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ごめん、みんな【第2部完結】
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その夜。
卓人とエミリとヤノは宿に戻っていた。
「俺は決めたにゃん」
そう言ったのはヤノだった。
「俺は兵学校をやめるにゃん。軍にいても、多分俺は大した軍人にはなれないにゃん」
彼は器用なので様々な魔法が使えるが、いずれも実戦で使うには貧弱としか言えない。肉体的にもどちらかといえば華奢で、軍人に向いてないといえばそうかもしれない。
「だけど、やめてそれからどうするの?」
卓人はすでにヤノとは違う立場になっていた。結局、軍籍を復活させるのか魔法学校の助手になるのかは、軍と魔法学校が折衝することになった。その後は卓人の意思が尊重されることになる。断りさえしなければ、少なくとも仕事にあぶれる心配はなくなったわけだ。
思わぬ僥倖だからこそこう聞くことに少なからず憚りを覚えたが、これしか言葉が思いつかなかった。
「萌えにゃん」
「萌え?」
「あれは絶対に儲かるにゃん」
「儲かる?」
「儲かるというのは語弊があるにゃん。でも人はエロとは違う、心の底から守ってあげたくなる萌え出でたばかりの芽のような存在を求めているにゃん。きっとこれは商売として成立するに違いないにゃん」
「どうやって?」
うっとりとして現実が見えてないようなヤノの目に卓人は不安を感じずにはおれなかった。
「それはまだまだ研究が必要だにゃん。可愛い声で歌われると心がぴょんぴょんするにゃん。その一挙一動が胸をきゅんきゅんさせるにゃん」
要はアイドルのプロデュースがしたいということだろうか。いわゆる歌手という存在はこの世界にもいるが、アイドルというのは認知されていないように思う。
世の中の認識を変えてゆかなければならないので、これを成功させるのはただならぬ苦難があると思う。
夜が更けて、ヤノは自室に戻って寝入った。
エミリもすでに眠っている。
明かりは消しても、卓人はなんだか興奮しているのか眠れなかった。ティフリスは内陸にあるせいか、昼間よりも夕方から夜にかけてが暑い。寝苦しいのもあって、椅子に座ってぼんやりと暗い天井を眺めていた。
竜が姫を守るために現れた。
それは王家が竜王の血筋だからなのだろうか。
あれはすごい経験だった。
もしかすると本物のタクトはすでに竜王になっていて、姫の危機を感知して竜を遣わしたのだろうか。
それは話が飛躍しすぎているような気もするが……
ただ、あれによってシャロームの言っていたことに信憑性が少しだけだが加えられた。竜王について調べていけば目的に近づけるのかもしれない。
いや、今はひとまず、より明確な未来について考えるべきだ。
ルイザのおかげで、軍への復帰が可能になるかもしれない。
マリアのおかげで、魔法学校で研究ができるようになるかもしれない。
どちらにしても次の仕事は何とかなりそうだった。エミリの学費に困ることはない。だからなるようになろうと思う。
だけど……
だけど、どちらにしても魔法に関われば、おそらくはまた新たな悲劇と出会うことになるに違いない。
自分は魔法について知りたいと思った。
そして、魔法の仕組みをいくつか知ることができた。
それを応用すれば新しいことができると思った。
実際、いくつかはうまくいった。
だが、いずれも脅威的な殺戮を目的とした魔法に発展させることができてしまった。
――そんなことが目的だったわけじゃない。
ただ、知りたいと思っただけだ。
魔法の仕組みを理解したいと思っただけだ。
知ることは楽しい――それだけではいけないのだろうか?
軍へ戻っても、魔法学校で助手をしても、それなりに何かできそうな気がする。
だけどそこで発見した何かは、また誰かを殺す魔法につながってゆくのだろうか。
それは嫌だった。
レヴァンニはそれを察してくれていた。
察してくれても、状況はそれを使うように仕向けてきた。
何をやっても最悪の方向にしかつながらないイメージしかわいてこない。
――自分は人を殺すために、ここにきたのだろうか?
そう考えるとぼろぼろと涙がこぼれてきた。
声もなく泣いた。
――僕は、この世界にいるべきではなかったんだ!
