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(22)エルフとタオル
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その日の夜、銭湯の営業を終え、後片付けも済ませた頃には時計の針がすでに夜の十一時を回っていた。普段ならとっくに布団に潜り込んでいる時間だ。でも、俺とフィリアは食卓を囲んで、売上アップ作戦についてあれこれと頭をひねっていた。
昼間、「わ、私も頑張りますわ!」と力強く宣言してくれたフィリア。その頼もしさに甘えて、こんな時間まで付き合わせている自分が、少し申し訳なくも思えてくる。
とはいえ、話はなかなか進まない。食卓には書き殴ったメモが散らばり、使いかけのペンが転がっている。普段はばあちゃんが用意してくれる美味しい夕飯が並ぶ場所も、今は完全に「作戦会議室」と化していた。
「風呂をもっと熱くして、牛乳の売上を伸ばすとか?」と思いつきで言ってみたが、フィリアが控えめに首をかしげて「そんなに熱いお湯、皆さんが入るわけではないと思います…」とやんわり却下。まぁ、そりゃそうだよな。
「じゃあ、サウナを設置するってのはどうだろう?」と次の案を出してみる。でも、ばあちゃんが以前に「設置費用が高すぎるし、利益も返済に追いつかない可能性がある」って理由で却下した話を思い出した。俺は「リスクが大きすぎるな…」とつぶやき、またもや案を取り下げる。フィリアは「おばあさまがそうおっしゃるなら、無理は禁物ですわね」と真剣に頷いてくれる。その誠実な反応がありがたくて、でもちょっと情けない気分にもなる。
「じゃあ、お客さんに来てもらう回数を増やすのはどうだろう?たとえば、昼と夜で二回来てもらうとか…」と苦し紛れに言ってみたら、フィリアがきょとんとした顔で「この世界の皆様は、一日に二度もお風呂に入られるのですの?」と純粋に尋ねてきた。「いや、普通は入らないよな…」と苦笑しながら自分の案を撤回する羽目になる。
うーん、と頭を抱えていると、隣のフィリアが何かを考え込んでいるように見えた。視線の先には、彼女が手にしているタオル。そういえば、フィリアはいつもこのタオルを頭に巻いて、エルフ特有の尖った耳を隠している。俺は何気なく声をかけてみた。
「フィリア、そのタオルで何か思いついたのか?」
彼女は少し恥ずかしそうに頷きながら、手にしていたタオルを俺に差し出してきた。そして真剣な表情で、「これ、売れるのではありませんか…?」と言ってくる。
「え、まさかフィリアが使ったタオルを売るってこと?」思わず変な方向に思考が飛んでしまった。実は、銭湯に通う屈強なお兄さんたちの間で、密かに「フィリアファンクラブ」的なものができつつあるのを知っている。正直、彼女の使ったタオルが高値で取引される可能性は否定できない。でも、そんなことをしたら大問題だ。
「いえ、違うんです…見ていてください…」とフィリアが控えめに微笑み、タオルをぎゅっと握りしめる。その瞬間、小声で詠唱が始まった。
「フィリア、ま、まさか魔法?またマナ不足で倒れたりしないよな?」思わず不安がよぎり、声をかけてしまう。
彼女は穏やかに微笑んで「大丈夫ですわ。少しずつマナも戻ってきていますし、これくらいの初級魔法なら問題ありません」と優しく答える。その落ち着いた声色に、俺も少しホッとした。
再び集中し始めたフィリアは、柔らかな声で詠唱を続ける。
「淡雪の霧よ、瞬く間に冷気を解き放ち、澄み渡る凍気の薄幕を降ろせ──フロスト・ミスト!」
詠唱が終わると同時に、彼女の手の中のタオルがみるみるうちに凍りついていく。気づけば、タオルはまるで氷のオブジェのように冷たく固くなっていた。フィリアは誇らしげな笑みを浮かべ、俺に向かってそのタオルを差し出す。
「こ、凍らせたタオルです。これならお風呂上がりに涼んでいただけるのではないでしょうか?」
俺は思わずその冷凍タオルに触れ、そのひんやりとした感触に驚きと感心が混じった声を漏らした。「冷凍タオルか…すごいな、これ!風呂上がりにこんな冷たいタオルがあったら、きっとみんな喜ぶぞ!」
フィリアは少し照れたように視線を落としながらも、控えめに説明を付け加える。「番台に立っていますと、お風呂を楽しんだ後で、あの…風を送る丸い機械の前で暑そうにされている方をよく見ますので…。少しでも涼んでいただけたらと思いまして…」
その健気な発想に、俺は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。確かに夏場の銭湯では、風呂上がりの熱気をどうしのぐかが一つの課題だ。この冷凍タオルなら、それを解消するどころか、ちょっとした贅沢感すら味わえるかもしれない。
「これ、絶対受けるって!」と俺が興奮気味に言うと、フィリアの目がさらに輝きを増し、嬉しそうに頷く。「ありがとうございます…!特に、熱いお湯がお好きで、よく私に声をかけてくださる屈強なお兄さん方には気に入っていただけるかと…!」
その言葉に思わず吹き出しそうになったが、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、本当にそうなる気がしてきた。俺はフィリアの顔を見つめながら力強く宣言する。
「よし、フィリア!俺たちの売上アップ作戦、まずはこの冷凍タオルから始めてみよう!」
フィリアも元気よく「はい!」と返事をしてくれた。その笑顔を見ていると、俺も自然と元気が湧いてくる。
失敗するかもしれない。それでも、このアイデアに賭けてみたい。たとえうまくいかなかったとしても、また新しい道を探せばいい。その時は、あのお姉さんに相談して、別のアドバイスをもらうことだってできるだろう。「挑戦することが大切」という彼女の言葉が、今も胸の奥でじんわりと響いている。
