104 / 116
疑心暗鬼
しおりを挟む
「お父様、敵はまだ残っています」
「わかっている」
ルイザの指摘に父は落ち着いて答えた。
あれだけ巨大な魔法を何人で放ったのかはわからないが、わずかな連携の乱れもなかった。
だが現段階で攻撃が一時やんだということは、潜んでいる敵も回復の時間が必要だということだ。だったら、今こうして孤立している反逆者により孤立感を与えることが有効なのだ。
アラミオは観念するしかなかった。
自分が初めに仕損じる可能性も含めて仲間が攻撃する算段になっていたのだが、それさえも間に合わなかった。だが、諦めるわけにはいかなかった。
「ナナリのタクト!」
その声は、唯一の理解者へ向けられた声のようだった。
「お前だって、戦争のない世界をつくりたいんだろう? だったら、俺に協力しろ!」
卓人としてはとんだとばっちりだった。
お姫様や国家に対してこれっぽっちも恨みとかそういった感情などもったことなどない。そんな無意味で野蛮なことに協力できるわけなどない。
それは自分にとっては当然すぎることといってもよい。
しかし、自分の認識が他人と共有されているわけではない。
はっと目があったのはそばにいたルイザだった。
彼女は、まさかといった表情で自分を見てきた。
それにつられて周囲も卓人を見る。
姫に至っては恐れるあまり卓人から逃げようとさえした。
誰が裏切り者なのかわからないこの状況で、周囲の反応は極めて妥当であった。
百人ほどの疑心暗鬼の眼差しにさらされ、そこに座っていられるほど卓人は図太くはなかった。
「お兄ちゃん」
エミリが手を握ってきた。タマラもそれに倣った。その行為が示すのは言葉にせずとも理解できた。
卓人は彼女らに穏やかに笑ってみせるとアラミオの前に出た。
「……意味がわかりません!」
そして言いたいことを言った。
「なんで……戦争をなくすために、こんなことにならないといけないんですか?」
「こうしないと、戦争はなくならないだろうが!」
「…………意味がわかりません!」
「王族がいるから、戦争が起こるんじゃないか!」
「わかりません! 僕は、国王は侵略のための戦争はしないと聞きました」
「国王が何を宣言しようと、国があるから戦争が起こるんだ。なぜならば、戦争を認めることができるのは国だけだからだ。つまり、国がなくなれば戦争はなくなる。国をなくすためには、その長たる王族を消さなければならない!」
「姫様が戦争をしろとでも言ったんですか!?」
「言わずとも、王家の者がいるだけで戦争が起こるんだ!」
ルイザは後悔していた。
あの一瞬、それはほんの一瞬のことでしかなかったのだが、タクトに対して疑いの目を向けてしまった。そこから疑心暗鬼が広まった。そして、彼を今の状況に追い込んだ。
この間抜けな男にこんな大それたことができるはずないじゃないか。
――私は、タクトを信じていなかったの?
疑いを晴らすためにも、隙を見てアラミオを拘束しようと考えた。しかし、父がそれを制した。
「お父様?」
「まずは聞いてみようではないか」
状況的にまだ敵が潜んでいるからのんびりなどはしていられない。しかし、それ以上に敵味方の識別ができない状況のほうがもっと危険だ。下手に動くことで、ルイザさえも疑われ始めたらもはや収取がつかなくなる。
「戦争は、侵略を正当化するから起こるんじゃないんですか? 王家は侵略を否定しています。だったら戦争は起こりえません。王家は関係ありません」
「王家には戦争をするだけの権力がある」
「王家の人たちは、そんなに戦争をしたがっているんですか?」
「この前だって、戦争があったばかりじゃないか」
「あれは、敵が攻めてきたからで……防衛戦をしなければ、関係ない人たちまで殺されていたかもしれないじゃないですか」
「……そのかわり、敵を皆殺しにしてな」
「殺すことが悪いことなら、今ここで人が殺されていったことだって悪いことじゃないですか。先輩が、何がよくて何が悪いと考えているのかわからないです」
「戦争を起こそうとする者は全員死ねばいいんだ!」
宇田川卓人には、事実関係を重視する傾向がある。それは科学者としては美徳であるかもしれないが、相手を論破して黙らせるという発想につながらない。言った者勝ちの政治の世界ならほとんど負け試合である。
「あなたの論法はつまるところ、権力を悪者にさえすれば気がすむということかしら?」
ついにじれたのか、口をさしはさんできた者が現れた。
