業が終わったら、フィリアとささやかな夜食でも楽しみながら、明日の計画を再確認しよう。

この夏が、彼女の心に鮮やかな思い出として残るように。そう願いながら、俺は昼の雑務へと戻っていった。