銭湯エルフと恋の夏

（１４）エルフと選択

フィリアと夏菜が風呂に入ってから、だいぶ時間が経った。女の子がお風呂に時間をかけるのはよく聞く話だけど、ここまで長いとさすがにこっちも時計をチラチラ見ちゃう。なんだか手持ち無沙汰で、ぼんやりしながら時間を潰していると、脱衣所の方から出てきたのは銀さんだった。

銀さん──俺が勝手にそう呼んでいるが、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを身につけ、派手なアロハシャツと軽妙な関西弁が特徴の常連さんだ。いつものように牛乳瓶を手に、肩を回しながら声を張り上げた。

「今日もええ湯やったわ！」

彼はゴクリと牛乳を一息に飲み干し、満足げに腕を伸ばして言い放つ。

「いやー、この一杯のために生きてるって気がするねん！」

思わず笑いがこみ上げる。あまりにも豪快なセリフに釣られて、俺は軽くツッコんだ。

「それって、お酒を飲む人が言うセリフですよね。」

すると、銀さんは急に真顔になり、さらりと返してきた。

「わい、酒は飲めんのや。」

「えっ、お酒飲めないんですか？」と思わず驚きの声を上げる俺に、銀さんは平然と頷く。

「せや。だからこうやって、極限まで体を温めた後に冷たい牛乳を飲むことでな、あの酒飲みが味わっとる感覚を疑似体験しとるわけや。」

そのギャップに笑いをこらえきれず、思わず吹き出しそうになる。銀さんの見た目と中身のズレが、何とも言えない魅力を醸し出している。

「で、あんちゃん！」銀さんが急に意味ありげな表情でこちらを見た。「隅におけんのぉ！海外から来たかわいい子に、付き合いの長そうな地元の女の子。なんや、これは三角関係、勃発やないか？」

「ち、ちょっと！違いますって！」即座に否定するが、銀さんは全く意に介さず、さらに続ける。

「なんやなんや、あんちゃん高校生にもなって、恋の一つや二つもないんか？あんな可愛い女の子を目の前にして何も感じひんのか？もしかして…」

その目が急に鋭く光り始めた。

「まさか、そっちの方向なんか！おおー、まさかワイが狙われる側やったとはな！この銭湯の跡取りはおらんようになってしまうわけやなぁ。あの優しそうなおばあちゃん、嘆き悲しむやろうなぁ。」

「いや、違いますから！まったく違いますって！」

俺が真っ赤になって抗議すると、銀さんはニヤニヤと笑みを浮かべて、畳み掛けるように聞いてきた。

「ほな、ほな、ちょっと聞いてみるけどな、あんちゃんはどっちが好みなんや？」

「えっ？」不意を突かれた俺は言葉に詰まった。

フィリアは異国から来た独特の魅力があり、確かに目を引く存在だ。でも恋愛感情かと言われると、自信がない。夏菜は昔からの幼馴染で、一緒にいるのが当たり前すぎて、そういう目で見たことがなかった。

そんな俺の葛藤を見抜いたのか、銀さんは勝ち誇ったように笑う。

「は！そんなん考え込んでる時点でな、どっちも気になっとるけど選べんっちゅうこっちゃ！決断力のない男は嫌われるで！わいなんか、いつも即断即決やで。コーヒー牛乳か、普通の牛乳か、それともイチゴミルク牛乳か、ボタン押すまで一秒もかからへん！」

「いや、そういうのと一緒にされても…」言い訳しようとする俺の声は、銀さんの勢いにかき消される。

「ほな、ちゃんとした恋の悩みが出てきたら、いつでも相談しにきいや！」そう言い残し、銀さんは肩を揺らしながら銭湯を後にした。

ふと残された静寂の中で、彼の言葉が妙に胸に引っかかる。恋の悩み…俺はそんなものを抱えているんだろうか？

考え込んでいると、女子風呂側の暖簾がふわりと揺れ、湯上がりのフィリアと夏菜が揃って姿を現した。湯気を纏った二人が笑いながら歩いてくるその光景を見て、俺の胸の奥が再びざわつき始めるのだった。