とんがり帽子の、ヴァザリア魔法研究所付設学校校長マリア・ベルンシュタインであった。
「ふざけるな! 俺はそんな愚かな議論などしていない」
「そう。では、王家がなくなれば戦争がなくなるということについて、証明していただけますか?」
「いいか、王家は……!」
「誰もが納得できるように、お願いします」
「……!!」
これはマリアの張った罠である。
「戦争がなくなるということについて誰もが納得できるように証明していただけますか?」と一つの問いにしてしまえば、「誰もが納得できるならば、こんなことにはならない」と言い返して終わるところであったが、敢えて「誰もが納得できるように」と後になって付け加えたことで、論拠の薄弱さを自ら思い知ることになったのである。
アラミオは言葉に詰まった。
「随分と信念のない、王家打倒ですね」
「違う! 俺は……」
「あなた、誰かに唆されましたね?」
すべてを見透かしたようなマリアの眼差しに、アラミオが言い返せる言葉はこれしかなかった。
「ば、馬鹿にするな!!」
「そうですか、失礼しました」
それがすべてを物語っていた。マリアはそれ以上の勝ちを望まなかった。ここで勝ちすぎて相手を逆上させるのは愚策だからだ。
ここにいる全ての者がこの暴挙に確たる根拠がないことを理解した。
そして、奇しくも卓人の稚拙なやり取りは、反逆者との印象をほとんど消すことになった。
「ぐあっ!?」
その瞬間、何かがアラミオの右足を貫いていた。
アラミオの太ももから多量の血とともに飛び出してきたのは、金属光沢のある液体だった。
床に落ちると、小さな液滴は球形になって転がった。
「わかっている」
ルイザの指摘に父は落ち着いて答えた。
あれだけ巨大な魔法を何人で放ったのかはわからないが、わずかな連携の乱れもなかった。
だが現段階で攻撃が一時やんだということは、潜んでいる敵も回復の時間が必要だということだ。だったら、今こうして孤立している反逆者により孤立感を与えることが有効なのだ。
アラミオは観念するしかなかった。
自分が初めに仕損じる可能性も含めて仲間が攻撃する算段になっていたのだが、それさえも間に合わなかった。だが、諦めるわけにはいかなかった。
「ナナリのタクト!」
その声は、唯一の理解者へ向けられた声のようだった。
「お前だって、戦争のない世界をつくりたいんだろう? だったら、俺に協力しろ!」
卓人としてはとんだとばっちりだった。
お姫様や国家に対してこれっぽっちも恨みとかそういった感情などもったことなどない。そんな無意味で野蛮なことに協力できるわけなどない。
それは自分にとっては当然すぎることといってもよい。
しかし、自分の認識が他人と共有されているわけではない。
はっと目があったのはそばにいたルイザだった。
彼女は、まさかといった表情で自分を見てきた。
それにつられて周囲も卓人を見る。
姫に至っては恐れるあまり卓人から逃げようとさえした。
誰が裏切り者なのかわからないこの状況で、周囲の反応は極めて妥当であった。
百人ほどの疑心暗鬼の眼差しにさらされ、そこに座っていられるほど卓人は図太くはなかった。
「お兄ちゃん」
エミリが手を握ってきた。タマラもそれに倣った。その行為が示すのは言葉にせずとも理解できた。
卓人は彼女らに穏やかに笑ってみせるとアラミオの前に出た。
「……意味がわかりません!」
そして言いたいことを言った。
「なんで……戦争をなくすために、こんなことにならないといけないんですか?」
「こうしないと、戦争はなくならないだろうが!」
「…………意味がわかりません!」
「王族がいるから、戦争が起こるんじゃないか!」
「わかりません! 僕は、国王は侵略のための戦争はしないと聞きました」
「国王が何を宣言しようと、国があるから戦争が起こるんだ。なぜならば、戦争を認めることができるのは国だけだからだ。つまり、国がなくなれば戦争はなくなる。国をなくすためには、その長たる王族を消さなければならない!」
「姫様が戦争をしろとでも言ったんですか!?」
「言わずとも、王家の者がいるだけで戦争が起こるんだ!」
ルイザは後悔していた。
あの一瞬、それはほんの一瞬のことでしかなかったのだが、タクトに対して疑いの目を向けてしまった。そこから疑心暗鬼が広まった。そして、彼を今の状況に追い込んだ。
この間抜けな男にこんな大それたことができるはずないじゃないか。
――私は、タクトを信じていなかったの?
