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レールガン
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その瞬間、広間を覆っていた水が凍った。
石鹸が混在したことによって動かす水の魔法は封じられたが、断熱蒸発による冷却のほうは可能であった。水にものが溶け込むとその蒸発が妨げられるため、余計な魔法力を必要とするがビダーゼにはそれだけの能力があった。
いや、それほどの力をもって魔法を繰り出せば石鹸水が凍るだけではすまなかった。
人体も六割以上が水分である。
通常ならば、水の魔法であろうと人体の水分は溶液であるから蒸発しにくい。しかし、それがあまりにも強力であればその影響は確実に受ける。近くにいる仲間たちは干からびながら凍っていった。
「ぐわあああ! ビダーゼ……!」
「野郎!」
レヴァンニは危険を察知して退いた。足元の水分はすでに凍りついてしまっている。再度爆発の魔法で吹き飛ばしてしまおうと思ったが、やはり何者かによって打ち消された。
先ほどそれをやってきた敵も干からびてしまっているというのに、なぜ? ほかに打ち消している者がいるからに他ならない。
――どうする?
「タクト!」
振り返った彼の表情は、卓人には何故か哀しげに見えた。
「あれを……使うぜ」
そう言って、死んだ幹部候補生が身につけていた鞘だけの剣を二本拾い、指を間に挟んで接触しないように平行にもつと、細長く伸びた鍔を一緒につかんでそこだけを接触させた。そして、胸の徽章を外して二本の鞘にまたがるように置き、ビダーゼに向けて構えた。それは銃を構えるような姿勢であった。
「いいな?」
ビダーゼがこの広間で先ほどの嵐を起こそうとしていることは、卓人の目にも明らかだった。雹が壁や天井を反射してここにいる人たちにも致命的な損傷を与えることは想像に難くなかった。
「レヴァンニ! やってくれ!」
ここにいる人を守るためには、迷っている暇などないのだ。
「ああ」
レヴァンニは魔法を放った。
おそらくそれは、先ほどから爆発の魔法を打ち消してくる者も知らないであろう。
二本の剣の鞘の上の徽章は、その上を滑り出しかと思うと一瞬にして加速し、二本の鞘の上から飛び出した瞬間には、音速を越えたときに観測されるソニックブームが破壊的な音となって響いた。
ビダーゼはそれを認識しただろうか。
しかし、その速度から逃れるだけの速さを人間はもちえない。
わずか数百グラムの銅の徽章であるが、音速を越えた速さで衝突すればその破壊力はいかに鍛え上げた肉体であろうと耐えることなどできない。
ビダーゼは、胸部を境にその肉体を分かたれた。
二つの肉塊は凍った床の上に転がり、白を赤く染め上げた。
『なあ、タクト。磁化の魔法は面白いが、何か役に立つことはないのか?』
卓人が磁化の魔法を発見したのは、火の魔法の原理をより深く追求しようと思ったことがきっかけだった。
火の魔法とは、乱雑な運動をする粒子を制御する魔法と考えた。金属内の自由電子の乱雑な運動を整流してやれば電磁石になるのではないかと思った。そしてその通りになった。役に立てようと思ったのではない。
『そうだな……』
兵学校でのある日のことである。問われた卓人は、そのときには思いつくことがなかったのだが、ふと数日後に閃いて試してみたいと思った。
『U字に曲げた銅の針金の上にこの短い針金を置くと。それから?』
『時計回りに流す感じで磁化してみてよ』
流すというのは電流のことである。この世界の人たちは電流という概念をまだもたない。「流す」という感覚で磁化の魔法を可能にしている。
『ほう』
