理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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引き時を見誤るな

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 現れた男にビダーゼは面白くない顔をした。

 上から受けた指示では、この任命式でテロを起こし、見学にきた観衆をできるだけ殺せとのことだった。その上で、幹部候補生を殺せるならなおよし、姫まで殺すことができたなら最上とされた。

 なお、味方に引き入れた幹部候補生は必ず始末することになっていた。

 目的は、市民のドマニス軍に対する不信感を高めることだった。

 そもそも彼がアイアの兵学校に入ったのは工作員として活動するためであった。

 兵学校には能力は高いが適度に頭の悪い、彼にとってとても都合のいい男がいた。デンギスという貴族の息子は、ちょっとバカなふりをして子分のように振る舞えば簡単に操ることができた。少し持ち上げてやればそいつは悪目立ちしたがり、それに隠れて容易に工作活動を行うことができた。

 おかげで時間をかけて、同学年を十人ばかり丸め込んで反逆者に引き込むことができた。他の兵学校にも工作員は派遣されていたが、これだけの人数を集められた者はいない。

 しかし、デンギスは自分の感情をコントロールすることができない。そのせいでいくつもトラブルを起こし反省するのだが、回を追うごとに感情の起伏が激しくなるばかりで、手に負えなくなりつつあった。

 どこかで切るべきだと考えていた。

 今回のテロには本当は連れてきたくなかったのだが、自分はデンギスの子分のように振る舞っている都合上、計画をもらさざるを得なかった。

 そしてこのざまである。

 散々自分のわがままを言い尽くして時間ばかり無駄にして、その後は床に這いつくばい、武器を失って慌てふためいている。

 ――やはり、こいつを連れてきたのは失敗だった。

 だが、この男の能力の高さは組織も知るところであり、簡単に失いたくはないだろう。水銀の槍を造作もなく覚えてしまうほどだ。本当は見捨てたいところだが、そうもいくまい。

 その上、退散を阻むために立ちはだかるのはレヴァンニである。この男はかなりやる。

 面白くなかった。

 引き時を見誤ると取り返しのつかない状況に陥る。

「どうやら簡単には逃げられそうもない。まだ戦えるな、デンギス? お前ならやれるはずだ。お前ならやれるはずだ」

「あ、ああ! 戦う! 俺なら戦えるぜ」

「さすがデンギスだぜ。お前はやっぱり人の上に立つべき人間だ」

「ふ、ふははは! あははは。そうだ、俺はほかの奴らとは違うからな。ここにいる連中など簡単にぶっ殺してやるさ」

 感情の起伏が激しいのが面倒なかわりに、ちょっとおだてるだけですぐに立ち直るのは便利だ。剣を抜いて、目には殺気が戻った。そのように仕込んできたのはビダーゼなのだが、随分と人間的に壊れてしまったものだと思った。

 そのとき、ぶわっと広間の中に風が舞う。アフレディアニ伯が風の魔法を使っていた。

 風がやむと同時に、数本の矢が床に落ちる。外から矢が放たれたのを、風の魔法で防いだのだ。

 同時に十名ほどの軽装備の若者がバルコニーから飛び込んでくる。

「お前たち!」

「ビダーゼ、何やってるんだ。早く撤退しよう!」

「なぜお前たちだけで撤退しなかった!」

「お前を置いていけるわけないだろう!」

 共に反逆してテロを決行した仲間たちだった。彼らにはまだ人間らしさがある。しかし、この場合はあらゆる意味で逆効果だったかもしれない。むしろ足手まといだ。

「うししししし、そうさ。俺がこんなところで終わるはずなんてないさ。俺はこの世界を変えるために生まれてきたんだ。俺がこの世界を救ってみせるんだ」

 仲間の登場で勇気を得たデンギスはレヴァンニに斬りかかった。

「死ねや!」

 だがレヴァンニは鋼の籠手で簡単に剣戟をはじき返す。同時にデンギスを蹴り飛ばす。

「この野郎!」

 二人の間に間合いができた瞬間を狙って、反逆者の一人が矢をつがえる。だが彼は矢を放つことなく爆発音とともに砕け散る。

「なに!?」

「爆発の魔法だと?」

 爆発の魔法は、火の魔法で巨大な炎の玉をつくりつつ、風の魔法で極限まで圧縮することで可能になる。火と風の両方が使えればそれなりの爆発は起こせるが、戦場においては速さと威力が一定水準以上でなければ効果がない。

 彼は以前に敵国の爆発の魔法使いと戦った。

 その戦いから生きて帰り、自分も身につけるべく修練していたのだ。

 レヴァンニ自身も実戦で使ったのは初めてであったため、ここまで破壊力があるとは思わず少しだけ後悔した。矢をつがえていた敵は、同じアイア兵学校の先輩だった。

 粉微塵に砕け散った仲間を見て、反逆者たちは青ざめた。

 レヴァンニは一度目を閉じた。そして再びその目が開かれたとき、そこにはもう迷いは消えていた。

「まだ加減は難しいが……どうせ死ぬんだ。細かいことは気にするな」

 その言葉は、悪魔からの宣告のように聞こえた。

「小者が調子に乗るんじゃねぇ!」

 デンギスが再び斬りかかってくる。レヴァンニはまたも鋼の籠手で剣をはじき返す。

 力では勝てない。しかし、デンギスの狙いはこれではなかった。

 はっと気づくと、レヴァンニの足元の水が立ち上がっている。

 いきなり蛇のように帯状になると、レヴァンニに絡みついて包み込んでしまった。

「ぎゃはははは! これで氷漬け二体目だ!」

 一瞬にして水が凍る。

 水の魔法の恐ろしいところは、急激に凍らせることができるところにある。

 例えば寒中水泳のように、身体を慣らしながら冷たい水に入るのであれば死ぬなんてことは少ない。ところが、急激に冷却されると身体はショックを起こしてしまう。極寒の冬、凍った湖の上で遊んでいて突然氷が割れて水没してしまったとき、助かる可能性は極めて低い。アラミオはこれによって死んだ。

 凍る瞬間、レヴァンニは何かもがこうとした。

「無理無理無理! 無理なんだよ! この術にはまれば、火の魔法でも氷を解かすことはできない!」

 デンギスが言うのは正しかった。

 火の魔法とは、周囲から熱を集めて火をつくり出す魔法である。凍ろうとしているところに火の魔法を使って融かそうとすれば、一部を溶かすために周囲の氷はますます冷えて凝固する。

 この術を使う者だけがそのことを知っている。慌てて融かそうとすれば、むしろ蟻地獄にはまってしまう。

「残念だったな」

 しかし、レヴァンニを覆う氷はみるみると融けていった。

「……な、なんで……?」

 デンギスには理解ができなかった。
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