疑いを晴らすためにも、隙を見てアラミオを拘束しようと考えた。しかし、父がそれを制した。
「お父様?」
「まずは聞いてみようではないか」
状況的にまだ敵が潜んでいるからのんびりなどはしていられない。しかし、それ以上に敵味方の識別ができない状況のほうがもっと危険だ。下手に動くことで、ルイザさえも疑われ始めたらもはや収取がつかなくなる。
「戦争は、侵略を正当化するから起こるんじゃないんですか? 王家は侵略を否定しています。だったら戦争は起こりえません。王家は関係ありません」
「王家には戦争をするだけの権力がある」
「王家の人たちは、そんなに戦争をしたがっているんですか?」
「この前だって、戦争があったばかりじゃないか」
「あれは、敵が攻めてきたからで……防衛戦をしなければ、関係ない人たちまで殺されていたかもしれないじゃないですか」
「……そのかわり、敵を皆殺しにしてな」
「殺すことが悪いことなら、今ここで人が殺されていったことだって悪いことじゃないですか。先輩が、何がよくて何が悪いと考えているのかわからないです」
「戦争を起こそうとする者は全員死ねばいいんだ!」
宇田川卓人には、事実関係を重視する傾向がある。それは科学者としては美徳であるかもしれないが、相手を論破して黙らせるという発想につながらない。言った者勝ちの政治の世界ならほとんど負け試合である。
「あなたの論法はつまるところ、権力を悪者にさえすれば気がすむということかしら?」
ついにじれたのか、口をさしはさんできた者が現れた。
とんがり帽子の、ヴァザリア魔法研究所付設学校校長マリア・ベルンシュタインであった。
「ふざけるな! 俺はそんな愚かな議論などしていない」
「そう。では、王家がなくなれば戦争がなくなるということについて、証明していただけますか?」
「いいか、王家は……!」
「誰もが納得できるように、お願いします」
「……!!」
これはマリアの張った罠である。
「戦争がなくなるということについて誰もが納得できるように証明していただけますか?」と一つの問いにしてしまえば、「誰もが納得できるならば、こんなことにはならない」と言い返して終わるところであったが、敢えて「誰もが納得できるように」と後になって付け加えたことで、論拠の薄弱さを自ら思い知ることになったのである。
アラミオは言葉に詰まった。
「随分と信念のない、王家打倒ですね」
「違う! 俺は……」
「あなた、誰かに唆されましたね?」
すべてを見透かしたようなマリアの眼差しに、アラミオが言い返せる言葉はこれしかなかった。
「ば、馬鹿にするな!!」
「そうですか、失礼しました」
それがすべてを物語っていた。マリアはそれ以上の勝ちを望まなかった。ここで勝ちすぎて相手を逆上させるのは愚策だからだ。
ここにいる全ての者がこの暴挙に確たる根拠がないことを理解した。
そして、奇しくも卓人の稚拙なやり取りは、反逆者との印象をほとんど消すことになった。
「ぐあっ!?」
その瞬間、何かがアラミオの右足を貫いていた。
アラミオの太ももから多量の血とともに飛び出してきたのは、金属光沢のある液体だった。
床に落ちると、小さな液滴は球形になって転がった。
50
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」
はっけよいのこっ太郎
恋愛
ギャルゲーの親友ポジションに憧れて奮闘するラブコメ小説!!
それでもきっと、”恋の魔法”はある!!
そう、これは、俺が”粋な親友”になる物語。
【あらすじ】
主人公、新川優希《しんかわゆうき》は裏原高等学校に通う高校2年生である。
特に趣味もなく、いわるゆ普通の高校生だ。
中学時代にとあるギャルゲーにハマりそこからギャルゲーによく出てくる時に優しく、時に厳しいバカだけどつい一緒にいたくなるような親友キャラクターに憧れて、親友の今井翼《いまいつばさ》にフラグを作ったりして、ギャルゲーの親友ポジションになろうと奮闘するのである。
しかし、彼には中学時代にトラウマを抱えておりそのトラウマから日々逃げる生活を送っていた。
そんな彼の前に学園のマドンナの朝比奈風夏《あさひなふうか》、過去の自分に重なる経験をして生きてきた後輩の早乙女萌《さおとめもえ》、トラウマの原因で大人気読モの有栖桃花《ありすももか》など色々な人に出会うことで彼は確実に前に進み続けるのだ!
優希は親友ポジになれるのか!
優希はトラウマを克服できるのか!
人生に正解はない。
それでも確実に歩いていけるように。
異世界もギルドなければエルフ、冒険者、スライムにドラゴンも居ない!
そんなドタバタ青春ラブコメ!!
「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」開幕‼️‼️
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【3部完結】ダンジョンアポカリプス!~ルールが書き変った現代世界を僕のガチャスキルで最強パーティーギルド無双する~
すちて
ファンタジー
謎のダンジョン、真実クエスト、カウントダウン、これは、夢であるが、ただの夢ではない。――それは世界のルールが書き変わる、最初のダンジョン。
無自覚ド善人高校生、真瀬敬命が眠りにつくと、気がつけばそこはダンジョンだった。得たスキルは『ガチャ』!
クラスメイトの穏やか美少女、有坂琴音と何故か共にいた見知らぬ男性2人とパーティーを組み、悪意の見え隠れする不穏な謎のダンジョンをガチャスキルを使って善人パーティーで無双攻略をしていくが……
1部夢現《ムゲン》ダンジョン編、2部アポカリプスサウンド編、完結済。現代ダンジョンによるアポカリプスが本格的に始まるのは2部からになります。毎日12時頃更新中。楽しんで頂ければ幸いです。
【完結】マギアアームド・ファンタジア
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
ハイファンタジーの広大な世界を、魔法装具『マギアアームド』で自由自在に駆け巡る、世界的アクションVRゲーム『マギアアームド・ファンタジア』。
高校に入学し、ゲーム解禁を許された織原徹矢は、中学時代からの友人の水城菜々花と共に、マギアアームド・ファンタジアの世界へと冒険する。
待ち受けるは圧倒的な自然、強大なエネミー、予期せぬハーレム、そして――この世界に花咲く、小さな奇跡。
王道を以て王道を征す、近未来風VRMMOファンタジー、ここに開幕!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる