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姫様を守れ!

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「この声が聞こえる場所にいる者は、堀へ逃げろ! 氷が厚いから大丈夫だ! 早く!」

 バルコニーから堀にできた氷へ飛び出した幹部候補生の数名が観衆に呼びかけた。

 市民たちは我先に凍った堀へ飛び込む。実際、大人数が氷の上へ乗っかったならいつ氷が割れてもおかしくない。しかし、まずは避難が先決であった。氷が割れて堀で溺れさせることになるかもしれないが、真夏だからなんとかなるだろう。

 観衆が多すぎて虐殺を行う敵兵に近づくこともできないし、巻き添えが出てしまうため魔法によって攻撃することもできない。敵の行動を抑え込むには観衆の非難が必要だった。

 観衆の密度が小さくなってまばらになってくると、幹部候補生は正確な照準で魔法を放ち、敵を倒していった。

 軍幹部を目指すのはもちろん、国を守るため、市民を守るのは彼らの使命である。期せずして訪れた災難ではあったが、彼らは敵を討ちながら自らの目標に近づきつつあることに、不謹慎と理解しつつも高揚感を覚えた。

 しかし、身を覆う鎧は戦闘においては機能的でない。重たい上に可動領域が狭い。腰にぶら下げた件に至っては鞘と柄がくっついたまさにお飾りだ。これらはあくまでも見栄えをよくするために身に着けされられたものなのだが、任命式の最中ともあれば誰も脱ぎ捨てるなんてできない。

 なんとかお飾りの剣で防御しながら魔法で戦った。

 敵を一人倒した。

 若い男だった。

 自分と同い年くらいではなかろうか。

 あそこで死んでいる敵も若い。

 その幹部候補生は顔を見てぎょっとした。

 足下で死んでいるこの敵兵は、なんと共に研鑽を重ねてきた兵学校の仲間ではないか!

 そんな彼らの背後で、まさか幹部候補生の中から姫を襲おうと考えていた者がいようとは思いもよらぬことであった。

「アラミオ先輩、なんで?」

 ルイザはアラミオと何度か話したことがあった。彼の目標は「戦争のない世界をつくる」ことだった。そのための具体策をもつわけでもないのに大言を吐く彼を軽蔑していたが、信念が揺らぐことなく模索し続ける姿にはいつしか尊敬の念を感じるようになっていた。

「戦争をなくすためだ……!」

「意味がわかりません! だとしたら、どうして姫様の命を狙わないといけないんですか!」

「王家がある限り、戦争はなくならない!」

 無様に転がされたアラミオは強い信念隠さない目で返してきた。

「へぇ、そうかい。だったらきな。だが、姫様には指一本触れさせないぜ」

 レヴァンニはかっこいい台詞が決まったと思った。

「愚か者が! 姫様の安全を第一に確保せんか!」

 遠くから初老の男性が怒鳴った。ルイザの父親、アフレディアニ伯だった。

「そこは八方から狙われる! すぐに壁側へお連れせよ!」

 はっと気づいたルイザが即座に行動へ移す。

「姫様、こちらへ!」

 姫はまだ事態がつかめてないのか、呆然としている。

「失礼!」

 ルイザは姫の手を取って、最も安心のできる父のいる保護者・関係者席の方へ走ろうとした。しかし、姫は足腰が立たなくなってしまったらしく引きずるような形になってしまった。慌てて両腕で抱えて、まさにお姫様抱っこで安全な場所へと走った。

「ルイザ、すごいのにゃん」

「鍛えてるんだね」

 そこにいたヤノとタクトがこの緊迫の場面で間抜けなことを言ってきて殴りたくなった。

「姫様が軽いのよ!」

 保護者・関係者の席は壁沿いに設けてある。これで後ろからの攻撃を心配する必要はなくなる。前へ出てきたアフレディアニ伯の背中に隠れると、他の貴族も姫を匿うような位置に立った。

 場合によってはこの関係者席や来賓席にも敵がいるかもしれない。アフレディアニ伯は近くにいるすべての者の動きに警戒した。

「タクト、ヤノ。命に代えても姫は守ってみせるわよ」

 ルイザの目は猛禽のような鋭さだった。

「当然だにゃん!」

「この関係者席にも、姫様を狙う者がいるかもしれない。怪しい者がいれば身体を張って止めなさい」

「わかった!」

 ルイザの母などは怪しまれることを避けるため、むしろ席から動かなかった。そのほうが警備する側に余計な労力を使わせず、警戒に集中できるからだ。エミリもそれに倣ったが、不安げなタマラをそっと抱き寄せた。

 卓人は匿われてしゃがみ込む姫を間近で見た。

 身体を小刻みに震わせて怯えているようで、表情は虚ろだった。

 自分はもう軍人ではなくなるが、そういった職業的義務感以前にこの人は絶対に守らなければならないと思った。
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