銭湯エルフと恋の夏

チョコレ

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(11)エルフと夏菜

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銭湯の暖簾をくぐって現れたのは、間違いなく夏菜だった。その瞬間、空気が一気に華やぐのを感じる。軽快な足取りに加えて、眩しい笑顔。まるで太陽がそのまま人の形をして入ってきたような、特別な明るさを持っている。思わず視線が引き寄せられるのは、彼女が持つその独特のエネルギーのせいだろう。肩までの茶髪は、彼女が「高校デビューで染めたんだよね」と笑いながら話していたのを思い出す。今日は少し跳ねていて、太陽の光を浴びてほんのり黄金色に輝いている。その髪と笑顔が相まって、夏菜らしい生き生きとした魅力をさらに引き立てていた。

服装もまた、夏菜らしさ全開だ。ライトブルーのプリントTシャツに、動きやすそうなデニムショートパンツ。そして足元の白いスニーカーが爽やかさを添えている。肩に掛けたカラフルなショルダーバッグは、彼女の遊び心を反映しているようだ。

「悠斗!久しぶり!夏休み、ちゃんと元気にしてた?アタシがいなくて寂しかったんじゃないの?」
夏菜はいつもの調子で明るく声をかけてくる。そのテンションに、思わず微笑みが漏れた。

「いや、普通にやってたけど。」
苦笑しながら返すと、夏菜は銭湯の入り口で靴を脱ぎ、土間を軽やかに歩いてくる。そのまま長椅子に腰掛けると、肩からバッグを降ろし、中を手早く探り始めた。

「さーて、お仕事お仕事!今月の在庫確認と──」
そう言いながら、資料を取り出して広げる姿は意外と真剣だ。その切り替えの早さには感心してしまう。小さい頃から何事にも全力で向き合う彼女らしい姿だった。

「それとね、今月は新商品もあるの。だから、しっかり確認しておかなきゃ!」
バッグからカラフルなパンフレットを取り出し、膝の上に広げると、鮮やかなデザインのソープを指差して得意げに説明を始めた。

「これ!新しく取り扱い始めたソープなんだけど、香りがすっごくいいんだって!」
一生懸命に語るその様子に、つい「へぇ」と感心した声が漏れる。だがその瞬間、夏菜の手がピタリと止まり、視線が俺の背後へと移った。

「…あの子、誰?」
驚きと微妙な感情が入り混じった声。その視線の先には、麦わら帽子をかぶり、小柄な体を少し縮こませるようにして立っているフィリアがいた。

「ああ、えっと…フィリア。父さんの仕事の関係で、夏休みの間だけホームステイしてるんだ。北の方の…すごく遠いところから。」
少し考えながら説明すると、夏菜の視線がじわりと鋭さを増していくのを感じる。その目は「本当に?」と言いたげだった。

フィリアは緊張した様子で、「ふぃ、フィリアです。よろしくお願いします…」と小さな声で自己紹介をした。その声に、夏菜の目が一瞬だけ厳しくなった後、微かに張り合いのような色を宿した。まるで「悠斗のそばにいる女の子…なんで?」と言わんばかりだった。

「へぇ…フィリアちゃんって言うんだ。よろしくね。」
夏菜はいつもの明るいトーンを保とうとしていたが、どこかぎこちなさが混じっている。その声には微妙な戸惑いが含まれていて、一瞬だけ俺に向けられた視線には、何かを探るような色があった。

「そ、そうですの。日本語は少し勉強してきましたので、そこまで困ることはありませんけれど…」
フィリアが控えめに答えると、夏菜は軽い調子を装ってさらに続ける。

「そっか、じゃあここでの生活には慣れてきた感じかな?悠斗とはうまくやれてる?」
一見何気ない言葉だったが、その裏には微妙な探りが隠れている気がして、俺は内心冷や汗をかいた。

「ええ…悠斗さんがいろいろ教えてくださるので、とても助かっていますわ。」
フィリアが少し恥ずかしそうに言葉を続ける。その瞬間、夏菜の表情が一瞬だけ硬くなったように見えた。でもそれを隠すように、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。

「へぇ…そうなんだ。」
夏菜のその一言は、普段の明るい調子に少し違う色を帯びていた。どこか探るような、それでいて微妙に気になる感情が混ざっているように感じた。

「悠斗ってさ、抜けてるところ多いんだけど、何かに夢中になると他が見えなくなるんだよね。フィリアちゃんも、こいつに振り回されないように気をつけてね。」
さらりと言われたその言葉に、一瞬胸がチクリと痛む。何気ないように見えて、「悠斗のことは私が一番知ってる」と言いたげなニュアンスが隠れているようで、妙に悔しかった。

「そ、そうなんですの…?気をつけますわ。」
フィリアが戸惑いながらも丁寧に返事をすると、夏菜は少し得意げに微笑む。その表情がなんとなく勝ち誇ったようにも見えて、俺は居心地の悪さを感じた。

「まあ、悠斗に振り回されるのも、アタシの特権だったんだけどね。」
その言葉に、思わず顔が熱くなるのを感じる。幼馴染としての過去をこうやって持ち出されると、なんだか勝てない気がして、余計に悔しい。

「特権って…どういう意味だよ。」
つい問い返すと、夏菜は悪戯っぽく目を細めた。その表情は小悪魔的で、何かを企んでいるのがありありと伝わってくる。それだけで、胸の奥がざわついた。

「昔の話よ。悠斗がどうしても肝試しに行きたいって言い出してさ、私が付き合ってあげたの。でも、行ったら行ったで怖がりすぎて、結局腰を抜かしちゃってさ。」

「ちょ、ちょっと待て、その話は──」
焦る俺の声なんてお構いなしに、夏菜は続ける。

「泣きそうになってる悠斗を、私が手を引いて家まで連れて帰ったのよ。あのときは大変だったんだから。」

「夏菜、それを今ここで話す必要あるか?」
顔が熱くなるのを感じながら抗議するも、夏菜は肩をすくめ、全然悪びれた様子もない。

「だって、幼馴染なんだから。これくらい許されるでしょ?」
その軽い口調と無邪気な笑顔に、どう反応していいのか分からない。それでも、その瞳の奥に見え隠れする微かな優越感に気づき、余計に悔しくなる。

「ふふ…」
そんな俺たちのやり取りを見ていたフィリアが、小さく笑い声を漏らす。その音に驚いて視線を向けると、柔らかい微笑みを浮かべた彼女が、じっと俺を見ていた。

「ユウトさん、そういう可愛らしい一面もおありなんですのね。」

「可愛らしい…って…」
その一言に完全に動揺してしまい、思わず二人の視線から逃げるように目をそらす。窓の外に視線を移したものの、正直、何も見えていない。ただ、胸の中に広がる妙な恥ずかしさだけがどんどん膨らんでいく。

夏菜はそんな俺の様子を見て楽しむように、「フィリアちゃん、何か困ったことがあったら遠慮なくアタシに言ってね。ここは田舎だけど、海も近いしいいところだから、楽しんでくれると嬉しいな。」と声をかけた。

フィリアは少し驚いたように目を丸くした後、すぐに優しく微笑んで「は、はい。ありがとうございます」と答える。その姿に、夏菜もほんの少し柔らかな表情を浮かべた。

それでも、胸の中にはなんとも言えないモヤモヤが残る。夏菜とフィリアの間に暗黙の了解のようなものが漂っている気がして、それが俺には少し居心地悪かった。

その空気を振り払うように、夏菜が頭を振って明るい声を出す。「な、何はともあれ、仕事、仕事!来月もちゃんと営業できるように準備しないとね!」

いつもの調子に戻ったように見えたが、その動きにはどこかぎこちなさがあった。

「夏菜、無理すんなよ。」
口をついて出たその言葉に自分でも驚いた。夏菜がちらりとこちらを見て、目に驚きの色を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔を作ってみせた。

「無理なんてしてないし!これがアタシの普通だからね!」
そう言って笑ったその表情はどこかぎこちない。それでも、何も言えずに見守るしかなかった。

「し、仕事だけじゃなくて…アタシもたまには銭湯、入りに来るからね!」
振り返りざまにそう言い残して、夏菜は手を振って店を出ていく。その背中が見えなくなるまで見送ったけれど、胸の中のモヤモヤは消えなかった。

「カナさん、とても明るい方ですのね。」
隣で静かに呟くフィリアの声に、ハッと我に返る。

「そうだな、昔からあんな感じだよ。」
軽く答えながらフィリアを見やると、その表情には優しさと興味が混じっていた。

夏菜の背中とフィリアの笑顔。それが胸の中で絡まり、言葉にできない感情が湧き上がる。この気持ちが何なのか、自分でもまだ分からないまま、俺は黙って窓の外を見つめ続けた。
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