理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

文字の大きさ
上 下
116 / 116

ごめん、みんな【第2部完結】

しおりを挟む
 その夜。

 卓人とエミリとヤノは宿に戻っていた。

「俺は決めたにゃん」

 そう言ったのはヤノだった。

「俺は兵学校をやめるにゃん。軍にいても、多分俺は大した軍人にはなれないにゃん」

 彼は器用なので様々な魔法が使えるが、いずれも実戦で使うには貧弱としか言えない。肉体的にもどちらかといえば華奢で、軍人に向いてないといえばそうかもしれない。

「だけど、やめてそれからどうするの?」

 卓人はすでにヤノとは違う立場になっていた。結局、軍籍を復活させるのか魔法学校の助手になるのかは、軍と魔法学校が折衝することになった。その後は卓人の意思が尊重されることになる。断りさえしなければ、少なくとも仕事にあぶれる心配はなくなったわけだ。

 思わぬ僥倖だからこそこう聞くことに少なからず憚りを覚えたが、これしか言葉が思いつかなかった。

「萌えにゃん」

「萌え?」

「あれは絶対に儲かるにゃん」

「儲かる?」

「儲かるというのは語弊があるにゃん。でも人はエロとは違う、心の底から守ってあげたくなる萌え出でたばかりの芽のような存在を求めているにゃん。きっとこれは商売として成立するに違いないにゃん」

「どうやって?」

 うっとりとして現実が見えてないようなヤノの目に卓人は不安を感じずにはおれなかった。

「それはまだまだ研究が必要だにゃん。可愛い声で歌われると心がぴょんぴょんするにゃん。その一挙一動が胸をきゅんきゅんさせるにゃん」

 要はアイドルのプロデュースがしたいということだろうか。いわゆる歌手という存在はこの世界にもいるが、アイドルというのは認知されていないように思う。

 世の中の認識を変えてゆかなければならないので、これを成功させるのはただならぬ苦難があると思う。

 夜が更けて、ヤノは自室に戻って寝入った。

 エミリもすでに眠っている。

 明かりは消しても、卓人はなんだか興奮しているのか眠れなかった。ティフリスは内陸にあるせいか、昼間よりも夕方から夜にかけてが暑い。寝苦しいのもあって、椅子に座ってぼんやりと暗い天井を眺めていた。

 竜が姫を守るために現れた。

 それは王家が竜王の血筋だからなのだろうか。

 あれはすごい経験だった。

 もしかすると本物のタクトはすでに竜王になっていて、姫の危機を感知して竜を遣わしたのだろうか。

 それは話が飛躍しすぎているような気もするが……

 ただ、あれによってシャロームの言っていたことに信憑性が少しだけだが加えられた。竜王について調べていけば目的に近づけるのかもしれない。

 いや、今はひとまず、より明確な未来について考えるべきだ。

 ルイザのおかげで、軍への復帰が可能になるかもしれない。

 マリアのおかげで、魔法学校で研究ができるようになるかもしれない。

 どちらにしても次の仕事は何とかなりそうだった。エミリの学費に困ることはない。だからなるようになろうと思う。

 だけど……

 だけど、どちらにしても魔法に関われば、おそらくはまた新たな悲劇と出会うことになるに違いない。

 自分は魔法について知りたいと思った。

 そして、魔法の仕組みをいくつか知ることができた。

 それを応用すれば新しいことができると思った。

 実際、いくつかはうまくいった。

 だが、いずれも脅威的な殺戮を目的とした魔法に発展させることができてしまった。

 ――そんなことが目的だったわけじゃない。

 ただ、知りたいと思っただけだ。

 魔法の仕組みを理解したいと思っただけだ。

 知ることは楽しい――それだけではいけないのだろうか?

 軍へ戻っても、魔法学校で助手をしても、それなりに何かできそうな気がする。

 だけどそこで発見した何かは、また誰かを殺す魔法につながってゆくのだろうか。

 それは嫌だった。

 レヴァンニはそれを察してくれていた。

 察してくれても、状況はそれを使うように仕向けてきた。

 何をやっても最悪の方向にしかつながらないイメージしかわいてこない。

 ――自分は人を殺すために、ここにきたのだろうか?