レヴァンニは素直に魔法をかけると、短く切った針金はU字の曲がった側へ転がった。
『おお、すごいにゃん』
『じゃあ、反対向きに流してみよう』
『今度は反対に転がったぞ』
『おもしれー』
直線部が平行になるようにU字に曲げた針金の上に二本を橋渡すように針金を置くと、そこには回路ができる。磁化の魔法は電流を生じさせる魔法だから、魔法をかければ電流が生じるのだが、このときにローレンツ力という力がはたらくことになる。これはフレミングの左手の法則としても知られる。この回路では短い針金が可動部分となっているため、ローレンツ力を受ければ動く。
『確かに面白いが、これが何の役に立つにゃん?』
『いや……』
『ちょっと待てよ』
レヴァンニは思いついたように、転がった針金を再びU字の針金の上に置いた。
『うりゃ!』
思いっきり魔法をかけると、針金は目にもとまらぬ速さで飛び出した。
『うおー、すげー!』
『針金が石にめりこんでるにゃん!』
『こいつは大型化するとすごい兵器になるんじゃねえか?』
『あ、はははは……』
卓人は複雑な笑みを浮かべた。
別に兵器をつくりたかったわけではない。
理論が正しいか確かめたかっただけなのだ。
しかし、正しいことが確かめられた理論は、知れ渡った時点で有用にもなるし、残酷にもなる。卓人が元いた世界では、この理論を応用して兵器が開発されようとしていた。
それをレールガンという。
ローレンツ力は流した電流に比例する。大電流を流せばそれに応じて速度を増す。鍔が接するように並べられた二本の剣の鞘と、その上に置かれた徽章は回路をなしている。
そこに魔法によって電流を流せば、ローレンツ力によって徽章は加速される。
卓人はその破壊力をまざまざと目にすることになった。
――こんなことをするために、魔法について考えてきたわけじゃない。
レヴァンニは卓人の心中を理解していた。だから敢えて確認をしたのだ。そして卓人は差し迫る状況を鑑み了承した。とはいえ、結果をすんなりと受け入れられるほど覚悟ができていたわけではない。激しい悔恨が卓人を襲った。
あまりに残酷な威力を目にしたルイザは戻しそうになるのを必死にこらえた。保護者・関係者には、吐いてしまった者もいる。マリアはエミリとタマラを抱きしめて、むごたらしい有様を見せないようにした。
誰もがその恐ろしさに戦慄を隠せなかった。それは歴戦のアフレディアニ伯でさえ同じだった。
レヴァンニは、ビダーゼとの戦いに決着がついても卓人のほうを振り向かなかった。
強力すぎる魔法によって融解しかけた二本の剣の鞘を投げ捨てた。
爆発の魔法を打ち消した者がまだどこかに潜んでいる。目に見える敵はすべて片付けたが、警戒を怠ることはできない。
石鹸が混在したことによって動かす水の魔法は封じられたが、断熱蒸発による冷却のほうは可能であった。水にものが溶け込むとその蒸発が妨げられるため、余計な魔法力を必要とするがビダーゼにはそれだけの能力があった。
いや、それほどの力をもって魔法を繰り出せば石鹸水が凍るだけではすまなかった。
人体も六割以上が水分である。
通常ならば、水の魔法であろうと人体の水分は溶液であるから蒸発しにくい。しかし、それがあまりにも強力であればその影響は確実に受ける。近くにいる仲間たちは干からびながら凍っていった。
「ぐわあああ! ビダーゼ……!」
「野郎!」
レヴァンニは危険を察知して退いた。足元の水分はすでに凍りついてしまっている。再度爆発の魔法で吹き飛ばしてしまおうと思ったが、やはり何者かによって打ち消された。
先ほどそれをやってきた敵も干からびてしまっているというのに、なぜ? ほかに打ち消している者がいるからに他ならない。
――どうする?
「タクト!」
振り返った彼の表情は、卓人には何故か哀しげに見えた。
「あれを……使うぜ」
そう言って、死んだ幹部候補生が身につけていた鞘だけの剣を二本拾い、指を間に挟んで接触しないように平行にもつと、細長く伸びた鍔を一緒につかんでそこだけを接触させた。そして、胸の徽章を外して二本の鞘にまたがるように置き、ビダーゼに向けて構えた。それは銃を構えるような姿勢であった。
「いいな?」
ビダーゼがこの広間で先ほどの嵐を起こそうとしていることは、卓人の目にも明らかだった。雹が壁や天井を反射してここにいる人たちにも致命的な損傷を与えることは想像に難くなかった。
「レヴァンニ! やってくれ!」
ここにいる人を守るためには、迷っている暇などないのだ。
「ああ」
レヴァンニは魔法を放った。
おそらくそれは、先ほどから爆発の魔法を打ち消してくる者も知らないであろう。
二本の剣の鞘の上の徽章は、その上を滑り出しかと思うと一瞬にして加速し、二本の鞘の上から飛び出した瞬間には、音速を越えたときに観測されるソニックブームが破壊的な音となって響いた。
ビダーゼはそれを認識しただろうか。
しかし、その速度から逃れるだけの速さを人間はもちえない。
わずか数百グラムの銅の徽章であるが、音速を越えた速さで衝突すればその破壊力はいかに鍛え上げた肉体であろうと耐えることなどできない。
ビダーゼは、胸部を境にその肉体を分かたれた。
二つの肉塊は凍った床の上に転がり、白を赤く染め上げた。
『なあ、タクト。磁化の魔法は面白いが、何か役に立つことはないのか?』
卓人が磁化の魔法を発見したのは、火の魔法の原理をより深く追求しようと思ったことがきっかけだった。
火の魔法とは、乱雑な運動をする粒子を制御する魔法と考えた。金属内の自由電子の乱雑な運動を整流してやれば電磁石になるのではないかと思った。そしてその通りになった。役に立てようと思ったのではない。
『そうだな……』
兵学校でのある日のことである。問われた卓人は、そのときには思いつくことがなかったのだが、ふと数日後に閃いて試してみたいと思った。
『U字に曲げた銅の針金の上にこの短い針金を置くと。それから?』
『時計回りに流す感じで磁化してみてよ』
流すというのは電流のことである。この世界の人たちは電流という概念をまだもたない。「流す」という感覚で磁化の魔法を可能にしている。
『ほう』
レヴァンニは素直に魔法をかけると、短く切った針金はU字の曲がった側へ転がった。
『おお、すごいにゃん』
『じゃあ、反対向きに流してみよう』
『今度は反対に転がったぞ』
『おもしれー』
直線部が平行になるようにU字に曲げた針金の上に二本を橋渡すように針金を置くと、そこには回路ができる。磁化の魔法は電流を生じさせる魔法だから、魔法をかければ電流が生じるのだが、このときにローレンツ力という力がはたらくことになる。これはフレミングの左手の法則としても知られる。この回路では短い針金が可動部分となっているため、ローレンツ力を受ければ動く。
『確かに面白いが、これが何の役に立つにゃん?』
『いや……』
『ちょっと待てよ』
レヴァンニは思いついたように、転がった針金を再びU字の針金の上に置いた。
『うりゃ!』
思いっきり魔法をかけると、針金は目にもとまらぬ速さで飛び出した。
『うおー、すげー!』
『針金が石にめりこんでるにゃん!』
『こいつは大型化するとすごい兵器になるんじゃねえか?』
『あ、はははは……』
卓人は複雑な笑みを浮かべた。
別に兵器をつくりたかったわけではない。
理論が正しいか確かめたかっただけなのだ。
しかし、正しいことが確かめられた理論は、知れ渡った時点で有用にもなるし、残酷にもなる。卓人が元いた世界では、この理論を応用して兵器が開発されようとしていた。
それをレールガンという。
ローレンツ力は流した電流に比例する。大電流を流せばそれに応じて速度を増す。鍔が接するように並べられた二本の剣の鞘と、その上に置かれた徽章は回路をなしている。
そこに魔法によって電流を流せば、ローレンツ力によって徽章は加速される。
卓人はその破壊力をまざまざと目にすることになった。
――こんなことをするために、魔法について考えてきたわけじゃない。
レヴァンニは卓人の心中を理解していた。だから敢えて確認をしたのだ。そして卓人は差し迫る状況を鑑み了承した。とはいえ、結果をすんなりと受け入れられるほど覚悟ができていたわけではない。激しい悔恨が卓人を襲った。
あまりに残酷な威力を目にしたルイザは戻しそうになるのを必死にこらえた。保護者・関係者には、吐いてしまった者もいる。マリアはエミリとタマラを抱きしめて、むごたらしい有様を見せないようにした。
誰もがその恐ろしさに戦慄を隠せなかった。それは歴戦のアフレディアニ伯でさえ同じだった。
レヴァンニは、ビダーゼとの戦いに決着がついても卓人のほうを振り向かなかった。
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