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疑心暗鬼

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「お父様、敵はまだ残っています」

「わかっている」

 ルイザの指摘に父は落ち着いて答えた。

 あれだけ巨大な魔法を何人で放ったのかはわからないが、わずかな連携の乱れもなかった。

 だが現段階で攻撃が一時やんだということは、潜んでいる敵も回復の時間が必要だということだ。だったら、今こうして孤立している反逆者により孤立感を与えることが有効なのだ。

 アラミオは観念するしかなかった。

 自分が初めに仕損じる可能性も含めて仲間が攻撃する算段になっていたのだが、それさえも間に合わなかった。だが、諦めるわけにはいかなかった。

「ナナリのタクト!」

 その声は、唯一の理解者へ向けられた声のようだった。

「お前だって、戦争のない世界をつくりたいんだろう? だったら、俺に協力しろ!」

 卓人としてはとんだとばっちりだった。

 お姫様や国家に対してこれっぽっちも恨みとかそういった感情などもったことなどない。そんな無意味で野蛮なことに協力できるわけなどない。

 それは自分にとっては当然すぎることといってもよい。

 しかし、自分の認識が他人と共有されているわけではない。

 はっと目があったのはそばにいたルイザだった。

 彼女は、まさかといった表情で自分を見てきた。

 それにつられて周囲も卓人を見る。

 姫に至っては恐れるあまり卓人から逃げようとさえした。

 誰が裏切り者なのかわからないこの状況で、周囲の反応は極めて妥当であった。

 百人ほどの疑心暗鬼の眼差しにさらされ、そこに座っていられるほど卓人は図太くはなかった。

「お兄ちゃん」

 エミリが手を握ってきた。タマラもそれに倣った。その行為が示すのは言葉にせずとも理解できた。

 卓人は彼女らに穏やかに笑ってみせるとアラミオの前に出た。

「……意味がわかりません!」

 そして言いたいことを言った。

「なんで……戦争をなくすために、こんなことにならないといけないんですか?」

「こうしないと、戦争はなくならないだろうが!」

「…………意味がわかりません!」

「王族がいるから、戦争が起こるんじゃないか!」

「わかりません! 僕は、国王は侵略のための戦争はしないと聞きました」

「国王が何を宣言しようと、国があるから戦争が起こるんだ。なぜならば、戦争を認めることができるのは国だけだからだ。つまり、国がなくなれば戦争はなくなる。国をなくすためには、その長たる王族を消さなければならない!」

「姫様が戦争をしろとでも言ったんですか!?」

「言わずとも、王家の者がいるだけで戦争が起こるんだ!」

 ルイザは後悔していた。

 あの一瞬、それはほんの一瞬のことでしかなかったのだが、タクトに対して疑いの目を向けてしまった。そこから疑心暗鬼が広まった。そして、彼を今の状況に追い込んだ。

 この間抜けな男にこんな大それたことができるはずないじゃないか。

 ――私は、タクトを信じていなかったの?

 疑いを晴らすためにも、隙を見てアラミオを拘束しようと考えた。しかし、父がそれを制した。

「お父様?」

「まずは聞いてみようではないか」

 状況的にまだ敵が潜んでいるからのんびりなどはしていられない。しかし、それ以上に敵味方の識別ができない状況のほうがもっと危険だ。下手に動くことで、ルイザさえも疑われ始めたらもはや収取がつかなくなる。

「戦争は、侵略を正当化するから起こるんじゃないんですか? 王家は侵略を否定しています。だったら戦争は起こりえません。王家は関係ありません」

「王家には戦争をするだけの権力がある」

「王家の人たちは、そんなに戦争をしたがっているんですか?」

「この前だって、戦争があったばかりじゃないか」

「あれは、敵が攻めてきたからで……防衛戦をしなければ、関係ない人たちまで殺されていたかもしれないじゃないですか」

「……そのかわり、敵を皆殺しにしてな」

「殺すことが悪いことなら、今ここで人が殺されていったことだって悪いことじゃないですか。先輩が、何がよくて何が悪いと考えているのかわからないです」

「戦争を起こそうとする者は全員死ねばいいんだ!」

 宇田川卓人には、事実関係を重視する傾向がある。それは科学者としては美徳であるかもしれないが、相手を論破して黙らせるという発想につながらない。言った者勝ちの政治の世界ならほとんど負け試合である。

「あなたの論法はつまるところ、権力を悪者にさえすれば気がすむということかしら?」

 ついにじれたのか、口をさしはさんできた者が現れた。

 とんがり帽子の、ヴァザリア魔法研究所付設学校校長マリア・ベルンシュタインであった。

「ふざけるな! 俺はそんな愚かな議論などしていない」

「そう。では、王家がなくなれば戦争がなくなるということについて、証明していただけますか?」

「いいか、王家は……!」

「誰もが納得できるように、お願いします」

「……!!」

 これはマリアの張った罠である。

「戦争がなくなるということについて誰もが納得できるように証明していただけますか?」と一つの問いにしてしまえば、「誰もが納得できるならば、こんなことにはならない」と言い返して終わるところであったが、敢えて「誰もが納得できるように」と後になって付け加えたことで、論拠の薄弱さを自ら思い知ることになったのである。

 アラミオは言葉に詰まった。

「随分と信念のない、王家打倒ですね」

「違う! 俺は……」

「あなた、誰かに唆されましたね?」

 すべてを見透かしたようなマリアの眼差しに、アラミオが言い返せる言葉はこれしかなかった。

「ば、馬鹿にするな!!」

「そうですか、失礼しました」

 それがすべてを物語っていた。マリアはそれ以上の勝ちを望まなかった。ここで勝ちすぎて相手を逆上させるのは愚策だからだ。

 ここにいる全ての者がこの暴挙に確たる根拠がないことを理解した。

 そして、奇しくも卓人の稚拙なやり取りは、反逆者との印象をほとんど消すことになった。

「ぐあっ!?」

 その瞬間、何かがアラミオの右足を貫いていた。

 アラミオの太ももから多量の血とともに飛び出してきたのは、金属光沢のある液体だった。

 床に落ちると、小さな液滴は球形になって転がった。
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