 そう考えるとぼろぼろと涙がこぼれてきた。

 声もなく泣いた。

 ――僕は、この世界にいるべきではなかったんだ!

 ごめん、レヴァンニ。

 ごめん、ヤノ。

 ごめん、ルイザ。

 ごめん、エミリ。

 そう思うことが、彼らの存在を否定している。

 そう思うことはどうしようもなく申し訳なく思う。

 だけど卓人は、この世界における自分の存在価値を見出すことはできなかった。



 朝――。

 いつの間にか卓人は椅子に座ったまま眠っていた。目覚めたエミリは兄の姿を見て、どうしようかと思った。なんだか悲しそうな寝顔だと思って近づいて見てみると、目元に涙の伝わった跡を認めた。

 両手の包帯は痛々しい。

 エミリは兄の手をそっと握った。

「お兄ちゃん、ありがとう……」

 つぶやくようにそう言った。

 昼前、卓人とエミリとヤノは一旦アイアの兵学校に戻る必要があり馬車に乗った。

「だめだよ、荷物は私がもつから」

「いいよ、多分痛くないから」

 卓人はちょっとくらい痛くても荷物をもってやりたいと思った。昨夜は複雑な気持ちになって、自分に優しい人たちを攻撃するようなことばかり考えていた。その罪滅ぼしのつもりだった。

「あれ?」

「どうしたにゃん?」

 卓人は包帯を外した。

 みんなが驚いた。

「手の傷が、治ってるにゃん!」



                第2部 完
しおりを挟む
お気に入りに追加、感想、♡マーク是非是非よろしくお願いします。
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

野の草薫
2024.09.25 野の草薫

面白かったです。
今後の展開が楽しみ。
最後はハッピーエンドで終わってほしい。

2024.09.26 ヴォルフガング・ニポー

感想いただきありがとうございます。
まだ最後の方の話はできてないんですが、やっぱりハッピーエンドがいいなと自分でも思います。
頑張りますので今後とも応援よろしくお願いします。

解除
夢幻の翼
2024.09.16 夢幻の翼

よくある軽いライトノベル風ではないが世界情景が丁寧に描かれていると思う。
タイトルにもあるが色々と起こる事について科学的というか理学的というか独特の解釈が味になって気がついたら続きを読んでいるスルメ話。
WEB小説で挿絵があるのはイメージが湧いてありがたいですね。

2024.09.16 ヴォルフガング・ニポー

感想をいただきありがとうございます。
挿絵は今後も増やしていく予定です。
頑張りますので今後とも応援よろしくお願いします。

解除
ゴウケツモンスター

現在公開されている所まですべて読みました。
ファンタジー世界を舞台にしたSFというのがいいかもしれません。
知識は豊富だけどどこか間抜けな主人公がいい味出しています。
男性キャラ、女性キャラも魅力的で、とくにエミリちゃんは守ってあげたくなる。
ストーリーが急に重くなったけどメッセージ性が強く、ぐっとくるものがあった。
何よりも科学の未解明な部分についてアグレッシブにチャレンジしているところが感心した。たいていのSFがはっきりわかっている理論かまたは謎理論を出すかのどちらかだけど、真偽はともかく既知の理論から発展的に理論を構築している。こういうタイプのSFは自分は見たことがない。
挿絵があるのがいいです。キャラのイメージがわいて楽しく読めます。少しずつ増やしておられるようなので、新しい挿絵にも期待したい。

2024.09.16 ヴォルフガング・ニポー

感想をいただきありがとうございます。
自分もこれはファンタジーでいいのかなと思いつつも、魔法があるからやっぱりファンタジーだろと思って投稿しました。
挿絵も頑張っていきますので、今後も応援よろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でスローライフを満喫する為に

美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます! 【※毎日18時更新中】 タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です! ※カクヨム様にも投稿しております ※イラストはAIアートイラストを使用

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。