ごめん、レヴァンニ。
ごめん、ヤノ。
ごめん、ルイザ。
ごめん、エミリ。
そう思うことが、彼らの存在を否定している。
そう思うことはどうしようもなく申し訳なく思う。
だけど卓人は、この世界における自分の存在価値を見出すことはできなかった。
朝――。
いつの間にか卓人は椅子に座ったまま眠っていた。目覚めたエミリは兄の姿を見て、どうしようかと思った。なんだか悲しそうな寝顔だと思って近づいて見てみると、目元に涙の伝わった跡を認めた。
両手の包帯は痛々しい。
エミリは兄の手をそっと握った。
「お兄ちゃん、ありがとう……」
つぶやくようにそう言った。
昼前、卓人とエミリとヤノは一旦アイアの兵学校に戻る必要があり馬車に乗った。
「だめだよ、荷物は私がもつから」
「いいよ、多分痛くないから」
卓人はちょっとくらい痛くても荷物をもってやりたいと思った。昨夜は複雑な気持ちになって、自分に優しい人たちを攻撃するようなことばかり考えていた。その罪滅ぼしのつもりだった。
「あれ?」
「どうしたにゃん?」
卓人は包帯を外した。
みんなが驚いた。
「手の傷が、治ってるにゃん!」
第2部 完
卓人とエミリとヤノは宿に戻っていた。
「俺は決めたにゃん」
そう言ったのはヤノだった。
「俺は兵学校をやめるにゃん。軍にいても、多分俺は大した軍人にはなれないにゃん」
彼は器用なので様々な魔法が使えるが、いずれも実戦で使うには貧弱としか言えない。肉体的にもどちらかといえば華奢で、軍人に向いてないといえばそうかもしれない。
「だけど、やめてそれからどうするの?」
卓人はすでにヤノとは違う立場になっていた。結局、軍籍を復活させるのか魔法学校の助手になるのかは、軍と魔法学校が折衝することになった。その後は卓人の意思が尊重されることになる。断りさえしなければ、少なくとも仕事にあぶれる心配はなくなったわけだ。
思わぬ僥倖だからこそこう聞くことに少なからず憚りを覚えたが、これしか言葉が思いつかなかった。
「萌えにゃん」
「萌え?」
「あれは絶対に儲かるにゃん」
「儲かる?」
「儲かるというのは語弊があるにゃん。でも人はエロとは違う、心の底から守ってあげたくなる萌え出でたばかりの芽のような存在を求めているにゃん。きっとこれは商売として成立するに違いないにゃん」
「どうやって?」
うっとりとして現実が見えてないようなヤノの目に卓人は不安を感じずにはおれなかった。
「それはまだまだ研究が必要だにゃん。可愛い声で歌われると心がぴょんぴょんするにゃん。その一挙一動が胸をきゅんきゅんさせるにゃん」
要はアイドルのプロデュースがしたいということだろうか。いわゆる歌手という存在はこの世界にもいるが、アイドルというのは認知されていないように思う。
世の中の認識を変えてゆかなければならないので、これを成功させるのはただならぬ苦難があると思う。
夜が更けて、ヤノは自室に戻って寝入った。
エミリもすでに眠っている。
明かりは消しても、卓人はなんだか興奮しているのか眠れなかった。ティフリスは内陸にあるせいか、昼間よりも夕方から夜にかけてが暑い。寝苦しいのもあって、椅子に座ってぼんやりと暗い天井を眺めていた。
竜が姫を守るために現れた。
それは王家が竜王の血筋だからなのだろうか。
あれはすごい経験だった。
もしかすると本物のタクトはすでに竜王になっていて、姫の危機を感知して竜を遣わしたのだろうか。
それは話が飛躍しすぎているような気もするが……
ただ、あれによってシャロームの言っていたことに信憑性が少しだけだが加えられた。竜王について調べていけば目的に近づけるのかもしれない。
いや、今はひとまず、より明確な未来について考えるべきだ。
ルイザのおかげで、軍への復帰が可能になるかもしれない。
マリアのおかげで、魔法学校で研究ができるようになるかもしれない。
どちらにしても次の仕事は何とかなりそうだった。エミリの学費に困ることはない。だからなるようになろうと思う。
だけど……
だけど、どちらにしても魔法に関われば、おそらくはまた新たな悲劇と出会うことになるに違いない。
自分は魔法について知りたいと思った。
そして、魔法の仕組みをいくつか知ることができた。
それを応用すれば新しいことができると思った。
実際、いくつかはうまくいった。
だが、いずれも脅威的な殺戮を目的とした魔法に発展させることができてしまった。
――そんなことが目的だったわけじゃない。
ただ、知りたいと思っただけだ。
魔法の仕組みを理解したいと思っただけだ。
知ることは楽しい――それだけではいけないのだろうか?
軍へ戻っても、魔法学校で助手をしても、それなりに何かできそうな気がする。
だけどそこで発見した何かは、また誰かを殺す魔法につながってゆくのだろうか。
それは嫌だった。
レヴァンニはそれを察してくれていた。
察してくれても、状況はそれを使うように仕向けてきた。
何をやっても最悪の方向にしかつながらないイメージしかわいてこない。
――自分は人を殺すために、ここにきたのだろうか?
そう考えるとぼろぼろと涙がこぼれてきた。
声もなく泣いた。
――僕は、この世界にいるべきではなかったんだ!
ごめん、レヴァンニ。
ごめん、ヤノ。
ごめん、ルイザ。
ごめん、エミリ。
そう思うことが、彼らの存在を否定している。
そう思うことはどうしようもなく申し訳なく思う。
だけど卓人は、この世界における自分の存在価値を見出すことはできなかった。
朝――。
いつの間にか卓人は椅子に座ったまま眠っていた。目覚めたエミリは兄の姿を見て、どうしようかと思った。なんだか悲しそうな寝顔だと思って近づいて見てみると、目元に涙の伝わった跡を認めた。
両手の包帯は痛々しい。
エミリは兄の手をそっと握った。
「お兄ちゃん、ありがとう……」
つぶやくようにそう言った。
昼前、卓人とエミリとヤノは一旦アイアの兵学校に戻る必要があり馬車に乗った。
「だめだよ、荷物は私がもつから」
「いいよ、多分痛くないから」
卓人はちょっとくらい痛くても荷物をもってやりたいと思った。昨夜は複雑な気持ちになって、自分に優しい人たちを攻撃するようなことばかり考えていた。その罪滅ぼしのつもりだった。
「あれ?」
「どうしたにゃん?」
卓人は包帯を外した。
みんなが驚いた。
「手の傷が、治ってるにゃん!」
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