銭湯エルフと恋の夏

チョコレ

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(32)エルフと着替え

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フィリアが帰るまで、あと19日。

金曜日の昼下がり。今日はフィリアがばあちゃんと一緒に浴衣に着替える日だ。銭湯の営業が終わってからだと時間がギリギリになるからって、昼間のうちに支度を済ませることになったらしい。俺は一人で銭湯の準備をしながら、どこかそわそわしていた。

朝、フィリアに耳の上にオルを巻いてもらい、その上にいつもの麦わら帽子をかぶせたのは正解だった。もし、ばあちゃんが着付けの時に耳を見てしまったら…と不安で仕方なかったけど、これなら大丈夫だろう。とはいえ、頭の片隅では、フィリアがどんな風に浴衣を着ているのかつい想像してしまい、自分で自分に呆れる。いやいや、何考えてるんだ俺!と頭を振って妄想を振り払おうとした、その時だった。

「ユ、ユウトさん…」
背後から、かすかにフィリアの声が聞こえた。振り返ると、そこには藍色の浴衣を身にまとったフィリアが立っていた。その瞬間、時間が止まったように感じた。

浴衣の藍色が銀髪と見事に調和して、まるで月明かりに照らされた夜空のようだった。銭湯の柔らかな光を浴びたその姿は、現実感がなくて、なんだか物語の中から飛び出してきたヒロインみたいだった。エメラルドグリーンの瞳が帽子の影からそっとこちらを見上げていて、その純粋な眼差しが胸に突き刺さる。

麦わら帽子なんて普通なら浴衣とは合わないはずなのに、フィリアが被るとそんな違和感なんて吹き飛ぶ。むしろ、その組み合わせが妙にしっくりきて、彼女ならではの個性を引き立てている気がした。

夏の風がそっと吹いて、浴衣の裾が軽やかに揺れる。その一瞬の仕草すら特別に感じられて、俺は心臓がバクバクと鳴るのを抑えられなかった。

「ど、どうですか…?」
フィリアが浴衣の裾を控えめに握りながら、少し不安そうに尋ねてきた。その表情が可愛すぎて、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。

「あ、いや…めっちゃ似合ってる。ほんとに、すごく…可愛い。」
気づけば、正直すぎる感想が口をついて出ていた。自分でもびっくりするくらい素直な言葉に、頬が一気に熱くなる。でも、それ以上の表現なんて見つからなかった。

フィリアは驚いたように目を瞬かせた後、頬をほんのり赤く染めて「そ、そうですか…ありがとうございます」と控えめに微笑んだ。その柔らかな笑顔がまた眩しくて、俺の胸がさらに締め付けられる。

「どうだい、いい感じじゃないかい?」
突然、ばあちゃんが俺の肩をポンと叩きながら声をかけてきた。その瞬間、現実に引き戻されて、慌てて答える。

「あ、うん!めっちゃいい感じ!」
ばあちゃんは満足そうに頷き、フィリアに向き直ってこう言った。「私が若い頃に着てた浴衣だけど、こうして若い子が着るとまた違った良さが出るもんだねぇ。フィリアちゃん、ほんとに可愛いよ。」

その言葉に、フィリアはさらに恥ずかしそうに目を伏せて、「おばあさま、本当にありがとうございます」と深々と頭を下げた。そのお辞儀までが絵になるくらい綺麗で、俺はただ見惚れることしかできなかった。

「じゃ、今日は動き回ると浴衣が崩れちゃうから、番台で座ってもらおうかな。」
なんとか冷静を装いながら言うと、フィリアは「分かりましたわ」と静かに頷き、そっとその場を離れていった。その後ろ姿が、普段より少しだけ大人びて見える気がして、妙に心が揺れる。

夕方、銭湯の営業が始まると、常連さんたちが次々にフィリアの浴衣姿を見て声をかける。「フィリアちゃん、浴衣が本当に似合ってるねぇ!盆踊り、楽しんでおいでよ!」
そのたびに、フィリアは恥ずかしそうにしながらも丁寧にお辞儀を返している。その控えめな仕草に、胸の奥が温かくなった。

俺は横目でちらりとフィリアの姿を見ながら心の中で思う。この夏が終わっても、この瞬間は絶対に忘れられないだろうと。こんなにも特別な夏が、自分に訪れるなんて思いもしなかった──そんな思いが胸に染み渡っていった。
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