こうして、俺とフィリアの売上アップ作戦は、小さな冷凍タオルというアイデアから、静かに動き出したのだった。
昼間、「わ、私も頑張りますわ!」と力強く宣言してくれたフィリア。その頼もしさに甘えて、こんな時間まで付き合わせている自分が、少し申し訳なくも思えてくる。
とはいえ、話はなかなか進まない。食卓には書き殴ったメモが散らばり、使いかけのペンが転がっている。普段はばあちゃんが用意してくれる美味しい夕飯が並ぶ場所も、今は完全に「作戦会議室」と化していた。
「風呂をもっと熱くして、牛乳の売上を伸ばすとか?」と思いつきで言ってみたが、フィリアが控えめに首をかしげて「そんなに熱いお湯、皆さんが入るわけではないと思います…」とやんわり却下。まぁ、そりゃそうだよな。
「じゃあ、サウナを設置するってのはどうだろう?」と次の案を出してみる。でも、ばあちゃんが以前に「設置費用が高すぎるし、利益も返済に追いつかない可能性がある」って理由で却下した話を思い出した。俺は「リスクが大きすぎるな…」とつぶやき、またもや案を取り下げる。フィリアは「おばあさまがそうおっしゃるなら、無理は禁物ですわね」と真剣に頷いてくれる。その誠実な反応がありがたくて、でもちょっと情けない気分にもなる。
「じゃあ、お客さんに来てもらう回数を増やすのはどうだろう?たとえば、昼と夜で二回来てもらうとか…」と苦し紛れに言ってみたら、フィリアがきょとんとした顔で「この世界の皆様は、一日に二度もお風呂に入られるのですの?」と純粋に尋ねてきた。「いや、普通は入らないよな…」と苦笑しながら自分の案を撤回する羽目になる。
うーん、と頭を抱えていると、隣のフィリアが何かを考え込んでいるように見えた。視線の先には、彼女が手にしているタオル。そういえば、フィリアはいつもこのタオルを頭に巻いて、エルフ特有の尖った耳を隠している。俺は何気なく声をかけてみた。
「フィリア、そのタオルで何か思いついたのか?」
彼女は少し恥ずかしそうに頷きながら、手にしていたタオルを俺に差し出してきた。そして真剣な表情で、「これ、売れるのではありませんか…?」と言ってくる。
「え、まさかフィリアが使ったタオルを売るってこと?」思わず変な方向に思考が飛んでしまった。実は、銭湯に通う屈強なお兄さんたちの間で、密かに「フィリアファンクラブ」的なものができつつあるのを知っている。正直、彼女の使ったタオルが高値で取引される可能性は否定できない。でも、そんなことをしたら大問題だ。
「いえ、違うんです…見ていてください…」とフィリアが控えめに微笑み、タオルをぎゅっと握りしめる。その瞬間、小声で詠唱が始まった。
「フィリア、ま、まさか魔法?またマナ不足で倒れたりしないよな?」思わず不安がよぎり、声をかけてしまう。
彼女は穏やかに微笑んで「大丈夫ですわ。少しずつマナも戻ってきていますし、これくらいの初級魔法なら問題ありません」と優しく答える。その落ち着いた声色に、俺も少しホッとした。
再び集中し始めたフィリアは、柔らかな声で詠唱を続ける。
「淡雪の霧よ、瞬く間に冷気を解き放ち、澄み渡る凍気の薄幕を降ろせ──フロスト・ミスト!」
詠唱が終わると同時に、彼女の手の中のタオルがみるみるうちに凍りついていく。気づけば、タオルはまるで氷のオブジェのように冷たく固くなっていた。フィリアは誇らしげな笑みを浮かべ、俺に向かってそのタオルを差し出す。
「こ、凍らせたタオルです。これならお風呂上がりに涼んでいただけるのではないでしょうか?」
俺は思わずその冷凍タオルに触れ、そのひんやりとした感触に驚きと感心が混じった声を漏らした。「冷凍タオルか…すごいな、これ!風呂上がりにこんな冷たいタオルがあったら、きっとみんな喜ぶぞ!」
フィリアは少し照れたように視線を落としながらも、控えめに説明を付け加える。「番台に立っていますと、お風呂を楽しんだ後で、あの…風を送る丸い機械の前で暑そうにされている方をよく見ますので…。少しでも涼んでいただけたらと思いまして…」
その健気な発想に、俺は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。確かに夏場の銭湯では、風呂上がりの熱気をどうしのぐかが一つの課題だ。この冷凍タオルなら、それを解消するどころか、ちょっとした贅沢感すら味わえるかもしれない。
「これ、絶対受けるって!」と俺が興奮気味に言うと、フィリアの目がさらに輝きを増し、嬉しそうに頷く。「ありがとうございます…!特に、熱いお湯がお好きで、よく私に声をかけてくださる屈強なお兄さん方には気に入っていただけるかと…!」
その言葉に思わず吹き出しそうになったが、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、本当にそうなる気がしてきた。俺はフィリアの顔を見つめながら力強く宣言する。
「よし、フィリア!俺たちの売上アップ作戦、まずはこの冷凍タオルから始めてみよう!」
フィリアも元気よく「はい!」と返事をしてくれた。その笑顔を見ていると、俺も自然と元気が湧いてくる。
失敗するかもしれない。それでも、このアイデアに賭けてみたい。たとえうまくいかなかったとしても、また新しい道を探せばいい。その時は、あのお姉さんに相談して、別のアドバイスをもらうことだってできるだろう。「挑戦することが大切」という彼女の言葉が、今も胸の奥でじんわりと響いている。
こうして、俺とフィリアの売上アップ作戦は、小さな冷凍タオルというアイデアから、静かに動き出したのだった。
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